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反省反省

 えーと、もうじき今年も終わるということで、ちょっとここ三年ばかりを振り返ってみました。

 2005年は、のっけから『ミカイールの階梯』のプロットが行き詰ってぐるぐるして、状況打開に繋がるかもしれない、と3月からノベライズを引き受け、そのまま11月まで掛かりっきりでした。

 2006年、前年末から練り直してた『ミカイール』のプロットが、うまくいきそうな感触を得たところまではよかったんですが、1月末のメキシコ旅行以後、迷走。原因は……ものすごーくつまらない「家庭の事情」によるスランプでした。なんというか、半年かけて廃人化して、半年かけて甦生した一年でした。駄目すぎる。ごめんなさい、もうしません。

 で、今年。1月~4月は『ラ・イストリア』および文庫版『グアルディア』。5月6月は調べ物期間だったのはまあいいとして、7月~9月は駄目駄目でした。いやその、没入しないと書けない、というONかOFFしかないスタイルをどうにかしようとして、悪あがきに終わった期間でした。特に9月はマンションの自治会の引継ぎ作業を執筆と平行してやろうとした結果、いろいろと大変なことになってしまいました。いや、ほんと大変だった。10月からはとりあえず順調です、とりあえず。というわけで、このまま来年もがんばります。

 小説を書き始めたのは1999年、デビューは2004年ですが、その期間に書いた作品はわずかです。短編はともかく長編はONかOFFしかないので、働いてない時期しか書けなかったからです。いや、お恥ずかしい(いろんな意味で)。で、当時から現在に至るまで、長編を一本書き終えるごとに、「小説の書き方」を忘れてしまいます。一作ごとにスタイル(文体その他)を変えているので、毎回リセットされるのは結構なのですが、技術的なことまで忘れてしまうのは、まったくもって困ったことです。書いているうちに、いろいろ思い出してはくるんですけどね。今年、あれこれ悪あがきしたのも、自分にはONかOFFしかない、というのを忘れていたのが原因のような気もします。次回は忘れないよう、気をつけます。でも、一度に二つ以上のことができる人が羨ましい。私もそういう人になりたいです。という憧れを持ち続ける限り、またいつか同じ悪あがきをやってしまいそうな気がする。

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視線その他の問題について

 佐藤先生の講義テーマ「顔」つながりで。世の中には人の顔に注意を払う人とそうでない人がいる。相貌失認や自閉症の顔認知とはまた別の話。大学時代、人の顔を全然見ない学友(女性)がいた。小柄なのにいつも俯いているので、そうなんだろうとは思っていたが、授業でジャージに着替えた私を誰だか気づかずに素通りしたのにはさすがに驚いた。「さっき会った時と違う服着てるから」と言うのである。ま、これは特異な例だけど。

 私はと言うと、人の顔を注視する癖がある。振り返ってみると子供の頃からなんだが、気づいたのは二十代も半ばになってからである。癖と言うのは自分ではなかなか気づかない……というか判断の基準は自分だから、「ほかの人は私ほど他人の顔を注視しない」ことになかなか気づけなかったというか。

 で、癖に気づいて初めて自覚したんだが、私は人間の顔を眺めるのが非常に好きである。顔の造形も表情も、見ているだけで本当に楽しいし飽きない。「観察」の対象なんだろうな、と思う。人間の身体の動きを眺めるのも好きだが、こちらはダンスやスポーツなどの「パフォーマンス」を見るのが好きなのであって、訓練されていない動作にはそれほど関心が向かわない。「鑑賞」なのだろう。ということを約二十年もの間、まったく無自覚で行っていたのだが、「何見てんだ、てめえ」という展開になったことは一度もない。相手の警戒を感じると、すぐに視線を外すからだろう。電車やレストランなどで偶々近くに居合わせた見ず知らずの人でも、見知った相手でも、概して女性のほうが私の視線にすぐ気づくし、気づけば警戒や不審を示す。男性のほうは、赤の他人である場合は女性よりやや鈍い程度で警戒心が強いことには変わりないが、面識を持った場合はまったく気づかないか、気づいても少なくとも警戒はしない。

