テンプル騎士団とフリーメイソンの謎

 テンプル騎士団について少々知りたかったんで、『テンプル騎士団の謎』(レジーヌ・ベルヌー著 池上俊一・監修 南條郁子・訳 創元社)を読んだのでした。まあテンプル騎士団自体については『魔女狩りの社会史』(ノーマン・コーン 山本通・訳 岩波書店)で充分で、知りたかったのは騎士団についての「伝説」だったから、『テンプル騎士団の謎』は最終章と巻末の「資料編」しか読まなかったんですが。
 とにかくそれで初めて、「フリーメイソンはテンプル騎士団の末裔」という「伝説」を知ったわけです。陰謀論やオカルトは、それを生む背景はともかく、それ自体には興味がないんで。
『テンプル騎士団の謎』資料編には、この「伝説」の「作者」についての記述がありました。「歓迎の辞」というものの中で、初めてその説を唱えたらしいです。引用もあって、十字軍におけるテンプル騎士団の目的は、エルサレムに神殿を再建することだけではなく天国に神殿を築くことだとか、そういう主旨のことを述べたそうです。
「神殿」というのはテンプル騎士団の「テンプル」のことなんでしょうが、ベルヌーの記述がどうにも不明瞭なので、まず日本語でググりました。で、このフリーメイソン=テンプル騎士団伝説の「作者」の名がアンドリュー・マイケル・ラムジーだということまでは判りました。そっから英語に切り替えて、Andrew Michael Ramsay はスコットランド人で生没年は1886-1743だということが判りました。

 整理すると、フリーメイソン(自由な石工)はまず英国で広まり、それをヨーロッパ大陸に伝えたのはジャコバイト。ジャコバイトというのは1688年のいわゆる名誉革命で追放されたジェームズ2世のスチュアート朝復興を目指す勢力で、何度も失敗してはフランスに亡命することを繰り返した。その中にはメイソンも大勢いて、彼らがフランスにその思想を伝えたわけです。1725年、パリにヨーロッパ大陸初のロッジ(支部)が設立。
 ラムジーはフランスに亡命したジャコバイト兼メイソンの1人で、パリのロッジの有力者でした。ベルヌーの言う「歓迎の辞」は1737年に新規会員の歓迎会で行われた講演のことです。フランス語で行われ、Discours de Ramsay「ラムジーのディスクール」として知られるようになります。「ディスクール」discoursは英語のdiscourseと同じで「講演」です。

 英語Wikiのラムジーの記事中のこの講演についての解説によると、
「しばしば誤って繰り返されるのは、ラムジーが彼の講演の中で、テンプル騎士団に言及した、ということである。実際には彼はその騎士団にはまったく言及していないにもかかわらず――彼はホスピタル騎士団に言及したのである。しかし察しのよい聴衆は、彼の十字軍騎士団への言及はテンプル騎士団への間接的な言及であろうと理解した」

 え、そうなん? 

 とりあえずここでテンプル騎士団、ついでにホスピタル騎士団の説明をしておきます。どちらも十字軍に関連して設立された修道騎士団です。団員は修道士でもあるので修道騎士団。戦うお坊さんです。
 第1回十字軍(1095ー1099)は聖地エルサレムの奪取が目的でしたが、それ以前からヨーロッパのキリスト教徒は自由にエルサレムへ巡礼することができていました。しかし旅は大変なので、到着する頃にはボロボロの状態でした。そこで1023年、エルサレムに病院が建てられます。病院の場所は聖ヨハネ教会の跡地だったので、「聖ヨハネ病院(ホスピタル)」と呼ばれるようになります。ちなみにこの聖ヨハネは福音書記者ではなくて、洗礼者のほうです。
 第1回十字軍は1099年のエルサレム奪取という大勝利で幕を閉じます。それでヨーロッパのキリスト教徒がエルサレムへ巡礼に押しかけますが、当然ながら途中でイスラム勢力に襲われます。そこで彼らを守るために「聖ヨハネ修道騎士団」が設立されます。彼らは拠点である聖ヨハネ病院(教会も併設されていた)に因んで「ホスピタル騎士団」とも呼ばれました。
 リドリー・スコットの『キングダム・オブ・ヘブン』にデヴィッド・シューリス演じる戦う修道士が出てきますが、あれの役名は「ザ・ホスピタラー」、つまりホスピタル騎士ですね。

 この聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団に倣って1118年頃設立された修道騎士団が、テンプル騎士団です。彼らはかつてエルサレム神殿が建っていたとされる「神殿の丘」近くに拠点を置くことを認められたので、「キリストとソロモン神殿の貧しき戦友たち」と名乗りました。「ソロモン神殿」とはエルサレム神殿のことです(ソロモン王が建てたとされるから)。で、そのうち略されて「テンプル(神殿)騎士団」と呼ばれるようになりました。日本語だと神殿騎士団とか聖堂騎士団とも訳されますね。
 このテンプル騎士団と聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団、そしてやや遅れて設立されたドイツ騎士団が、三大修道騎士団です。どの騎士団も中東での戦闘を支えるため、ヨーロッパ各地で寄進による資産の経営にも力を入れました。最も財力と権力を増したのがテンプル騎士団で、そのことが最終的に命取りになりました。
 1291年にエルサレム王国が滅びると、聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団は地中海に拠点を移し、ロードス騎士団、さらにはマルタ騎士団と改称します。ドイツ騎士団は東方植民事業に携わることになります。テンプル騎士団だけが、聖地守護に替わる義務を見つけることなく、ますますヨーロッパにおける経済活動に専念していきます。そして聖俗双方から恨みを買うことになるのです。

 当時のフランス王フィリップ4世は、深刻な財政難と巨大な宗教的野心を抱えていました。後者は、新たな十字軍の総司令官になりエルサレムを奪還してその王になる、という誇大妄想的野心です。財政難解決と野心達成の第一歩として1307年、テンプル騎士団を悪魔崇拝の容疑で壊滅させ、その莫大な富を奪いました。
 悪魔崇拝の容疑というのは一つのステレオタイプを成していて、その儀式では近親相姦や男性同性愛を含む乱交、幼児の生贄と食人がセットで行われるとされています。容疑者はそれらを行ったと認めるまで拷問されるのです。

