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魔笛

 姪(3歳)が部屋の掃除をしてくれました…………駄目な伯母(34歳)。

 さて、こういうのは映画館で観てなんぼだろー、というわけでケネス・ブラナーの『魔笛』を観に行く。あははは、おもしろかった。ま、いろいろ難はある。一言で言うなら全体のトーンの不統一というか不徹底かなあ。もっと賑々しく悪趣味なほうが好みなんだけど、それは措いといて、「夜の女王が戦車でやってくる」のレベルを一貫してほしかった、ということですね。

 第一次大戦風の世界、と言っても、特にどちらがどちらの陣営といった想定はしてなかったようだ。それは問題ない。しかし戦場がなあ。ファンタジーだからオブラートにくるんでみました、ということなんだろう。しかし第一次大戦の塹壕戦は、リアルに描こうとすればするほどシュールになる世界だから(それを言うなら、大概の戦場がそうなんだろうけど)、せめて序曲の間の突撃シーンだけでも、『西部戦線異状なし』にしてしまえばよかったのに。そのほうがそこから一転、幻想的な世界への鮮やかな移行が為せただろうし、「誰もが皆、こんな鐘を持っていたら……」といった歌詞が持つ意味にも、もっと重みを持たせることができただろう。そういえば冒頭、兵士が塹壕から身を乗り出して花を摘むシーンで、まさかいきなり『異状なし』(のラスト)のパロディか、と思ったが、そういう悪趣味なことにはならなかったので、そちらの方向性は早々に諦めたのであった。

 イメージの読み換えの不統一は、「映像で間をもたせようと」していたのが最大の要因だろう。一つの曲が長い時(特にアリア)、制作者たちが「間がもたない」と考えてるのがありありと判るような、苦し紛れっぽい映像が挟まれる。開き直って歌手だけ映しとけばいいのに、やはり映画畑の人間には「映画には動きがなければならない」という思い込みでもあるんだろうか。

 それでも、全体としてはおもしろかったです。英語の歌詞も最初は違和感があったけど、じきに慣れたし。ドイツ語は全然知らないので、訳そのものには違和感を覚えようがなかった、というのもあるんだけど。それに何はともあれ、私はモーツァルトを聴くとテンションが上がるのです。なぜなら私は『アマデウス』が非常に好きで、『アマデウス』が好きだからモーツァルトを聴いているうちに、モーツァルトのどの曲を聴いても(サントラに使われなかったものも含めて)『アマデウス』のイメージが重なって、条件反射的に情動が刺激されてしまうようになったのです。こういう聴き方は、モーツァルトの音楽自体の鑑賞とは言えないかもしれない。

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