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闘う前から負けてます

 2004年夏、私は人知れず悩んでいた。他人には打ち明けられない悩みであった。目前となったデビュー作刊行に関わることだったからである(小説家デビューについて伏せている理由については、5月6日の記事を参照のこと)。お盆休みになり、当時は同居していなかった妹Ⅱ(二人いるうちの下のほう)が遊びに来た。私は思い切って彼女に打ち明けた。

「どないしょー、SFでデビューしてまうなんて。高校で生物以外の理数科目の成績、めっちゃ悪かったのに。生物かて、しょせん文系やし」

 母校のカリキュラムは一年次に化学、物理、地学、生物を一通りやり、二年次から選択、というものだった(化学は通年、残り三教科は一学期ずつ)。化学と地学も芳しくなかったが、物理は洒落にならないくらいひどかった。どれくらい洒落にならないかというと、「50点満点なのが、なんのフォローにもならない」。赤点でも取れば少しは勉強したんだろうが、どうやら物理と地学と生物は点数を合計して成績をつけたらしい。生物の点数が他の二科目を補ったのである。で、二年生になって生物を選択し、ほかの科目はそれっきりである。ちなみに数Ⅰはかろうじて平均、数Ⅱは惨憺たるものだった。

 いいんじゃない別に、と妹Ⅱは答えた。よくないよ、と私は言い募った。「だって、SF作家なんだよ?」いいじゃん、となおも妹は言う。「学歴なんて関係ないよ」

 話が噛み合わない。噛み合わないまま、もうしばらく遣り取りを続けているうちに、卒然と私は悟った。妹Ⅱは、「SFというジャンルは、書き手にも読み手にも科学の知識が必要という大前提を知らない」。

 いわゆるSF冬の時代の一つの原因であり、未だに多くの読書家をしてSFを敬遠させるのは、SFが「専門的で難解」というイメージを持つからだ、と私は思っていた。確かに、私の年代(70年代前半生まれ)から上であれば、そういう理由でSFを読んでこなかった人たちが多いだろう。しかしそれより下の年代(妹Ⅱは78年生まれ)は、読書の幅が広がる時期すなわち中学高校時代には、すでに視界にSFが入ってこない状態だったのである。SFは馴染みのない存在であり、難解だという偏見もない代わりに興味も惹かれない。知らないものは読まない、ということなのだ。この発見は、愕然とさせられるものだった。

「あのさあ、SFって『スペースファンタジー』の略じゃないって知ってた?」「えっ、そうなの?」マジで驚く妹Ⅱ。「じゃあ、なんの略?」 「さいえんすふぃくしょん……」「へー」「SFっていったら、どんなイメージ持ってる?」 即答する妹Ⅱ。「宇宙とか」

 それ以上、話題を続ける気力は残っていなかった。そして数日後、高校の理数科目の問題集を買い、15年振りの復習を始めたのだった。それからさらに数ヵ月経って、今度は妹Ⅰ(上のほう)が遊びに来た。76年生まれの彼女に、私は上記の話題を持ち出してみた。「あのさあ、SFって『スペースファンタジー』の略じゃないって知ってた?」「えっ、そうなの?」マジで驚く妹Ⅰ。「じゃあ、なんの略?」 「さいえんすふぃくしょん……」「へー」「SFっていったら、どんなイメージ持ってる?」 即答する妹Ⅰ。「宇宙とか」「宇宙ちゃうやろ、私の小説はっ」妹たちは、『グアルディア』だけは読んでくれたのである。妹Ⅰは私の悲憤慷慨など意に介さず答えた。「でも、宇宙から降りてくるじゃん、なんかが」

 いや確かに、降りてくるけどさあ、何かがっ。

 私は、「仁木稔」の小説がメジャーになることは望んでいない(だって、ならないし)。しかしSFというジャンルには、再びメジャーになってほしいと願っている。てゆうか、「SFがメジャー」というのがどういう状況なのか、実際に体験してみたいのである。龍大史学科の先生方に限らず、五十代くらいの男性にSFの話を振ると、かなりの高確率で元SFファンだと明らかになるんだよね。で、二言目に「もう20年(ないしは30年)以上、SF読んでないけど」。三言目に「SFマガジンってまだ出てるの?」。

 しかしSF再興のために、勤勉な執筆活動以外のことを何かしろといわれたら……無理です、妹たちが相手でも負けてます。まして広い世間が相手では。できることしか、できないんです。

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