 さて、『魔女狩りの社会史』でも『テンプル騎士団の謎』でも、この「テンプル騎士団事件」が冤罪であるといつ明らかになったかは記されていません。
 日本語Wikiの「テンプル騎士団」の記事では、彼らにかけられた容疑はその後ずっと「無批判に受け入れられていた。しかし1813年にフランスのレイヌアールが初めてこれに疑義を呈した」とあります。なお典拠は提示されていません。
 この一文はフランソワ・ジュスト・マリ・レイヌアールFrançois Just Marie Raynouard(1761-1836)の1813年の著作、「テンプル騎士たちの有罪判決と彼らの騎士団の冤罪についての歴史的モニュメント」Monuments historiques relatifs à la condamnation des Chevaliers du Temple et à l'abolition de leur Ordre を指していると思われます。普通にネット書店で買えて、その解説(フランス語)によると中身はタイトルどおりの歴史書です。しかし邦訳はもちろん英訳もなく、上記のWiki記事以外、この著作がそんなに大きな影響を与えたという見解は、日本語でも英語でも見つかりません。フランスではどう評価されているのかググるのは、私の能力を超えています。

 このレヌアールという人は日本ではほとんど知られていないようですね。英語圏ではWikiに記事があるくらい知られていますが、その記事でもフランス語Wikiの記事でも、テンプル騎士団についての研究には触れられていません。そもそもこの人は歴史研究者ではありますが、専門は中世フランス語です(吟遊詩人の研究とかしてる)。そして劇作家でもある(作品には歴史ものが多い)。
 そういう人がテンプル騎士団についての「定説」を覆すパラダイムシフトを起こすことができたのか、という疑問はさて措き、彼は上の歴史書の8年前の1805年、「テンプル騎士団」という悲劇を初演して好評を博してるんですね。これは早くも1809年には英訳されていて、最新版のペーパーバックは2014年刊です。その解説によると、「悲劇」というのはやはりテンプル騎士団への迫害を指しています。
 政治犯とかならまだしも、悪魔崇拝者で幼児殺しでカニバリストで男色家(当時の価値観です)と信じられていた連中を、いきなり悲劇の主人公にして受け入れられるはずがない。それにいくらなんでも19世紀にもなって、500年余り前の悪魔崇拝容疑がまったく疑われていなかったというのもおかしな話です。少なくとも歴史家の間では冤罪だったというのが常識になっていて、専門外の知識人にもある程度は知られていたのではないでしょうか。

 ググるだけでここまで判るのですから、便利な世の中になったものですね(大学の書庫を這いずり回り続けた思い出のある元史学科生)。しかし、では冤罪であるという事実はいつ明らかになったのか、彼らの「名誉回復」はいつから始まったかについては、日本語では上記Wiki記事の引き写ししか出てこないし、英語およびフランス語ではそれらしい情報はまったく出てきません。まあこれは私の語学力の問題。

 フリーメイソンに話を戻すと、私は陰謀論には興味ないんで、メイソンが「自由」「平等」「友愛」「寛容」「人道」を掲げる友愛団体だという主張を疑う理由はまったく持ち合わせません。まあ「真実」がなんであれ、そのような理念を掲げ、会員も社会的地位のある人ばかりという18世紀の団体が、悪魔崇拝者で幼児殺しでカニバリストの男色家(当時の価値観です)と信じられていた連中の後継者だと公言しますかね?

 では結局のところ、ラムジーは「ディスクール」でフリーメイソンの起源についてどんなことを述べているのか?
 前述のとおり、英語Wikiのラムジーの記事によれば、「しばしば誤って繰り返されるのは、ラムジーが彼の講演の中で、テンプル騎士団に言及した、というものである。実際には彼はその騎士団にはまったく言及していないにもかかわらず――彼はホスピタル騎士団に言及したのである。しかし察しのよい聴衆は、彼の十字軍騎士団への言及はテンプル騎士団への間接的な言及であろうと理解した」

 これはホスピタル騎士団が起源だと言ったってこと? でも言及referenceしただけだっていうしな。この記事は典拠を挙げているが、ディスクールそのものではなく二次資料。フランス語Wikiではラムジーの記事でも彼のディスクールの記事でも、テンプル騎士団には一切言及していません。前者では彼がフリーメーソンを十字軍時代の騎士団の後継者とした、としか述べていない。後者ではもう少し詳しく、「この騎士団(メイソン)の伝説的な歴史は、彼(ラムジー)がエルサレムの聖ヨハネ騎士団と特に関連付けた十字軍とともに始まった」としています。

 とにかく二次・三次資料に頼るのはもはや限界なので、「ラムジーのディスクール」原典に当たることにする。邦訳も英訳もありません(ネット公開も刊行もされてない)が、フランス語原文は刊行されてるしネットで無料公開もされています。フランス・メイソンの公式サイト(?)にも掲載されてますが、アクセスしやすい(敷居の低い)Wikisourseへのリンクを貼っておきます(これらの無料公開の「ディスクール」同士には相違がありますが、少なくとも私が読んだ範囲では助詞等の些細でわずかな違いだけです)。

 https://fr.wikisource.org/wiki/Discours_de_Ramsay

 フランス語は独学で初歩を齧っただけなので、歯が立たないようだったら尻尾を巻いて退散します!(なお機械翻訳はどうせ不正確なので、ハナから頼りません) 以下、フランス語の知識があって、原文を読んでみようという気になった人がいたら、その参考になるかもしれないのでフランス語についても説明しますが、興味のない人はその部分は飛ばしてください。