 いや、誰でも話している相手の顔を見るのが普通だし礼儀なんだが、私の場合、「観察」だから礼儀の範囲を超えて注視ちゃうんだよなー。で、女は警戒する。男の顔は観察し放題だが、しかし私は女子供の顔を眺めるほうが好きなのである。理由は自分でもわからない。男(顔の性差がはっきりしてくる十代半ば以上)は女子供に比べて表情が乏しいのが理由の一つではあると思う。あと自覚はないんだが、男より女子供の造形が好きなのかもしれない。女子供の顔は、どんな顔、どんな表情でも眺めていたい(礼儀の問題を抜きにしての話。また怪我をしていたり病気でやつれていたりして、痛々しくて見られないことはある)。美しい顔、可愛い顔は「観察」を超えて「鑑賞」になるが、そういう顔がまったくの無表情だったりしたら楽しくない。美しい顔でも、一般に美しくないとされる顔でも、「観察」は等しく楽しい。

 男の顔の場合は、「注視したい顔」と「注視したくない顔」がはっきり分かれる。要するに好みか否かってことなんだろうけど、美醜が基準というわけでもない。どうも男の顔の美醜については、私は世間と感覚が少々ずれてるようだしな。年齢が高くなるほど「注視したくない顔」が増えるのは、やっぱり表情と造形の問題なんだろう。でも、女顔や童顔が好きってわけでもない。むしろごつごつした顔のほうが好きだ。男の場合は、そういう顔のほうが表情を識別しやすいからだろうか。しかしとりあえず、条件はそれほど厳しくない。たぶんランダムに出会った相手でも、二分の一以上の確率で「注視したい顔」だと思う。ちなみに老若男女かかわりなく、顔が気に入ったか否かはその人自身への評価や好意とはまったく無関係である(表情豊か、という点は多少関係あると言えるかもしれない)。

 というわけで女子供の顔を存分に観察できない(よそ様の子供をじろじろ見るわけにもいかんしな)埋め合わせも兼ねて、知り合った男の顔を凝視するのだが、そうすると別の問題が持ち上がる。凝視を恋愛感情の表れと勘違いする男が出てくるのだ。この男女差は、なかなかおもしろい。見知らぬ相手はもちろん見知った相手であっても、男は男の凝視に不審を抱くだろう。同性か異性かの違い、ということになるかもしれないが、知り合いだろうと恋人以外の男の視線には不穏さを感じる女も多いだろうなあ。

 ところで、私は聴力に少々問題がある。たぶん先天性ではなく、中耳炎にたびたび罹ったのが原因だろう。検査では異常なしだが、低い音が聞き取りにくい。つまり男性の声が聞き取りにくいので、つい話している相手のほうへ身を乗り出す。後天性(たぶん)だし、子供の頃は声変わり後の男性と話す機会が少ないので、気づいたのはやはり二十代半ばである。顔をじーっと見詰める上に、やたらと距離を詰めてくるんだから、誤解するのも無理はないかもしれませんね。気が付いてからは注意していますが、言葉が聞き取りにくいというのは本当に気疲れするし(「え? すみません、今なんて?」と幾度も聞き返すことになる)、顔を見詰めるのは無意識だからなあ。

 しかし面倒なのは、勘違いした男の反応である。相手も私のことを意識するようになって……という展開は、まずない。多いのは(思い当たるだけでも七、八例はあるから、やっぱり多いよなあ)、露骨によそよそしい、或いは迷惑そうな態度を取る、さらには「参ったよ、惚れられちゃってさ」と吹聴する。で、私は凝視と身を乗り出す癖は完全に無自覚だった上に、相手自身への心証とは無関係だから、身に覚えがあろうはずもない。「誰が貴様なんぞに惚れるかあっ」となって、それきりである。原因に気づいた時は、ちょっと呆然としてしまいました。その後、男友達数人にこの二つの癖について尋ねてみたら、「全然気づかなかった」「最初は、変な奴って思った」などとのことでしたよ。

 好みじゃない相手に惚れられるのは本当に迷惑、というのも確かにあったんだろうけどね。それ以上に、そのように思い、かつパフォーマンスをすることで得られる優越感は、さぞ大きかろう。いやはや。同じことを女がした場合も優越感は得られるだろうが、男の場合より効果は小さい。てなわけで、男性作家の作品に「好みじゃない女に惚れられて迷惑がる男」が出てくると、「あーはいはい、やってみたいんだね」と生ぬるい気分になるのでありました。

