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戦争と平和

 ソ連製(1967年)のほう。父が観たいというので、誕生日プレゼントに。五日間ほどかけて鑑賞。

 7時間超と聞くと凄まじく長く感じるが、本来は四部作として公開されたものだし、『ロード・オブ・ザ・リング』だって三部を合計したら軽く7時間を超える(近年の三部作ものは大概そうだろう)。そして近年のハリウッド大作に慣れた身として、鑑賞中にしばしば頭に浮かんだのは、「すげーな、これCGじゃないんだろ」という阿呆な感嘆であった。

 確かにこれはソ連という国家でしか作れない規模の作品であり、つまり文字どおり空前絶後の映画ということになる。戦闘シーンでは、しきりと「人海戦術」という言葉が脳裏を過った(遠景で立ってるだけの部隊なんかは案山子を使ってたらしいが)。そしてソ連というと大味というか無骨というか、戦車やミサイルは作れても精密機械は作れないといったイメージだが、この作品はむしろ、ぱっと見は大味でも細部は精緻の極みという、前近代のロシア工芸的である。

 残念なことにフィルムの状態があまりよくなくて、修復でもう少しどうにかならなかったものかと思う。この作品で重要なのはストーリーでも俳優たちでもない。ストーリーは至って単純だし、俳優に注目すると男優たちの目張りのくどさは笑いどころになってしまう。最も重要なのは、「光景」である。戦争に関わるすべての場面、舞踏会、そしてロシアの自然が、これでもかとばかりに延々と映し出される。それなのに画質が劣化してるんだから、もったいないことこの上ない。あと、「実験的」な映像が時々うっとうしかったりする。全体の価値を損ねるほどではないけど。音楽は多少音が割れていたりしたが、充分素晴らしい。サントラはどうも発売してないようだ。戦闘や舞踏会のオーケストラは別にいいんだが、ロシアの民族音楽や男声合唱がとにかく素晴らしい。

 原作は未読。人生やら祖国愛やら人間愛やらについてのお説教は映画版でもかなりくどいが、それでも原作より相当削られているのであろう。『戦争と平和』の「戦争」はロシア戦役すなわち祖国戦争で、映画が制作されたのは独ソ戦すなわち大祖国戦争の記憶も生々しい1950-60年代である。終盤、敗残のナポレオン軍が地平から地平まで切れ切れに続く映像のバックに、敗北前のナポレオンの勇ましい演説が虚しく流れるんだが、その音声がなんというか、映画制作時より一つ前の時代の録音ぽい感じに加工してある。口調もその当時の演説っぽいし。憶測に過ぎないんだが、ヒトラーの演説を投影してるのではなかろうか。

 で、敗軍の将兵に襲い掛かる農民たちも、ちらっと登場するわけだが、こういう「農民の怒り」みたいなのんは別に社会主義者ならずとも喜んで飛び付きそうな題材である。だけどこれって要するに、あれと一緒でしょ。落ち武者狩り。復讐という動機があるのは確かだけど、無論それだけのはずがない。ロシア軍に従軍した外国人たちの報告によると、敗走するナポレオン軍に対する農民とコサック騎兵の略奪はひどいものだったそうだ。クラウゼヴィッツは怖気を奮ってコサック騎兵をクソミソに罵倒しているし(徒歩の少人数を騎馬集団で襲って身ぐるみ剥ぐが、ちょっとでも反撃されるとすぐ逃げる)、英軍将校のロバート・ウィルソンによると農民は農民で無抵抗の捕虜を棍棒や殻棹で滅多打ちにし、「ロシア婦人は特に凶暴であった」。ソ連映画でそんな場面が描かれるはずがないとは思ってたけどね、コサック騎兵は登場すらしなかったなあ。因みに監督はウクライナ出身で、コサックの血を引いているそうだ。

『戦争と平和』原作と佐藤亜紀氏「アナトーリとぼく」の読み比べ

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