 相当な長さがあります。とてもレジーヌの言う歓迎の「辞」なんてもんじゃない(訳の問題か?)。なのでまず「テンプル騎士団」(Templiersまたはordre de temple)で全文検索してみました。確かにこの名は一度も挙げられていません。次に「神殿」templeと「十字軍 」croisesで検索すると幾つか引っ掛かったので、その周辺だけ読むことにする。
 どうやら求める情報は、「第二部 SECONDE PARTIE この騎士団(=フリーメイソン)の起源と歴史 ORIGINE ET HISTOIRE DE L’ORDRE」の2番目の章(各章の番号はない)「この騎士団の十字軍からの創設 INSTITUTION DE L’ORDRE PAR LES CROISÉS」にあるようです。
 最初の章「起源と歴史 LA LÉGENDE ET L’HISTOIR」は前置きで、ざっと目を通してみたところ、「メイソンの起源を聖書の時代に求める人々もいるが、私はここで真実の歴史について駆け足で語ることにする」というようなことを述べています。この「真実の歴史」は、彼が英国で収集したものだそうです。

 で、次の「この騎士団の十字軍からの創設」の章で、いきなり十字軍の話が始まります。冒頭の一文は、やたら長くて重複もあるので要約すると、「パレスチナにおける聖なる戦いの時代から、諸王、諸侯、そして民衆が協会(Société ソシエテ=メイソン)に入り、聖地にキリスト教の神殿(複数)を再建するという誓いを立て」たそうです。
 少々長い文章が続きますが、メイソン(Société「協会」またはOrdre オルドル「騎士団」)の語は出てこないので飛ばします。で、最後のほうで「我が騎士団(メイソン)はエルサレムの聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団と親密に結びついた。それ以来、我々の支部(ロッジ)はその地全域で聖ヨハネのロッジという名だった。この同盟は一方で鏝とモルタルを扱い、他方で剣と盾を帯びている間、第二神殿を再建した時の古代イスラエルの民を手本にしていた」と述べて、後はヨーロッパでの話に移ります。

 これまでに私が読んできたフランス人の文章(もちろん邦訳)は全般的に、エスプリなのか知りませんが、やたら凝った言い回し、婉曲表現や仄めかし、反語が多く、フィクションならそれがおもしろい場合もありますが(おもしろくない場合もある)、ノンフィクションでもそうなので苛々させられます。
 しかしスコットランド人ラムジーの「ディスクール」は、少なくとも私が読んだ部分にはそのような表現はありません。文法も簡単で、辞書を引くのに時間がかかるだけで、私でも読めます。古い欧文の例に漏れず、一文がやたら長くて冗長ですけどね。動詞活用表に載ってない活用形が2回出てきますが、何しろ300年近くも昔の文章なので、現在は使われていない形だと思われます。ググってみたら、一番上に出て来るのがこの「ディスクール」だし。いずれにせよ、文脈から適当に訳せます。

 問題は辞書を引くのに時間がかかりすぎることで、フランス語は英語と綴りと意味がほぼ同じ単語がたくさんあって、大まかな意味を把握するのにはいいんですが、微妙に意味が違うことも多いので正確さを期すにはいちいち辞書を引かないといけない。だからこれ以上読む気はありません。
 というレベルのフランス語力ですが、読解はさほど不正確ではないと思います。で、確かにテンプル騎士団には一切言及していない。その後の文章も一応目を通してみましたが、「騎士団」のヨーロッパにおける「壊滅」にもまったく触れていません。
 日本語Wikiの「テンプル騎士団」の記事で述べられているように、「名誉回復」が1813年にようやく開始したのだとしたら、ラムジーも他のメイソンたちもテンプル騎士団の罪状を鵜呑みにしていることになり、自分たちに結び付けるはずがない。

 しかし前述のWiki英語記事は、「しかし察しのよい聴衆は、彼(ラムジー)の十字軍騎士団への言及はテンプル騎士団への間接的な言及であろうと理解した」に続けて、「フランスにおける彼ら(テンプル騎士団)の評価は異論があ」った、と述べています。つまりメイソンリーの間では冤罪だと知られていたが、世間では悪魔崇拝者だと信じる人たちもまだまだいた、ということでしょう。典拠は示してませんが。
 フランス以外の国だと悪魔崇拝者だと信じる人はいなかった、と述べているようにも読めます。まあ「いなかった」かどうかはともかく、フランス以外の国、特に新教国ではテンプル騎士団の「名誉回復」は比較的早かったでしょうね。何しろテンプル騎士団に悪魔崇拝容疑をかけて壊滅させたのは、フランス国王とフランス出身の教皇だから。

 上記の英語Wiki記事は、この後さらに続けて、「(ラムジーの「ディスクール」が、メイソンの起源をテンプル騎士団だとした、と了解されたことが)一年後にこの団体(フリーメイソン)への教皇の非難へと至ったのであろう」と述べています。
 これはクレメンス12世による、カトリック教徒がフリーメイソンに加わるこを禁じる1738年の勅書のことでしょう。教皇庁によるフリーメイソンへの初の禁令ですが、禁止の理由はメイソンが「信仰の自由」を掲げていたことだというのが定説です。確かに教皇庁によるテンプル騎士団の公式の「名誉回復」は2007年ですが、どのみち1738年の勅書ではテンプル騎士団には一切言及していません。

「ディスクール」から2、30年後の18世紀後半、「テンプル厳修派」(英語でthe templar strict observance)というメイソンの一会派がドイツのカール・ゴットヘルフ・フォン・フント男爵によって設立されます。その経緯についての『テンプル騎士団の謎』の記述がどうにも不明瞭で、これに関係する日本語Wikiと英語Wikiのそれぞれ複数の記事がまたちょっとずつ食い違ってるという有様なんですが、まあとにかくこの会派が名前のとおり、メイソンの起源をテンプル騎士団だとしていたのは確かです。
 だからフォン・フント男爵の時代にはすでに、「テンプル騎士団は潔白」というのが少なくとも知識人の間では常識となっていたんでしょう。ラムジーの時代には、まだそこまで一般的ではなく、しかしメイソンの間では知られていたとしたら、「ディスクール」は「テンプル騎士団への間接的な言及」だったということになる。
 ではどの辺が間接的な言及かというと、「聖地にキリスト教の神殿(複数)を再建するという誓いを立て」たSociété「協会」の下りですかね。

