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グッド・シェパード

 よく出来た変な映画だった。「よく出来てるけど変な映画」じゃなくて、「よく出来た変な映画」。

 特定のエスニックグループが支配する巨大国家で、自他共に選良と見做される若者たちの中のさらに一握りの者だけが入ることのできる秘密結社がある。メンバーは終身制で男性限定、結社の存在自体は秘密ではないが、そこで行われるさまざまな秘蹟は文字どおり口外法度である(どんなことをやるかというと、まっぱでレスリングとか、まっぱで告解とか)。要するに、いい大人が秘密結社ごっこに興じているのである。彼らの多くは将来、政治家とか学者になって「国を導く」のだが、さらに一握りの「選ばれし者」たちは諜報員となり、一生続く「ごっこ遊び」という特権に与る。

 置き忘れられた帽子に指令のメモが隠してあったり、仕立て屋の試着室が秘密の地下施設に通じてたりとか、なんというか昔のスパイ映画を観ているようだった。史実にかなり忠実だそうだから、実際に行われてたことなんだろうけど、どうにも「スパイごっこ」をしているようにしか思えない。スパイ映画のようだ、というこちらの先入観(スパイ映画のほうが後なわけだから)を拭っても、何もそこまで凝らんでもというか、絶対おまえら楽しんでやってるだろ。

 無論、彼らはものすごく真剣である。しかし、それも当然だろう。遊びは真剣にやったほうが楽しいに決まっている。彼ら自身が苦悩したり、死んだりするのは勝手だが、巻き添えで人生を引っ掻き回され、最悪の場合、死んでしまったりするほうは堪ったものではない。しかもこの遊戯で人生を振り回されるのは、数千万とか数億という単位の人々である。

 秘密組織ごっこの楽しさの一つは、メンバー以外を締め出すことである。締め出されるのは「選ばれなかった者」。優秀ではなく、アングロサクソンではなく、男ではなく、異性愛者ではない者だ。つまり、かなりの部分がホモソーシャルな条件と重なる。女は最初から疎外されているし、同性愛者や女に秘密を漏らした軟弱者は遅かれ早かれ遊戯から下ろされる(作中では、イギリスの同性愛者の諜報員の抹殺が、米英の絆を確認する一種の儀式として行われていた)。

 アンジェリーナ・ジョリーはミスキャストという意見もあるかもしれないが、疎外され空回りしている妻、という役柄にはかなり合っていたのではないかと思う。彼女以外の女優だったら、普通に「仕事人間の夫に顧みられず、孤独に苦しむ妻」というだけになってしまう。まあつまり、「アンジェリーナ・ジョリーですら歯が立たないホモソーシャルな団結力」を表現するには、アンジェリーナ・ジョリーほど相応しい人材はいない、ということですね。

 そういうわけでアンジェリーナ・ジョリーは『17歳のカルテ』以来の、強烈さと脆さを併せ持つキャラクターで、そう言えばこういう演技も出来る人だったんだなあ、とちょっと感慨深かった。しかし、それにもかかわらず獣っぽいのは相変わらず(草食獣ではなくて肉食獣である、当然)。壊れかけて痛々しいのにケダモノじみてるのは、なぜだろう。終盤、悪いニュースを伝えにきたマット・デイモンに向かって「何があったの」じゃなくて「何をしたの」と訊くのも、女の直感というよりケダモノの直感だ。

 妹Ⅱの希望で鑑賞。全然チェックしてなかったんで、ジョン・タトゥーロの登場にちょっと驚く。『トランスフォーマー』と同じような役柄(そっちでは途中からアクション要員になってしまったが)で、見事な演じ分けを堪能させてもらいました。

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