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実は変身ヒーローじゃなかったりする

 先日、子供の頃はTVを見せてもらえなかった、と書いた。長年にわたる権利の主張で、中学生になる頃には好きなだけ見る自由を勝ち取っていたのだが、結局TVをほとんど見ない生活は変わらず、現在に至っている。

 思うに、人がTVを見るのは半ば習慣によるものであって、私はその習慣を形成する機会を逃したのであろう。まず、TVを漫然と見ることができない。どんな内容であろうと、映画鑑賞と同程度の集中力で「観て」しまう。TVがつけっぱなしの状態で何かほかのことをするには、意識的にTVからの情報を締め出さないといけない。どちらにせよ、かなり疲れる。しかも非常に不精なので、見たい番組があったとしても、決まった時間にTVの前に座るという行為が困難である。当然ながら録画の手間も掛けない。

 そういうわけで、『ガンダム』をほぼ毎回見ていたのは、私にしては大変珍しいケースなのであった。続くリアルロボットアニメ路線は見ていない。SF好きとしては当然興味はあったし、確か地元では概ね5時台に放映されてたから見ようと思えば見られたわけだが、習慣の力を打ち破るほどには惹かれなかったのだろう。キャラクターデザインが安彦良和じゃなかったのも、理由の一つだろうなあ。

 アニメを見ていなかったから、特撮については言うに及ばずだが、これは世代的なものもあるんじゃないかと。大学に入ったら周囲が特撮オタクだらけだったのは、所属した場所(映画サークルと演劇部)の特殊性だけじゃなくて、関西では昔の特撮番組がしばしば再放送されていたからだろう(現在の状況は知らないが)。誰かの下宿で飲むということになれば必ず上映会だったし、「これを見ろ!」とビデオを渡されたりして、いろいろ知識が身についてしまったけど、自主的に鑑賞してたわけじゃない。

 思春期以前に鑑賞して、その後の嗜好に多大な影響を受けた作品を仮に「原体験」と呼ぶと、私には小説や漫画では原体験と呼べる作品が複数あるが、アニメでは一番最初の『ガンダム』だけだし、特撮は原体験に含まれない(ちなみに映画も大学以前はほとんど観てないから、原体験と呼べるのんは一作だけだ)。だから、「生体甲冑」は変身ヒーローではない。ほな何かと言うと、「モビルスーツ」である。

 1982年のとある夕方、偶々TVをつけた私の前に展開されていたのは、退避カプセルのシーンだった(つまり第一話序盤は見逃したのである)。「父が軍属です。こんな退避カプセルじゃもちませんから」云々の台詞に、何か妙に地に足ついてるな、などと思っていたら、次のシーンが外に出たアムロの目の前に聳え立つザクである。それまでにも「偶々TVをつけたら」放映していた巨大ロボットものを見たこともあるにはあったんだが、巨大ロボットの「巨大さ」をまるで自分も実際に目にしたような衝撃とともに「実感」させられたのは初めてだった。そんなわけで私にとっては、巨大ロボットの巨大さは映像で表現されるべきものであって、敢えて小説という文字媒体で表現することに(少なくとも自分でやる分には)関心がない。しかもモビルスーツは本来、等身大である。

 等身大のモビルスーツ、要するに「パワードスーツ」が生体甲冑のコンセプトだ。だから生体「甲冑」(ARMADURA=スペイン語で「甲冑」)だし、使用者は「着用者」なのである。それがなぜ「着用」するものじゃなくて「変身」するものになってなってしまったのかというと、使用し続けることによって精神が蝕まれていく(かつて私は『ガンダム』を「少年兵が壊れていく話」だと思っていた。カテゴリー思い出し鑑賞記「脳内ガンダム」参照)過程を、ウイルスによる「侵蝕」という具体的な現象で表現するためだ。科学に関する私の興味と知識が、著しく生物学に偏っているからでもあるんだけど。

 当初は、あまりヒーローっぽくない、ややかっこ悪いデザインにするつもりだった。ずんぐりした鈍重そうな外見、モビルスーツで言うとゴックとかズゴックとかあの辺のシルエット。もっとも当時はプロットを幾つか書いた程度なんで、具体的なデザインも何もなかったんだけど。『グアルディア』の構想を始めたのが1999年末くらいからで、生体甲冑に二つのタイプがあるという設定もその頃に決めた。初期の装甲タイプと、装甲を取り払った改良タイプ、名称は前者を「外骨格型」、後者を「内骨格型」にするつもりだったんだが、じゃあ外骨格型は体内に骨がないのか、とか考えてたら面倒になったので「甲殻型」と「軟体型」にする。どちらもずんぐりしたシルエットで、軟体型の表皮は人間の皮膚のような見た目(弾丸を跳ね返すくらいの強度はあるが)にするつもりだった……が、その頃刊行されたとある小説を読んで、その設定はやめました。やめてよかったと思います。その小説とは…………京極夏彦の『どすこい(仮)』。

 甲殻型を「見る者に畏怖を抱かせる」外見にする必要上、両タイプともシルエットは現行(体長2メートル強で四肢が長い)になったんだが、このデザインはちょっとアメコミ的なような気もする。アメコミも映画を通じて知ってるだけで、そのものにはほとんど触れていないのだが。あと、『バオー来訪者』や『ガイバー』、『BLAME』といったコミックも読んだことがありません。単に機会がなかったというだけで、「○○は読んでない/観てない」と声を大にすることによって自分のオリジナリティを主張するつもりは無論なく、いずれ機会があれば読むでしょう。80年代リアルロボットアニメについては……観る機会はあるんだろうか(昔のTVアニメって、50話前後もあるからなあ)。

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