 しかしこの「聖地にキリスト教の神殿(複数)を再建する」ってのが、どういう意味か解らない。テンプル(神殿)騎士団の名称の由来である「ソロモン(エルサレム)神殿」というのは、ソロモン時代に建てられたとされるエルサレムのユダヤ教神殿のことです。アッシリアによって破壊されたので、「第一神殿」と呼ばれるようになります。で、アッシリアの重圧から解放された後に再建されたのが、ラムジーも言及している「第二神殿」。これが1世紀のユダヤ人大反乱の後、ローマ帝国によって破壊されてからは、エルサレムにユダヤ教神殿は再建されていません。またキリスト教徒もエルサレムに教会は建てても神殿(聖堂)は建てていないので、エルサレムに「再建」されるような「キリスト教神殿(複数)」なんてないわけです。
 まあキリスト教徒はユダヤ教の正典を「旧約聖書」という失礼な名前でキリスト教の正典の一つにしているくらいだから、キリスト生誕以前のユダヤ教神殿はキリスト教神殿だということになるのかもしれません(おまえのものは俺のもの)。それなら「キリスト教神殿(複数)」はユダヤ教の「第一神殿」と「第二神殿」のことになる。

 そうなると次の問題は、ラムジーの時代に「テンプル騎士団の目的は神殿の再建」という見解があったかどうかですね。実際には「テンプル騎士団」の名は、単に「神殿」跡地近くに本拠地を置いたことに由来するんですが、ラムジーの時代には「神殿を再建するために設立されたからテンプル騎士団」という見解があったのかもしれない。あったのだとしたら、このSociété「協会」はテンプル騎士団にほかならないことになる。そうだとしたら、スコットランド人ラムジーも「婉曲な仄めかし」をしたことになりますが。ま、テンプル騎士団への18世紀前半当時の評価も不明なのに、こんな微妙なことはなおさら判りません。
 聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団については、この文言でメイソンの起源(の一つ)だとしているんですかね。よく解りません

 フォン・フント男爵の「テンプル厳修派」のその後の沿革(英語)はさらに錯綜していて、もはや追えませんが、とりあえず現在、メイソンには「テンプル騎士団」を名乗る会派があって、正式名称は英語でThe United Religious, Military and Masonic Orders of the Temple and of St John of Jerusalem, Palestine, Rhodes and Maltaというそうです。
 単語の並びが訳しにくいですが、「エルサレム、パレスチナ、ロードスとマルタの聖ヨハネ、および神殿の宗教的・軍事的メイソン騎士団の同盟」といったところでしょうか。ラムジーの「ディスクール」にある「我が騎士団」をテンプル騎士団と解釈し、それと聖ヨハネ騎士団との「同盟」というラムジーのでっち上げをそのまま名称にしてるわけですね。

 ちなみに史実のテンプル騎士団と聖ヨハネ(ホスピタル)騎士団は、めちゃめちゃ仲が悪くて、そもそもテンプル騎士団壊滅の直接の原因は、フィリップ4世がテンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団をまとめて支配するために統合しようとしたのを、テンプル騎士団が断固として拒絶し妨害したから、だったりします。
 テンプル騎士団の滅亡は、聖ヨハネ騎士団にとってはライバルが消えた上に、テンプル騎士団の莫大な不動産の一部までフィリップ4世から貰うという余得付きでした。テンプル騎士団と聖ヨハネ騎士団の「同盟」がメイソンの起源とか、あり得ないあり得ない。

 ところで今回のブログ記事のタイトルは「テンプル騎士団とフリーメイソンの謎」ですが、何が「謎」なのかというと、ラムジーの「ディスクール」は機密文書でもなければ難解な古文書でもないのに、「ラムジーはテンプル騎士団には一切言及していない」という事実は、なぜこんなに知られていないんですか? 仄めかしだと言えるのも「神殿の再建」だけだし。
 上述のようにフランス語Wikiの該当記事は「ラムジーはテンプル騎士団には一切言及していない」とは明言しておらず、じゃあフランスではこのことが「常識」なのかというと、冒頭で見たように、フランス人がフランス語で書いた『テンプル騎士団の謎』は、ラムジーがメイソンをテンプル騎士団に結び付けたと明言している上に、「ディスクール」の「引用」まで原典と大きく食い違っている。

 私は趣味でフランス語その他の外国語を齧っていますが(英語と第二外語だった中国語を除いて今のところ12か国語)、興味があるのは言語同士の関係でしかないんで各言語を極めるつもりはまったくないし、そもそも語学の才能がまったくない。英語ですら大まかに意味を摑むのではなく正確な理解を期すなら辞書が手放せないレベルで、未邦訳の資料を読む必要がないか機械翻訳がもっと頼りになるなら、そのレベルにも達してないのは確実です。
 その程度の語学力しかなく、フランス史が専門でもない人間が片手間に調べたことでしかありませんが、誰かの参考になることもあるかもしれないので、こうして記事にしました。

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ヴードゥー教、ワルド派、そしてスタージョン

『ヴードゥー教の世界』(立野淳也・著)という本を読んでいたら、「ヴードゥー」の語の由来をキリスト教異端のヴォードワ(ワルド)派と類似のものとする説明がなされることもあった、というようなことが書かれていた。

 どういうこと? 「ヴォードワ」ってワルド派の別名ってこと?? どういう由来でそんな別名が???

