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思っていた以上に、

 人としての機能が低下していると気づかされることがあったので、ちょっと、かなり、激しく落ち込んでいます。こんなに駄目人間でどーすんだ。

 そもそも、書いていない時期でもかなりギリギリなとこにいるのに、この期に及んでまっとうな成人として振舞おうとしているのが間違いなのかもしれません。

 えーと、ほかに今週の出来事つったら、エクステ外したことくらいですかね。がっちり装着してあったんで、外すのも大変でした(美容師さんたちが)。私も二度ほど美容師さんの手が滑って頭をどつかれた。あー、それから、私はエクステで少々肌トラブルが起きましたが、たぶん平均よりかなり皮膚が弱いほうなので(いろいろとアレルギー持ち)、大半の人は付けてもなんともないかと思いますよ。

  後はひたすら、書いて書いて書いて書いて資料を読んで、また書いて書いて……の日々。

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人体の不思議展

 プラスティネーション(この展示会ではプラストミックという)の展示を見るのは二回目。一回目は学生時代に、同じく梅田スカイビルで。学生時代つっても私の場合、七年間にも及ぶんで、時系列が……。とりあえず、十年は前のはず。

 それだけ歳月を隔てているにもかかわらず、今回は前回ほど衝撃がなかった。まあ、そのくらい最初の印象が強烈だったということだろう。私はデビュー作以来、ああいうものばかり書いているくせにスプラッタは苦手ですが、プラスティネーションは平気です。たぶん、生々しさがないからだと思う。そういうわけで、筋肉とか骨とか内臓とかが剥き出しの解体してあるものは大丈夫でも、無傷の「顔」は正視できなかった。それが作り物ではなく、個人の遺体であるという事実を、否が応でも突き付けられるからなのだろう。いや、ほかの部位を見てる時でも、忘れてるわけじゃないんだけどね。

 平日だったけど、どこかの学校の学生が集団で見学に来ていたので、かなり混雑していた。どうも医療・生物学系ではなく美術系だったようで、青い顔をしてる子とかも。特に男子。グロいグロいと連発してた彼らも、熱心に眺めてたほかの客(私を含む)も、「見世物」感覚を多かれ少なかれ有していることは否定できまい。この展示会は献体に関して何やら疑惑があって、帰り際に係員から割引券(当展示会の。100円off……)を五、六枚も押し付けられたことがますます胡散臭さを煽るわけですが、疑惑のなかった十年前には「見世物」要素がなかったのかというと、もちろんそんなことはないわけです。

 併設展の「人体のアート&サイエンス」が、なかなか興味深かった。レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチとか、『解体新書』とか。日本でも明治20年代には、もう美術用の解剖書が出版されている。1943年出版のデッサン用教材(日本の)もあった。開いてあるページにはラオコーン像と、そのポーズを取ったモデルと、解剖図の写真が載ってたんだが、紙とか印刷とか製本とか非常に良いもので、こんな時期にこんな本が出版されてたというのが、かなり意外だった。

 自主的な映画鑑賞は当分封印、というようなことを前回書いたが、そういえば『スウィーニー・トッド』が一月公開じゃないか。その頃だとかなりやばい状態(私が)になっていそうだけど、なんとかテンションをそっちへ捻じ向けて観に行かないとな(つまり、その頃までには脱稿しそうもないということです。すみません)。

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ヘアスプレー

 ジョン・ウォーターズのオリジナル版は未見。

 ダンスを観るのが好きなので、ミュージカルは結構好きだ。しかもクリストファー・ウォーケンが歌って踊るとなれば、是が非でも観に行かねばならん。と、何ヶ月も前から思ってたんだが、接続70%を越えた現状では、「ヘアスプレー? どうでもいいよ、もう」。ダンスシーンはスクリーンで観てなんぼなんだから、絶対後悔するのは解っていたので、友人に付き合ってもらって観に行った(父も妹Ⅱもミュージカルには付き合ってくれないのである)。

