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ピアニストとタイピスト

 子供の頃、シャーロック・ホームズにはまってたんだが、どの作品だったかは忘れたが、釈然としないエピソードがあった。ホームズが初対面で相手の経歴を言い当てる例のあれで、依頼人の女性の手を取って、「指がへら状になっているのでタイピストと間違えるところだったが、彼女の顔には芸術家の深みがある。ピアニストだ」とか言う。

 ホームズともあろう者が内面の深み云々という曖昧なものを推理の根拠にすることに、納得できなかったのである。タイピストに失礼だろう、とも思った。

 それから20年近く経った2002年、コーエン兄弟の『バーバー』を観た。まだ17かそこらのスカーレット・ヨハンソンが弾くソナタをプロのピアニストが「おもしろみがない」と散々腐して、こう締め括る。「いいタイピストになれるだろう」

 きれいなだけで中身は空っぽな役が、当時からヨハンソンは巧かったよね。

 小学校から高校までの12年間、エレクトーンを習っていた。まったくモノにならなかった。要は才能がないということなんだろうが、それに加えてものすごく不器用なのも原因だろう。何かもう、自分で自分に愛想を尽かしたくなることもあるくらい不器用だからね(例;ゲーム機のコントローラーをまともに操作できない)。

 で、前回も書いたように99年からワープロを使っているが、ブラインドタッチは問題なく行えている。これはやっぱり、エレクトーンをやってたお蔭なんだろうなあ…………12年間ずっと熱心に練習してたとは到底言えないが、時々は熱心だったから、その経験が無駄にならずに済んだのは結構なことである。でも、こういう形でってのは嬉しくない。

 さて、私の顔には「内面の深み」とやらは表れているのでしょうか、いないのでしょうか?

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