 全然説明がないため、だいぶ苦労して自力でこの謎を解くことになるのだが、先に結論を述べると、まず「ヴードゥー」Voodooの語源は西アフリカの言語で神々や精霊を意味する「ヴォドゥン」vodunあるいは「ヴォードー」voudouで、フランス語では「ヴォードゥー」Vaudouとなって、英語形より原語に近い(英語も綴りを見るに当初は原語の忠実な音写だったのが、発音と綴りの関係が不規則なせいで今の発音に変わったんだろう)。
 で、「ヴォードワ」とは「ワルド派」(英語でWaldenses)のフランス語形である(だから「ヴォードワ派」だと「ワルド派派」になってしまう)。発音が似てるだけで関係のない事物同士が関係づけられてしまうのは、シンクレティズムや陰謀論ではよくあることだ。

 問題は、なぜフランス語ではワルド派を「ヴォードワ」と呼ぶのか? である。

 まずワルド派とは何かというと、12世紀にリヨンの商人ピエール・ワルドを創始者とするキリスト教の一派で、その教義は一言で言うと、早すぎた宗教改革である。教会の承認を得られず異端の烙印を押され、二元論で悪魔崇拝のカルトという事実無根の中傷と過酷な弾圧を受ける。生き残りは山岳地帯に隠れ住み、16世紀に宗教改革が始まると、プロテスタント諸派に合流した。

 なぜ「ワルド派」Waldensesが「ヴォードワ」Vaudoisになるのか、日本語でググっても英語でググっても全然わからず、最後の手段「フランス語でググる」に頼らざるを得なくなる。フランス語は独学で初歩を齧っただけなんで、ほんとに「最後の手段」なのである(なお機械翻訳はどうせ不正確なので、ハナから頼りません)。
 苦労した経緯は省略して整理すると、まずワルド派の開祖の姓「ワルド」Waldoは英語形であって、フランス語で正しくは「ヴァルド」Valdoである。じゃあ「ワルド」はどっから出してきたのかというと、「ヴァルド」Valdoの語源は古ゲルマン語のWald「森」なのである。フランス語は原則としてwを使わないからValdoになる。英語の綴りのほうが原形に近いわけだ。古ゲルマン語なのでwaldの発音はわからないが、ドイツ語では今でもwald「ヴァルト」は「森」である。
 だからピエール・ワルドはより正しくはピエール・「ヴァルド」Valdoである。そして「ヴァルド」Valdoはよりフランス的な綴り・発音もあって、それが「ヴォード」Vaudes。現在のスイスのヴォー Vaud州も同じ語源でwald→vald→vaudと変化している。というわけでワルド派のフランス語形「ヴォードワ」Vaudoisは、「ピエール・ワルド(=ヴァルド=ヴォード Vaudes)の宗派」という意味なのである(そして「ヴォー州の人」も「ヴォードワ」Vaudoisになるのでややこしい)。

 ここまで調べるのはかなり大変だったので、もし同じ疑問を持った人がいたら同じ苦労をせずに済むよう、こうして記事にしました。まあ今、「ヴードゥー」「ワルド派」をフランス語(Vaudou Vaoudois)でググっても、「昔そういう説があった」くらいの言及しか見つからないんですけどね(英語 Voodoo Waldensesも同様で、当然ながら数はもっと少ない)。

 ワルド派ついでに、以前読んだシオドア・スタージョンの本の巻末解説で、スタージョンの実父の姓はウォルドーで、これはワルド派の末裔だからだ、というようなことが述べられていて、そのことはメモを取ったんですが、どの本だったかはメモし忘れたということがありまして。スタージョンの元の姓が Waldoだというのは日本語Wikiでも確認できますが、ワルド派の末裔だという情報は日本語でも英語でも全然見つかりませんな。末裔説が本当だとしても、ワルド派への弾圧はとにかく洒落にならんかったので、ワルド姓を名乗ったのはプロテスタントに吸収されてからなのは確実でしょうな。でなきゃ自殺志願も同然だ。

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著作(小説) 2014~

上が最新です(下に行くほど古い)。
記事の最後に2013年以前の著作(小説)リストやエッセイ、インタビュー等のリストへのリンクがあります。

 

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『2010年代SF傑作選』⑴ (早川書房 文庫 2020/2/6) (Amazonへのリンク)

『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』(Amazonへのリンク)所収の表題作「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」を採録していただきました。

2010年代以前にデビューした10作家の作品が収録されています。私以外の方々の作品は以下のとおりです(50音順)。

  • 上田早夕里 「滑車の地」
  • 円城塔   「文字禍」
  • 小川一水  「アリスマ王の愛した魔物」
  • 神林長平  「鮮やかな賭け」
  • 北野勇作  「大卒ポンプ」
  • 田中啓文  「怪獣惑星キンゴジ」
  • 津原泰水  「テルミン嬢」
  • 飛浩隆   「海の指」長谷敏司  「allo, toi, toi」

なお編者の伴名練氏による著者紹介でも触れられていますが、SFマガジン読者賞受賞の「はじまりと終わりの世界樹」(『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』収録)も採録候補に挙げていただいたものの、長すぎて(「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」より400字詰め換算で30枚ほど多い)落選(?)となったそうです。「はじまりと終わり」が長すぎるという理由でアンソロジーに選んでもらえなかったのは、『年間日本SF傑作選』に続いて2度目!