 ウォーケンが踊るシーンはそれほど多くなくて残念。でも「主人公の変な父親」を説得力をもって演じられるのは、彼ならでは。『きのうから来た恋人』といい、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』といい、ほんとに嵌まり役だな。あと、ミシェル・ファイファーの色仕掛けに引っ掛からないのも、ウォーケンだからこそ説得力がある。

 ジョン・トラボルタにも女装にも興味はないが、踊るトラボルタとなれば話は別である。13キロものファットスーツを装着して、果たしてまともに踊れるものかと思っていたんだが、いや、踊る踊る。踊るトラボルタは、やっぱり素晴らしい。そして踊っている時も踊っていない時も、仕草等が全然カマっぽくなっていないのには感心した。さすがに声までは無理だったが(特に歌)。そういえば『グッド・シェパード』では、マット・デイモンが女装して歌っていたのであった。余興の女装なんで、それなりでしかなかったんだが、しかしあの声……吹き替えじゃないんだよな?

「自由」「平等」の声高で能天気な主張は、現代の状況(60年代よりはマシになっているが、しかし)を思うと、無条件に共鳴はできず、かといって押し付けがましいと反発もできず、むしろ哀歌に聴こえる。美しい夢だった、美しいが夢に過ぎなかった、と。いや、もし私が60年代に生きていたら、辟易してただろうけどね。どんなに正しい意見でも、押し付けられるのは御免です。

 自主的に映画を観に行くのは、当面はこれが最後だろうなあ。それでは、また来週~。

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善き人のためのソナタ

 ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツで、国家保安省(シュタージ)にマークされた劇作家と、彼を監視する局員の物語。

 シュタージの施設内の雰囲気が、なんというかすごく『未来世紀ブラジル』的だった。両作品の性質上、似てくるのは当然なんだが。ところで『ブラジル』が1984年に作られたのは『1984年』だからなんだが、『善き人の』の舞台が1983年でも1985年でもなくて1984年なのも、やっぱりそうなんだろうか。ちなみに『1984年』の映画版は未見なので比較はできない。

 シュタージ局員のヴィースラーが作家のドライマン(『ブラックブック』の善いナチス将校役セバスチャン・コッホ)を盗聴するのは仕事だからだが、相手に次第に親近感を(一方的)に抱いていく過程はストーカー的だ。ストーキングは相手への一方的な投射が先にあって行うもので、ヴィースラーのドライマンへの投射は盗聴行為が先にあるんだが、しかし紙一重だな。ヴィースラーがドライマンを助けるのは紛れもなく「善」だが、それは極端な管理社会やその中の官僚的腐敗、ストーキングと紙一重の監視といった醜悪な歪みから生まれた善だ。その危うさが巧みに描かれている。

 全体に重い雰囲気だが、随所に細かい笑いが散りばめられている。大概はブラックな笑いなんだが。例えば前半にシュタージの高官の前でうっかり党を揶揄するジョークを言ってしまった局員が、終盤地下室で働くヴィースラーの後ろの席だったりとか。

 というわけで佳作だったんだけど、最後の「それから4年後」「それから2年後」「それから2年後」というのは、もうちょっとなんとかならなかったんだろうか。そして、キャストたちに時間の経過がまったく見られないのもな。いや、ヴィースラーもドライマンも頭髪がそれぞれ微妙な状態だったんで、4年とか2年とかでも結構な変化が出るもんじゃなかろうかと。街の様子とかは、ちゃんと変化を表してたのになあ(例えば1991年は街全体が落書きだらけになってたりとか)。

 監視(盗聴を含む)をする者は、その間、自分の時間が完全にないと言える。その行為の間は、他人の人生を生きているとも言えるのだ……てなことを観ながら思っていたら、原題はDAS LEBEN DER ANDERENだった。英題はTHE LIVES OF OTHERS。ドイツ語はまったく解らないのだが、だいたい同じ意味のようだ。なかなか意味深長なタイトルだけど、結末からすると邦題のほうが相応しい気がする。

