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人体の不思議展

 プラスティネーション(この展示会ではプラストミックという)の展示を見るのは二回目。一回目は学生時代に、同じく梅田スカイビルで。学生時代つっても私の場合、七年間にも及ぶんで、時系列が……。とりあえず、十年は前のはず。

 それだけ歳月を隔てているにもかかわらず、今回は前回ほど衝撃がなかった。まあ、そのくらい最初の印象が強烈だったということだろう。私はデビュー作以来、ああいうものばかり書いているくせにスプラッタは苦手ですが、プラスティネーションは平気です。たぶん、生々しさがないからだと思う。そういうわけで、筋肉とか骨とか内臓とかが剥き出しの解体してあるものは大丈夫でも、無傷の「顔」は正視できなかった。それが作り物ではなく、個人の遺体であるという事実を、否が応でも突き付けられるからなのだろう。いや、ほかの部位を見てる時でも、忘れてるわけじゃないんだけどね。

 平日だったけど、どこかの学校の学生が集団で見学に来ていたので、かなり混雑していた。どうも医療・生物学系ではなく美術系だったようで、青い顔をしてる子とかも。特に男子。グロいグロいと連発してた彼らも、熱心に眺めてたほかの客(私を含む)も、「見世物」感覚を多かれ少なかれ有していることは否定できまい。この展示会は献体に関して何やら疑惑があって、帰り際に係員から割引券(当展示会の。100円off……)を五、六枚も押し付けられたことがますます胡散臭さを煽るわけですが、疑惑のなかった十年前には「見世物」要素がなかったのかというと、もちろんそんなことはないわけです。

 併設展の「人体のアート&サイエンス」が、なかなか興味深かった。レオナルド・ダ・ヴィンチのスケッチとか、『解体新書』とか。日本でも明治20年代には、もう美術用の解剖書が出版されている。1943年出版のデッサン用教材(日本の)もあった。開いてあるページにはラオコーン像と、そのポーズを取ったモデルと、解剖図の写真が載ってたんだが、紙とか印刷とか製本とか非常に良いもので、こんな時期にこんな本が出版されてたというのが、かなり意外だった。

 自主的な映画鑑賞は当分封印、というようなことを前回書いたが、そういえば『スウィーニー・トッド』が一月公開じゃないか。その頃だとかなりやばい状態(私が)になっていそうだけど、なんとかテンションをそっちへ捻じ向けて観に行かないとな(つまり、その頃までには脱稿しそうもないということです。すみません)。

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