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ヴィレッジ

 すごく丁寧に作られた『Ⅹファイル』。Ⅹファイルは(確か4thシーズンの途中まで観た)は必ずしも超常現象ネタばかりじゃなくて、「超常現象に見せかけて実は……」という話もちらほらあった。『ヴィレッジ』は後者。少なくとも20年以上にわたって隔絶した環境に閉じこもっているはずなのに物質的に豊かすぎるとか、いろいろツッコミどころがあるのもⅩファイルっぽい。

 どうやらシャマランの関心は、このⅩファイル的な枠組みを丁寧に丁寧に描くことにあったようだ。『アンブレイカブル』の場合は、アメコミヒーロー映画という伝統的な枠組みの第一作目の前半(ヒーローが力に目覚め、前哨戦となる小さな悪を倒すまで)を、まったくアメコミヒーロー映画的でない技法で丁寧に丁寧に描いていた。この捻り方は大変わかりやすく、おもしろい。しかし『ヴィレッジ』の場合、捻りは目に見えるかたちで表れていない。そのまんま、なぞっているだけである。捻りすぎて360度回ってもうて、何も捻ってないように見えるというか。判りやすく不安を煽る演出とか、「心の痛み」とか「愛」とか「無垢」といった取って付けたテーマとか。ハリウッド映画ならばこういう閉じた環境にはなんらかの形で変化が訪れなくてはならないのだが、閉じたままで終わるというのも、1時間枠のTVドラマ(オープニング、CM、次回予告込み)なら有りだろう。それを、1時間40分余りのハリウッド映画でやっている。

 要するに、この作品にはメッセージ性というものがないのである。『ジャーヘッド』に於けるメッセージ性の排除は、戦争映画とかドキュメンタリーを観ただけで「戦争を解ったつもり」になる観客への批判、と取れないこともないが、『ヴィレッジ』はただただ「すごく丁寧に作った『Ⅹファイル』」だもんなあ。したがって、この「すごく丁寧に作る」ことよりも、ストーリーやテーマ、メッセージのほうがフィクションの価値として優先すると見做している観客は、馬鹿を見ることになる。そしてフィクションの価値というものは、技法よりもストーリー、ストーリーよりもテーマやメッセージのほうが優先するとされているのだ。だから、「作者が何を言いたいのか解らない」「メッセージが伝わらない」といった評は罵倒たり得るのである。レビューを検索してみたら、ストーリーを追ってテーマとメッセージを読み取ろうとした結果、その努力が報われなかった人たちの怒りと困惑が満ち溢れていました。ははははは。

 捻くれ具合がわかりやすいという点では『アンブレイカブル』のほうが好きだが、映像は『ヴィレッジ』のほうが美しい。というか、光量の足りない画面が苦手なので、『アンブレイカブル』はちょっとしんどかったんだ。『ヴィレッジ』は、なんで映画館で観なかったんだっけか。『シックス・センス』は、普通に普通(だから評判がよかったんだろう)。『レディ・イン・ザ・ウォーター』は、ちょうど『ラ・イストリア』に掛かりきりで、気が付いたら終わってたんだよな。公開期間も短かったし。『サイン』は確か公開中に、佐藤先生から薦められてたんだが、メル・ギブソン主演に引いてしまったのだった。「メル・ギブソンの顔が苦手なんです。でかいから」と訴える私に、「そのでかい顔で苦悶してるのがいいんだよ」と先生はおっしゃった。それを聞いてますます引いてしまい、いつかは観ようと思いつつ先延ばしにしているうちに、『小説のストラテジー』を読んで、ああもう絶対無理だ、と諦める。暗い場所は苦手なのである。『アンブレイカブル』では暗い室内でグラスの水が仄かに反射する光とか、雨空の一点から微かに射す光とかがあったので、なんとか持ちこたえることができた。しかし『サイン』では地下室だそうである。暗い上に狭いのは、もっと苦手だ。その暗くて狭い場所にメル・ギブソンとホアキン・フェニックス(あの顔は嫌いではないが、しかしメル・ギブソンと並ぶとくどさが相乗効果を上げるように思われる)がひしめいているなんて、想像しただけで胃が、胃がキューッと……

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