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ジャーヘッド

 こういう作品だって知ってたら、もっと早くに観てたのになあ。

 サム・メンデス監督作品は、『アメリカン・ビューティー』も『ロード・トゥ・パーディション』も観ている。後者については、光量の足りない画面とトム・ハンクスの顔面(特に太っている時)を生理的に受け付けない私にとって、ひたすら神経にこたえる作品であった、という以上のことを述べられない(『レディキラーズ』のトム・ハンクスの顔は、トム・ハンクスに見えなくて非常によかったのである)。

『アメリカン・ビューティー』は、奇妙な作品であった。話の筋そのものは、「アメリカの中流家庭の崩壊を描いた悲喜劇」と一言で説明することができる。ではその家庭ひいてはアメリカ社会の愚かしさ、空疎さを風刺した作品なのか。ただそれだけだと言ってしまうには、あまりにも美しい。では、ありきたりに「人生は醜く愚かしい。されど美しい」なのか。そうであるには、あまりにも悪意に満ちている。かと言って、その悪意は監督自身が抱いているものだとも思えないのだ。この作品には、監督自身とその描く対象との間に距離を感じる。深紅の薔薇と美少女の白い肉体に象徴される、胸焼けしそうなほど陳腐で俗悪な美しさ。それらをフェティッシュに執拗に描き続けることで、そこから突き抜けて純化された、完全な美が忽然と立ち現れる。しかし監督はその美とも、或いはフェティシズムとも距離を置いている。そういう作品であるから、どのような解釈を当て嵌めようとしても、どこかはみ出してしまう。解釈は空転し、収まりの悪いものとなる。

『ジャーヘッド』は、解釈を受け付けないという点では『アメリカン・ビューティー』以上かもしれない。序盤は大変解りやすい。冒頭はいきなり『フルメタル・ジャケット』のパロディだ。海兵隊の新兵訓練があって理不尽なしごきもあるが、演出はあくまで明るく、新兵たちはあくまでアホであるので、こっちは笑って観ていられる。『地獄の黙示録』の上映会では、「ワルキューレの騎行」に新兵たちが目をギラギラさせている。こちらは笑うが、いよいよ虐殺シーンが始まるとますます熱狂して大歓声を上げる彼らに、ひやりとさせられたりする。

 湾岸戦争が始まると、状況は一変する。新兵たちは砂漠に連れて行かれるが、何事も起こらないのである。最初は相変わらずアホをやっているが、そのうち待つことに倦んでくる。何週間経とうと戦闘は始まらない。彼らはダレ始め、ストレスを溜め込み、戦争とはなんの関係もない、しょうもない諍いを起こす。170日余りも続くこの待機期間は、上映時間でも3分の2ほどを占めるだろうか。序盤の訓練期間との違いは、ベトナム戦争映画の扱いの違いにも表れている。新兵の一人の妻から、『ディア・ハンター』のダビングテープが送られてくるのだが、上映を始めた途端、画面が切り替わって彼女の浮気現場を撮影した映像が流れるのだ。彼らだけでなく、こちらの忍耐も限界に近付いた頃、ようやく戦闘が始まる。任務は過酷というよりは、うんざりするような醜悪さで、しかも周知のとおり4日間で終了してしまう。

 摑みどころのない作品である。派手な破壊や殺戮シーンは一度も画面に現れない。そういうものを期待していると、主人公たち同様、失望し戸惑うことになる。ではこれは、湾岸戦争の「現実」を描き、戦争の愚かしさ、虚しさを描いた反戦映画なのか。派手なシーンがなかったことに失望しないために、そういう解釈を当て嵌めようとする鑑賞者もいるかもしれない。だが、そのようなメッセージを読み取るには、作品はあまりにも淡々としている。その上、実はこの作品は「リアルな戦争映画」という解釈ですら、当て嵌まるかどうか覚束ないのだ。なぜなら、兵士たちは砂漠に従軍して日焼けもしないし、髪も伸びないのである。いくら待機しているだけとは言ったって、兵士がスキンケアを丹念にできるわけがなかろう。白人が上半身裸で砂漠の太陽の下をうろついたりしたら、悲惨なことになるぞ。髪型も、入隊時の丸坊主から上を短く残した「ジャーヘッド」になってからは、まったく変わらない。剃り上げた部分はまだしも、「短く残した状態」を保つのは結構手が掛かると思う。待機期間はいいとして、戦闘が始まって無精髭を生やしているというのに、頭はきれいにジャーヘッドを保っているのである。

 見落としでこんなことをするような監督だとは思えない。とすれば、意図的なのである。要するにこの作品を評するには、次の一言がもっとも相応しいと思う。

「監督が何を言いたいのか解らない」

 だからこの作品はいいのか悪いのか、それを判断するのは、もちろん鑑賞者個々人である。

 ところで私は『チーム・アメリカ ワールド・ポリス』以来、どれほど真面目な作品であろうと「主人公が強くなっていく過程を短時間で見せる」のに「モンタージュ」が使われると、微妙な半笑いが込み上げるようになってしまったのだが、使われてましたね、『ジャーヘッド』でも。あの一連のシーンは「新兵訓練もの」のパロディではあるのだが、それでも純粋に技法の観点からすると、やはり「主人公が強くなっていく過程を短時間で見せる」のにはモンタージュが最適なのだろうと思うと、微妙な半笑いが浮かんでしまうのであった。

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