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グッド・シェパード

 よく出来た変な映画だった。「よく出来てるけど変な映画」じゃなくて、「よく出来た変な映画」。

 特定のエスニックグループが支配する巨大国家で、自他共に選良と見做される若者たちの中のさらに一握りの者だけが入ることのできる秘密結社がある。メンバーは終身制で男性限定、結社の存在自体は秘密ではないが、そこで行われるさまざまな秘蹟は文字どおり口外法度である(どんなことをやるかというと、まっぱでレスリングとか、まっぱで告解とか)。要するに、いい大人が秘密結社ごっこに興じているのである。彼らの多くは将来、政治家とか学者になって「国を導く」のだが、さらに一握りの「選ばれし者」たちは諜報員となり、一生続く「ごっこ遊び」という特権に与る。

 置き忘れられた帽子に指令のメモが隠してあったり、仕立て屋の試着室が秘密の地下施設に通じてたりとか、なんというか昔のスパイ映画を観ているようだった。史実にかなり忠実だそうだから、実際に行われてたことなんだろうけど、どうにも「スパイごっこ」をしているようにしか思えない。スパイ映画のようだ、というこちらの先入観(スパイ映画のほうが後なわけだから)を拭っても、何もそこまで凝らんでもというか、絶対おまえら楽しんでやってるだろ。

 無論、彼らはものすごく真剣である。しかし、それも当然だろう。遊びは真剣にやったほうが楽しいに決まっている。彼ら自身が苦悩したり、死んだりするのは勝手だが、巻き添えで人生を引っ掻き回され、最悪の場合、死んでしまったりするほうは堪ったものではない。しかもこの遊戯で人生を振り回されるのは、数千万とか数億という単位の人々である。

 秘密組織ごっこの楽しさの一つは、メンバー以外を締め出すことである。締め出されるのは「選ばれなかった者」。優秀ではなく、アングロサクソンではなく、男ではなく、異性愛者ではない者だ。つまり、かなりの部分がホモソーシャルな条件と重なる。女は最初から疎外されているし、同性愛者や女に秘密を漏らした軟弱者は遅かれ早かれ遊戯から下ろされる(作中では、イギリスの同性愛者の諜報員の抹殺が、米英の絆を確認する一種の儀式として行われていた)。

 アンジェリーナ・ジョリーはミスキャストという意見もあるかもしれないが、疎外され空回りしている妻、という役柄にはかなり合っていたのではないかと思う。彼女以外の女優だったら、普通に「仕事人間の夫に顧みられず、孤独に苦しむ妻」というだけになってしまう。まあつまり、「アンジェリーナ・ジョリーですら歯が立たないホモソーシャルな団結力」を表現するには、アンジェリーナ・ジョリーほど相応しい人材はいない、ということですね。

 そういうわけでアンジェリーナ・ジョリーは『17歳のカルテ』以来の、強烈さと脆さを併せ持つキャラクターで、そう言えばこういう演技も出来る人だったんだなあ、とちょっと感慨深かった。しかし、それにもかかわらず獣っぽいのは相変わらず(草食獣ではなくて肉食獣である、当然)。壊れかけて痛々しいのにケダモノじみてるのは、なぜだろう。終盤、悪いニュースを伝えにきたマット・デイモンに向かって「何があったの」じゃなくて「何をしたの」と訊くのも、女の直感というよりケダモノの直感だ。

 妹Ⅱの希望で鑑賞。全然チェックしてなかったんで、ジョン・タトゥーロの登場にちょっと驚く。『トランスフォーマー』と同じような役柄(そっちでは途中からアクション要員になってしまったが)で、見事な演じ分けを堪能させてもらいました。