〈HISTORIA〉シリーズ: 本作を含む連作の解説記事

 

同日発売の『2010年代SF傑作選』⑵(Amazonへのリンク)も紹介いたします。こちらは2010年代デビューの10作家を収録。

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「ガーヤト・アルハキーム」(『ナイトランド・クォータリー』vol.18「想像界の生物相」掲載。2019/8/30) (Amazonへのリンク)

商業媒体では初のファンタジーになります。
ほかに書いたことのあるファンタジーは、デビュー前の「鴉の右目の物語」(当ブログの「お蔵出し」で読めます)だけなんで、実は非常に稀少です。

「ガーヤト・アルハキーム」とはラテン語の魔術書『ピカトリクス』の原典タイトル、と言えば、解る人は解るかもしれません。もっとも扱っているのは魔術書そのものではなく、そこに掲載されている魔術の一つです。
 異世界ファンタジーに見せかけたオルタネイト・ヒストリー。魔法が「実在」する世界を舞台とした、もう一つの歴史です。ジャンルとしては「マジック・パンク」になるんだろうか……私としては「ロジカル・ファンタジー」のほうが、しっくりきますが。いずれにせよ、SF寄りのファンタジーというか、SF脳の人間が書いたファンタジーです。
 400字詰めで40枚強と短めですが、中身は濃いです。御期待ください。

「ガーヤト・アルハキーム」解説記事

 

 

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『屍者たちの帝国』(河出書房新社 文庫 2015/10) (Amazonへのリンク)

伊藤計劃氏/円城塔氏の『屍者の帝国』(Amazonへのリンク)のシェアワールド・アンソロジー。
私の収録作「神の御名は黙して唱えよ」は、1854年秋、ロシア帝国南西部が舞台です。生者の屍者化計画とイスラム神秘主義。

 

 

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『伊藤計劃トリビュート』 (早川書房 文庫 2015/8) (Amazonへのリンク)

タイトルどおり、伊藤計劃氏へのトリビュート・アンソロジー。
私の収録作「にんげんのくに」は、HISTORIAシリーズの一篇でもあります。

〈HISTORIA〉シリーズ: 本作を含む連作の解説記事

また、このアンソロジー刊行に際して、『SFマガジン』2015年10月号(Amazonへのリンク)の「伊藤計劃特集」において、長谷敏司氏と藤井太洋氏と鼎談を行いました。

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『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』 (早川書房 単行本 2014/4) (Amazonへのリンク)

『SFマガジン』に掲載された中篇3本+書きおろし中短篇各1本。
『SFが読みたい』ベストSF2014国内篇5位。
表題作は『2010年代SF傑作選』⑴(Amazonへのリンク)に収録されています。

〈HISTORIA〉シリーズ: 本作を含む連作の解説記事

 

著作(小説) 2004~
著作(小説) 2007~
著作(小説) 2009~
著作(小説) 2012~

著作(エッセイなど)、インタビューほか 2004~2014
著作(エッセイなど)、インタビューほか 2015~2017
著作(エッセイなど)、インタビューほか 2018~

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著作(エッセイなど)、インタビューほか 2018~

一番上が最新です(下に行くほど古い)。

エッセイなど

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『SFが読みたい! 2020年版』(2020年2月6日) (Amazonへのリンク)

「2020年の私」にコメントを書かせていただきました。
後ろ向きのコメントが続いていた「20××年の私」、ようやく前向きなコメントが書けましたよ。

 

 

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『TH(トーキングヘッズ叢書)』№81「野生のミラクル」
2020年1月29日㈬発売

 エッセイ「密林のパラダイスーー管理された野生」を寄稿させていただきました。
 今回のテーマの「野生」はレヴィ・ストロースの『野生の思考』から、ということなので、そのレヴィ・ストロースが文化人類学の道へと進んだ最初の一歩が『悲しき熱帯』、というわけで『伊藤計劃トリビュート』(Amazonへのリンク)収録の拙作「にんげんのくに」で描いたアマゾナス先住民についていろいろ書きました。
「にんげんのくに」の「人間」族のモデルはヤノマミ族ですが、他のアマゾナス先住民についてもたくさん調べたので、これを機会に総浚い。「にんげんのくに」後記で述べた「アマゾナス先住民の伝統文化と言われるものは、実は大して伝統がない」説を、より詳しく論じました。具体的には『アギーレ 神の怒り』とか『アナバシス』とか「異国風景」とか「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」とか。
「にんげんのくに」をお読みになった方も、そうでない方も、御興味を持たれましたら是非。「野生」はもちろんアマゾナスに限ったことではないので、他の執筆者の方々が論じる多彩な「野生」を、私も一読者として楽しみにしています。

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TH(トーキングヘッズ叢書) 』№79「人形たちの哀歌」
2019年7月31日発売予定

「幕屋の偶像(アイドル)――物そのもの(フェティッシュ)への眼差し」というエッセイを書かせていただきました。
 まず「人形愛」を定義したうえで、サーデグ・ヘダーヤトの短篇「幕屋の人形」を取り上げ、人を含む動物の具象表現が禁止されている(とされる)ムスリムであるヘダーヤトが、なぜかくも「正しく」人形愛を描くことができたのか。その謎を解くべく、イスラムにおける偶像観を考察します。
  ヘダーヤトの別の短篇「最後の微笑」も取り上げます。
 ヘダーヤトの評論は、これで二度目になります。前回は『早稲田文学』2015年秋号(Amazonへのリンク)のアンナ・カヴァン特集で、まあつまりカヴァンとヘダーヤトを一緒に論じたわけで、ごく一部で「空気読まない」と好評(笑)をいただきましたが、今回は原稿の段階で何人かの方々に読んでいただいたところ、「イスラムについて知らなくても解りやすい/おもしろい」と好評(笑、でない)をいただいております。
 自分が興味を持っていることが、どう興味深いのか他人に伝えることができるのは、物書き冥利につきます。
『TH』№76と77では、規定枚数に収めるのに少々苦労したので、今回は「できれば少し増やしていただきたいのですが」とお願いしたところ、なんと2頁も増量していただけました(3頁→5頁)。書きたいことを書きたいだけ書けて、たいへん楽しかったです。
 もう一つ、今回は是非とも「イランの対“バービーとケン”人形、“サラとダラ”」の画像を使いたかったのですが、あいにく自分では実物も画像も所持しておらず、編集の方々に無理を言って画像を探していただきました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。ありがとうございました。
 バービーを「欧米からの文化侵略」と見做すイラン政府が2002年に製造販売を開始した、「イスラム的に正しいお人形」サラ(宗教指導者のお墨付き)。なかなか味のあるデザインですので、是非周知させたいと。

