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中央アなんたら

 ここ数日、急に暑くなったので、ちょっとしんどいです。

「ラテンアメリカ」という語は、当のラテンアメリカでは実はあまり一般的ではないんだそうな。そもそも中南米を一つの(独自の)文化的政治的単位として捉えたのは、シモン・ボリーバルが最初だろう。その思想は誰からも理解されることなく、1830年、彼は孤独のうちに死んだ。「ラテンアメリカ」という呼称を初めて用いたのは1836年、フランスの経済学者ミシェル・シュヴァリエである。彼は60年代にナポレオン三世の諮問官になり、その頃からフランスは中南米に於ける覇権を主張すべく、ラテンアメリカの呼称を広範に用いるようになったらしい。フランスはスペイン・ポルトガルと同じラテン系なんだから中南米を支配する権利も当然持っているはずだ、という強引すぎる理屈で。

 当のラテンアメリカ人が「ラテンアメリカ」という名称および単位を意識し始めるのはようやく19世紀末からで、ヨーロッパやアメリカ合衆国に対するアイデンティティの高揚が動機となっている。それが20世紀の革命をイデオロギー面で支えていくわけだけど、結局のところ現在に至るまで「ラテンアメリカ」は知識人および外部の人間が使う呼称である。

 そんなわけで、『グアルディア』でも「ラテンアメリカ」という呼称を使うことには躊躇いがあった。作中では「ラティノアメリカ」という呼称が定着している未来という設定だから別に問題ないんだが、塩澤編集長との打ち合わせでは常に「ラテンアメリカ」ではなく「中南米」と言っていた。いよいよ刊行(2004年8月下旬)の2ヶ月ほど前になり、早川書房hpに短い紹介文が掲載されたんだが、作品の舞台が「中央アメリカ」となっていた。うーん、そりゃ普通は「ラテンアメリカ」の名称にまつわる事情なんか知らんよな。加えて「中央アメリカ」「南アメリカ」「ラテンアメリカ」も普通はちゃんと区別されんよな。

 まあ一応中央アメリカが舞台になってるシーンもあるし、刊行まで間があるし、数日内に塩澤さんから電話があるはずだから、その時に名称をどうするか相談して直してもらおう、と思っていた。ところがまだ電話の来ない2、3日後、早くもあちこちのネット書店のhpにも紹介文が掲載されてしまった。早川のhpに掲載されたものと同文だったが、一箇所だけ違っていた。作品舞台が「中央アリカ」となっていたのである。

  中央アフリカ、中央アフリカ、アフリカ、アフリカ……っ。

 そら「フ」以外は全部合ってるけどさあ! さらに2日後、塩澤さんが電話をくれたので事情を話し、結局、作品紹介では「ラテンアメリカ」の呼称を使うことにした。数日以内に早川および各ネット書店のhpの紹介文は「ラテンアメリカ」に訂正されていたが……それにしても、どうしてこんなことが起こったのでしょう。誰か教えてください。

 そういうわけで『ラ・イストリア』の舞台はメキシコからグアテマラ、つまり「中央アメリカ」なので、また誰かが間違えるんじゃないかと心配である。さらには『ミカイールの階梯(仮)』であるが、これは新疆ウイグル自治区の天山南北路が舞台だ。「シルクロード」は学術的にはちょっとアレな用語だし、第一シルク関係ないし、かといって「中央アジア」もなあ、と悩んでいるうちに、なんとなく中央アジアで決定しそうな趨勢である(『SFマガジン』6月号とか『ラ・イストリア』解説とか)。「中央ア」ジアかあ……。いや大丈夫、大丈夫だよ。きっと。

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