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受信中

 一本の小説が、ネタとか構成とか設定とかガジェットとかテーマとかいろんな要素の集積であるのは、どの作者でも同じなんだろうけど、私の場合、「光景」が占める割合がかなり多いんじゃないかと思う。書こうとしている作品の中の場面が、文字どおり「見える」のである。たいていは設定やプロット、キャラクターが頭の中である程度決まってから「見えて」くるものなんだけど、時にはまったく想定していなかったキャラクターたちのシーンが、いきなり「見える」こともある。彼らはいったい誰なのか、どういう状況でそんなことをしているのか、そういった疑問から新たなキャラクター、エピソード、設定が生まれる。その結果、さらに新たな光景が見えるようになる。

 断片的だった光景を一本の物語として繋げ、且つそれを文章に起こす。それが執筆過程の基本である(もちろん、すべてではないが)。いずれにせよ、光景を「見える」ようにすることと、「見続ける」ことが最も重要である。見えているものを文章にするわけだから、私の作品に対する「映像的」という評は、的確なのだと思う。いや、ノベライズのオリジナルの場面(アニメにはない場面)について、アニメを観ていないという人たちが「アニメのノベライズだけあって、目に浮かぶようだ」とか「アニメのシナリオをそのまま文章にしたような感じでつまらない」といった評を述べているくらいだから、実に良くも悪くも私の文章は映像的だということなのだろう。

「見る」ためには、脳の容量を膨大に必要とする。喩えて言うなら(喩えて、である。あくまで)脳の一部が、あっちの世界と繋がって映像を受信している状態である。接続領域が大きくなればなるほど、より鮮やかに詳細に見えるようになるのだが、当然ながら日常生活には支障が出てくる。炊事や洗濯、食器洗い、食料等の買い物といった家事は、半ば自動で行えるのであまり問題はない。掃除は苦手なので自動では行えず、それでいて家が汚いとストレスが溜まるので非常に問題がある。しかし今年から同居している妹Ⅱが掃除を担当してくれているので、これについてはもはや解決済みだ。困るのは家事以外で、例えば映画を観に行くだけでも、上映時間を間違える、映画館を間違える、電車に乗り間違える、道に迷うといったあらゆる間抜けな行動を取りかねない(さすがに全部いっぺんにやったことはない)。加えて、作品とは直接関わりのない事物に対する関心が、どんどん低下していく。低下というか、回路が閉じていく感じだ。

『ラ・イストリア』完成後、こういう書き方はもうやめようと、つくづく思ったのである。執筆に必要な、つまり常時「見えて」いる状態を保つには、少なくとも70%以上接続していなければならず、最終的には95%以上あっちの世界に行ったままになる。つまり5%未満で正気を維持することになるわけで、そういうのはあまり正気ではないと思う。そうなるのは最後の数日間だけだが、終わった後はしばらく抜け殻である。

 まっとうな人というのを私は尊敬していて、そういう人になりたいと切実に願っているのである。だから3月以来、まっとうに生活を送りつつ、まっとうに仕事をする人間を目指して努力してきたんだが…………無理でした。まっとうに生活しようとすると「見る」ことはできず、見えなければ書くことはできないのでした。もっと早くに諦めていれば(悟っていれば)、文字どおり無駄なあがきに時間を浪費せずに済んだと思います。どうもすみません。遅れと言っても、1ヶ月分程度だとは思いますが。

 と言いつつ、今日は70%未満なのであった。家族が休みの日に70%以上でいると、いろいろと不都合が起こるので、努めて受信レベルを下げています。どのみち、調べ物をするにはこれくらいがちょうどいいし。それに、まだまだ先が長いので(『グアルディア』と同じくらいの長さになると予想される)、気力体力を維持するためにも、今から80%以上でぶっちぎっしまわないように制御する必要があるのです。これが時間単位で受信をコントロールできるんだったら、望みどおりまっとうな生活を送れるはずなんだが。

 そういうわけで、しばらくはブログがやや間遠になると思います。とりあえず、週1回くらいに。あ、念のため今一度。「受信」「接続」「あっちの世界」等の表現は、あくまで比喩ですよ。「見える」のは本当だけど。それと私は基本的に、自分のキャラクターに感情移入はしません。小説家全般が、どの程度感情移入して書くものかは知らないんだが。私にとって「あっちの世界」の住人は、「見る」ものであって「成る」ものじゃないから。