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内容に関する補足の記事はこちら

 

 

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『SFが読みたい! 2019年版』(2019/2) (Amazonへのリンク)

 今年も特別企画「2019年のわたし」に書かせていただきました。
 毎年、「201○年のわたし」の原稿を書く時期に当たる1月上旬は、寒さによる不調で思考も後ろ向きになります。精一杯前向きなことを書いたつもりでも、後日、『SFが読みたい!』で読み返すと、「ああ、なんて後ろ向きな……!」と頭を抱える羽目になるので、今年は開き直りました。どうもすみません。

 

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『TH(トーキングヘッズ叢書)』№77「夢魔~闇の世界からの呼び声」
2019年1月30日発売

「ノイズから物語を紡ぐ~脳科学の見地から夢を解く」というエッセイを寄稿させていただきました。

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「ノイズから物語を紡ぐ」こぼれ話的なもの(今回は1回だけです)

 

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『TH(トーキングヘッズ叢書)№76「天使/堕天使~閉塞したこの世界の救済者」』
2018年10月30日発売

「イスラムの堕天使たち」というエッセイを寄稿させていただきました。

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補足あれこれ
「ヤズィーディーの信仰について Ⅰ」(長いので何回かに分けました)

 

 

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『SFが読みたい! 2018年版』(2018年2月10日発売)
 SF作家たちによるエッセイ「2018年のわたし」に書かせていただいております。
 体調が悪い時に書いたので、少々気弱な内容です。すみません。補足と近況報告はこちら

 

 

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著作(エッセイなど)、インタビューほか 2015~2017

刊行順(下に行くほど新しい)。

エッセイなど

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『トーキングヘッズ叢書』№61「レトロ未来派~21世紀の歯車時代」(2015/8) (Amazonへのリンク)

 一冊丸ごとスチームパンクの特集です。企画の一つ「エッジのきいたスチームパンク・ガイド」で映画レビューを五本担当しました。

 

 

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『SFマガジン』2015年4月号 (Amazonへのリンク)

2000番到達記念特集 ハヤカワSF文庫総解説PART1[1~500]で、ポール・アンダースン&ゴートン・R・ディクスンの〈ホーカ・シリーズ〉(『地球人のお荷物』『くたばれスネイクス!』『がんばれチャーリー』の解説を担当しました。

 

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『SFマガジン』2015年6月号 (Amazonへのリンク)

ハヤカワSF文庫総解説PART2[501~1000]で、ソムトウ・スチャリトクルの『スターシップと俳句』、小川隆/山岸真・編の『80年代SF傑作選』(上下巻)の解説を担当しました。

 

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『SFマガジン』2015年8月号 (Amazonへのリンク)

ハヤカワSF文庫総解説PART3[1001~2000]で、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『星ぼしの荒野から』の解説を担当しました。

 

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『早稲田文学』2015秋号 (amazonへのリンク)  公式ページ(内容の詳細はこちら) 

小特集「昏い部屋の女たち」で、アンナ・カヴァン(およびイランの作家サーデグ・ヘダーヤト)について書いています。

 

 

 

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『ハヤカワ文庫SF総解説2000』(2015/11) (Amazonへのリンク)

『SFマガジン』2015年4月号、6月号、8月号の連載企画が1冊の本になりました。文字どおりハヤカワ文庫SF2000冊分の総解説。100人以上のSF作家・評論家が各作品を解説しています。
 私は〈ホーカ〉シリーズ(『地球人のお荷物』『くたばれスネイクス!』『がんばれチャーリー』)、『スターシップと俳句』『80年代SF傑作選』上下巻、『星ぼしの荒野から』の4点を担当しています。

 

 

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『SFが読みたい! 2017年版』 (2017/2) (Amazonへのリンク)

 カテゴリー「日常」では御報告しましたが、こちらの「活動」カテゴリーに上げるのを忘れていました。特別企画「2017年のわたし」にコメントを掲載していただきました。
 また、もう一つの特別企画「2010年代前期ベストSF30」では、国内篇30位にランクインさせていただきました。投票してくださった皆様、ありがとうございました。

 

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インタビュー

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『SFマガジン』2015年10月号 (Amazonへのリンク)

 インタビューじゃなくて、長谷敏司氏と藤井太洋氏との鼎談ですが。伊藤計劃氏と『伊藤計劃トリビュート』(Amazonへのリンク)について。

 

 

 

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著作(エッセイなど)、インタビューほか 2004~2014

2014年までのインタビュー、エッセイなどです。刊行/発表順(下に行くほど新しい)。

エッセイなど

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『SFマガジン』2007年6月号 (Amazonへのリンク)

「MY FAVORITE SF」に、大原まり子氏の『一人で歩いていった猫』について書きました。

 

 

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『SFマガジン』2009年10月号 (Amazonへのリンク)

神林長平氏のデビュー30周年記念特集の特別エッセイとして、『完璧な涙』のレビューを書きました。

 

 

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『早稲田文学』2014年秋号 (Amazonへのリンク)

特集「若い作家が読むガルシア=マルケス」で、『コレラの時代の愛』について書きました。

 

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インタビュー

日刊紙『SANKEI EXPRESS』2014年6月8日(日)付に『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』の紹介記事掲載(インタビューに基づく)
産経新聞のこちらのページに全文アップされています。


ウェブマガジン「アニマソラリス」2005年3月
 

『SFマガジン』2004年10月号
 同日(8/25)刊行の『グアルディア』で小説家デビューしたので、そのインタビューです。
 ガンダム(ファースト)の話をして結構受けたんですが、記事ではばっさりカットされてしまいました(当たり前や)。
 なのでその話は後日、ブログに書きました。脳内ガンダム
 ちなみになぜガンダムの話になったのかというと、『グアルディア』は主人公の1人であるホアキン少年に焦点を絞ると、「パワードスーツの使用者となった少年兵が壊れていく話」だからです。

 

