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善き人のためのソナタ

 ベルリンの壁崩壊直前の東ドイツで、国家保安省(シュタージ)にマークされた劇作家と、彼を監視する局員の物語。

 シュタージの施設内の雰囲気が、なんというかすごく『未来世紀ブラジル』的だった。両作品の性質上、似てくるのは当然なんだが。ところで『ブラジル』が1984年に作られたのは『1984年』だからなんだが、『善き人の』の舞台が1983年でも1985年でもなくて1984年なのも、やっぱりそうなんだろうか。ちなみに『1984年』の映画版は未見なので比較はできない。

 シュタージ局員のヴィースラーが作家のドライマン(『ブラックブック』の善いナチス将校役セバスチャン・コッホ)を盗聴するのは仕事だからだが、相手に次第に親近感を(一方的)に抱いていく過程はストーカー的だ。ストーキングは相手への一方的な投射が先にあって行うもので、ヴィースラーのドライマンへの投射は盗聴行為が先にあるんだが、しかし紙一重だな。ヴィースラーがドライマンを助けるのは紛れもなく「善」だが、それは極端な管理社会やその中の官僚的腐敗、ストーキングと紙一重の監視といった醜悪な歪みから生まれた善だ。その危うさが巧みに描かれている。

 全体に重い雰囲気だが、随所に細かい笑いが散りばめられている。大概はブラックな笑いなんだが。例えば前半にシュタージの高官の前でうっかり党を揶揄するジョークを言ってしまった局員が、終盤地下室で働くヴィースラーの後ろの席だったりとか。

 というわけで佳作だったんだけど、最後の「それから4年後」「それから2年後」「それから2年後」というのは、もうちょっとなんとかならなかったんだろうか。そして、キャストたちに時間の経過がまったく見られないのもな。いや、ヴィースラーもドライマンも頭髪がそれぞれ微妙な状態だったんで、4年とか2年とかでも結構な変化が出るもんじゃなかろうかと。街の様子とかは、ちゃんと変化を表してたのになあ(例えば1991年は街全体が落書きだらけになってたりとか)。

 監視(盗聴を含む)をする者は、その間、自分の時間が完全にないと言える。その行為の間は、他人の人生を生きているとも言えるのだ……てなことを観ながら思っていたら、原題はDAS LEBEN DER ANDERENだった。英題はTHE LIVES OF OTHERS。ドイツ語はまったく解らないのだが、だいたい同じ意味のようだ。なかなか意味深長なタイトルだけど、結末からすると邦題のほうが相応しい気がする。

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