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エンリケ・クッティーニ楽団

 伊丹アイフォニックホールにて。ピアノ、バンドネオン、ヴァイオリン、コントラバスの四重奏。ほかにヴォーカル一人(男性)とダンサー四人。

 演奏はかなり即興的で、時にはほとんどセッションみたいな雰囲気だった。ステージも客席もあまり広くなかったので、臨場感が伝わってくる。奏者のうち若いのはコントラバスだけで、ピアノ(クッティーニ)とバンドネオンはかなりの高齢で70にはなっていると思われる(ヴァイオリンの人は年齢不詳だった。髪は白いのに顔は結構若い)。なのにこの二人が一番元気だった。私の後ろに座っていた年配の男性が、しみじみと「ピアノのおっちゃん、元気やなあ」と感嘆していた。そういうステージでした。

 曲目は、いわゆるアルゼンチン・タンゴだけでなく、コンチネンタル・タンゴやタンゴ風シャンソン、それに「ベサメ・ムーチョ」までも。アルゼンチン風にアレンジされていて、なかなかおもしろかった。なぜか一曲、ベネスエラのワルツも含まれていて、これは原曲を知らないので、アレンジされてたかどうかは不明。ヴァイオリンの人はベネスエラの民族楽器(小さなギターみたいな楽器)に持ち替えてたし。それらを除いても、初めて聴く曲が多くて楽しかった(ピアソラ以外のタンゴは、ごくスタンダードなナンバーしか知らないのです)。

 ピアソラは「フーガと神秘」「ブエノスアイレスの春」「リベルタンゴ」の3曲で、いずれもダンス付き。ピアソラは基本的に「聴かせるタンゴ」なので、ダンスに向いた曲は少ない。とはいえショーとなれば、いくらでも振り付けはできるわけで、今回の3曲はかなり現代的な振り付けだった。特に続けて演奏された「ブエノスアイレスの春」と「リベルタンゴ」は衣装も伝統的なものではなく、男女とも黒ずくめで男性はメッシュのTシャツにカーゴパンツ、女性はちょっとボンデージ風。1曲か2曲くらいは、こういうのがあってもいい。

 相変わらず、男女が踊っていると女性ダンサーしか目に入らない。バレエとかでもそういう傾向があるけど、特にタンゴの場合は男は「黒子」だと認識してしまうようだ。男が女をリードして「踊らせる」のがタンゴだから、この認識はかなり正しいんじゃないかと思う。男しか踊ってない時は、もちろん男を観るけど。今回は男同士で踊るパートもあって、おもしろかった(最初期のタンゴは男同士だった)。

 このコンサートは、アイフォニックホールで毎月催されている「地球音楽シリーズ」という企画で、11月はアンデスのフォルクローレ、12月はゴスペル、と非常に興味を惹かれるのだが、私自身にもはや心の余裕(1ヶ月以上前から予定を立て、チケットを予約し購入する余裕)が失われているのでした。9月半ばの時点で、予約したチケットの代金を払ったかどうかどうしても思い出せなかったり(思い出せないでいるうちに、チケットが郵送されてきた)、チケットをうっかり捨てそうになったりして、かなりやばい状態だった。今回のチケットを買ったのはその時だっけか、もう少し前だっけか。とにかく10月末までには頭がすっかりシルクロードとロシアになっており、「タンゴ? もうどうでもいいよ」という心境だったのを、いや、どうでもいいじゃなくてさ、行かなかったら絶対後悔するんだから行っとこうよ、と自分で自分を説得して、どうにか会場に赴いたのでした。行ってよかったけどね、ほんまに。

 それにしても、タンゴのコンサートは最後の出演者挨拶と客出しのBGMが、ほぼ必ず「リベルタンゴ」だなあ。

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