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著作(小説) 2012~

刊行順(下に行くほど新しい)です。

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『神林長平トリビュート』 (早川書房 文庫 2012/4) (Amazonへのリンク) 

神林長平デビュー30周年記念として2009年に刊行された単行本(Amazonへのリンク)の文庫化。8人の作家が神林氏の作品をトリビュートした8篇の短篇から成るアンソロジー。

8人の作家とトリビュートした作品は以下のとおり(50音順)。

  • 海猫沢めろん 『言葉使い師』
  • 虚淵 玄   『敵は海賊』
  • 円城 塔   『死して咲く花、実のある夢』
  • 桜坂 洋   『狐と踊れ』
  • 辻村深月     『七胴落とし』
  • 仁木 稔   『完璧な涙』
  • 元長柾木   『我語りて世界あり
  • 森 深紅   『魂の駆動体』

序文は神林氏が書かれています。

私も含めて8人全員の作品が、神林氏のオリジナルを未読でも問題なく読めると思います。神林氏の8作品を全部は読んでいない、もしくは一作も読んでいない方でもどうぞ。氏の作品を一度も読んだことのない方も、神林ワールドへの入門書、もしくは案内書として本書を読んでみてはいかがでしょうか。

 

*以下3点は単行本『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』(Amazonへのリンク)に収録されている連作中篇3本です。

 単行本はさらに、描き下ろしの中篇と短篇各1本も収録されています。
 3本とも雑誌掲載時のイラストは橋賢亀氏。ちなみに橋氏は、私がこのブログで放言した厚かましい「お願い」を聞き届けてくださり、マキリップの『イルスの竪琴』の素晴らしいイラストを3点も描いてくださいました。この記事のリンクから是非御覧になってください(イラストへのリンクも、橋さんは快諾してくださいました)。

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「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」(『SFマガジン』2012年6月号) (Amazonへのリンク)

『2010年代SF傑作選』⑴(早川書房 文庫 2020/2 Amazonへのリンク)に再録していただきました。

400字詰換算約110枚。

 

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「はじまりと終わりの世界樹」(『SFマガジン』2012年8月号) (Amazonへのリンク)

第12回SFマガジン読者賞をいただきました。

 ……にもかかわらず長すぎるのでアンソロジーに採録してもらえないやつ……(400字詰換算約140枚)。

 

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「The Show Must Go On!」(『SFマガジン』2013年6月号) (Amazonへのリンク)

400字詰換算110枚。

〈HISTORIA〉シリーズ: 以上3作を含む連作の解説記事。

 

 

 

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著作(小説) 2007~

刊行順(下へ行くほど新しい)です。

 

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『グアルディア』(上) 早川書房(文庫 2007/04) (Amazonへのリンク)

Jコレクションから文庫化(Jコレ版のAmazonへのリンク)。上下巻です。解説は佐藤亜紀氏。

《HISTORIA》シリーズ: 本作を含む連作の解説記事。

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『グアルディア』(下) 早川書房(文庫 2007/04) (Amazonへのリンク)

 

 

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『ラ・イストリア』 早川書房(文庫 2007/05) (Amazonへのリンク)

『グアルディア』と同一世界が舞台だけど、独立した作品です。解説は香月祥宏氏。

《HISTORIA》シリーズ: 解説記事。

 

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著作(小説) 2009~

刊行順(下に行くほど新しい)です。

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『ミカイールの階梯』(上) 早川書房(単行本 2009/05) (Amazonへのリンク)

 《HISTORIA》シリーズ: 本作を含む連作の解説記事

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『ミカイールの階梯』(下) 早川書房(単行本 2009/05) (Amazonへのリンク)

 

 

 

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『神林長平トリビュート』 早川書房(単行本 2009/11) (Amazonへのリンク)
文庫化されています(Amazonへのリンク)

神林長平デビュー30周年記念出版。8人の作家が神林氏の作品をトリビュートした8篇の短篇から成るアンソロジー。

8人の作家とトリビュートした作品は以下のとおり(50音順)。

  • 海猫沢めろん 『言葉使い師』
  • 虚淵 玄   『敵は海賊』
  • 円城 塔   『死して咲く花、実のある夢』
  • 桜坂 洋   『狐と踊れ』
  • 辻村深月     『七胴落とし』
  • 仁木 稔   『完璧な涙』
  • 元長柾木   『我語りて世界あり
  • 森 深紅   『魂の駆動体』

序文は神林氏が書かれています。

私も含めて8人全員の作品が、神林氏のオリジナルを未読でも問題なく読めると思います。神林氏の8作品を全部は読んでいない、もしくは一作も読んでいない方でもどうぞ。氏の作品を一度も読んだことのない方も、神林ワールドへの入門書、もしくは案内書として本書を読んでみてはいかがでしょうか。

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著作(小説) 2004~

刊行順(下に行くほど新しい)です。

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『グアルディア』 早川書房(単行本 2004/08) (Amazonへのリンク)

デビュー作です。これはJコレクション版。文庫化されています(上下2分冊。上巻のAmazonへのリンク)。


《HISTORIA》シリーズ:本作を含む連作の解説記事です。

 

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『スピードグラファー』⑴ 早川書房(文庫 2005/07) (Amazonへのリンク)

GONZOさんのアニメのノベライズです。第一巻はアニメに忠実に。
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『スピードグラファー』⑵ 早川書房(文庫 2005/09) (Amazonへのリンク)

ノベライズ第二巻。この巻からはいろいろ自由にやらせていただきました。
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『スピードグラファー』⑶ 早川書房(文庫 2005/12) (Amazonへのリンク)

最終巻です。どうやら私は何をやっても群像劇になるようです。

 

著作(小説) 2007~
著作(小説) 2009~
著作(小説) 

著作(エッセイなど)、インタビューほか 1
著作(エッセイなど)、インタビューほか 2

 

参考記事: 「それはヒト固有の能力である」 
           創作姿勢について。アニメのノベライズを引き受けた理由なども。

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