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脳内ガンダム

 いわゆるガンダムブームは1980年代初めだから、私(73年生まれ)と同年代だと、兄か姉でもいない限り、当時からファンだったという人は意外に少ないんじゃないかと思う。私は第一子だが、ぎりぎりでブームに引っ掛かっている。うちの地元では、82年に初めてガンダムが放映されたのである。

 田舎の子供だったから、ガンダムのことは何も知らなかった。第一話を観たのは、本当に偶然だ。当時、我が家では、TVは一日一時間まで、それも母が許可した番組しか観てはいけないことになっていた。許可されない番組を観ようとすれば、傍に張り付かれて放映の間中、小言を聞かされ続けるはめになる。母がそうした行動を取った理由は、「TVばかり観てると馬鹿になる」。お蔭でこんな人間が出来上がりましたよ。やれやれ。ガンダムの放映時間は、母が夕食の支度をしている5時台だったので、邪魔されることなくゆっくり観ることができた。

 9歳の子供が、あの第一話でノックアウトされて、以後最終話まで観続けることになるわけだが、観ていたものは、9歳の子供の理解力を通した『ガンダム』だった。当時の私はこれを「少年兵が壊れていく話」と解釈していたのである。子供が兵士にされて人殺しさせられたら、そりゃおかしくもなるよね、という意味で、この作品は非常にリアルだった。だからニュータイプ云々も、壊れていくことの「比喩的表現」だと思っていた。ララァが登場した時には、「ああ、もっと壊れた人が」。そして最終話、文字どおり彼岸からのララァの呼び掛けを拒絶し、アムロは仲間の許へと戻る。ちょっとおかしくなったままの彼だが、仲間は受け入れてくれる……という話だと思ってたんだけどね。で、時は経ち、『Z』も『ZZ』も観ずに高校生になったある日、富野監督のインタビューを読んで、「え、ニュータイプって……」。

 まあその後、再放送やビデオ(映画版含む)で再鑑賞しましたが、やっぱり私の中ではこの作品は「少年兵が壊れていく話」であって、ニュータイプは「比喩的表現」であるわけです。私の脳内だけに存在する作品。とは言え、「三倍速い」とか「赤い奴」とか「○○なんて飾りです、偉い人にはそれがわからんのです」とか聞くと、条件反射で笑いますが。「若さゆえの過ち」は、ベタ過ぎて笑わない。

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