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原体験

 若い時期(とりあえず思春期以前とする)に出会い、以後の嗜好や志向に多大な影響を受けた「原体験」的作品がある人は多いだろう。私にとっては『火の鳥 黎明編』(5歳)、「ナルニア国物語」最終巻『さいごの戦い』(7歳)、『機動戦士ガンダム』1作目(9歳)がそれに当たる。特に前の2作は多大な影響どころか完全にトラウマだが、これらと出会っていなかったら私は小説家になっていなかった、少なくともこういう作品を書く小説家にはなっていなかったのは確かだ。それが幸か不幸かはともかくとして。

 そうした原体験的作品の衝撃というのは、出会った時の状況、特に年齢によるところが大きい。興奮冷めやらぬまま周囲に鑑賞を薦めても、相手が同じ感動を分かち合ってくれるとは限らないし、まして成長してからそれをやると、さらにがっかりする結果になりかねない。幼い心に刻まれた衝撃は歳月を経て一層強固なものになっており、相手がそれを共有してくれることは絶対にあり得ないからだ。

 学生時代、サークルにラヴクラフトのファンの先輩がいた。なんでも子供の頃からホラーが好きで、小学校高学年でラヴクラフトの子供向けリライトを読んで以来だそうな。彼が愛するのはラヴクラフト作品だけで派生的な作品には興味がなく、また小説全般もあまり読まない。で、私に1冊(創元推理文庫)貸してくれた。いや、私は貸してくださいと頼むどころか、読んでみたいとすら言ってないんだけど。ともかく借りたその日のうちに読み終わり、翌日返した。当然ながら、先輩は感想を尋ねた。

 ところで、私は小説の感想を述べるのが非常に苦手である。映画なり漫画なり、ほかの表現形態のフィクションの感想は別に苦手でもないのに、小説に限っては言葉が出てこなくなる(だからこのブログにも、小説の感想はあまり書かない)。理由は自分でもわからないのだが、たぶん学校で読書感想文を書かされたのが最大の要因だろう。何かを強制されるのは大嫌いである。読書以外で感想文を書かされることは、幸いにしてほとんどなかったからね。

 そういうわけで、先輩にラヴクラフト作品集の感想を訊かれても、ろくに答えられなかったのであった。先輩はやや失望を見せながらも、もう1冊を押し付け……もとい貸してくれた。それも私は翌日に返却した。先輩は再び感想を尋ね、再びまともな答えが得られないと、こう言った。「おまえ、読んでへんやろ」 そんなにも速く読めるはずがない、というのだ。小説読みとしては普通の速度だと思うのだが、読書をほとんどしない先輩にとっては、ありえないほどの速読であったらしい。私が否定すると、次に私が内容をきちんと把握しているかどうか質問を始めた。すべての問いに私がきちんと答えると、今度は明らかに侮蔑を含んだ眼差しを向けてきた。内容を把握しているにもかかわらず感想の一つも出てこないとは、なんと貧しい感性か、というわけである。いや、たとえ読書感想を述べるのが苦手だとか元々ホラーが苦手だというのを差し引いても、大学生の私が11歳かそこら当時の先輩と同じだけの感動やら衝撃やらの諸々を抱くことは絶対あり得ないから。

 先輩の落胆は理解できる。「原体験」を他人と共有できたとしたら、どんなにか嬉しいことだろう、とは私も思うのである。その件で人間関係にひびが入るようなことはなかったが、先輩がラヴクラフトを薦めてくることは二度となく、私もあれ以来読んでいないし今後も読まないだろう。それにあの「尋問」によって、先輩本人よりむしろ、ラヴクラフト作品に対して思い切り心証が悪くなってしまったのは確かだ。まあ、あの時読んでおいたお蔭で、『異国伝』の「大佐の報告」で笑えたけどさ。ほかによかったと思うことは…………ないな。さらにあれ以来、小説の感想を強要されることが、ますます嫌いになってしまったのでした。

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佐藤亜紀明治大学特別講義

 正式名称がよくわからない。いいか、これで。講義は全五回だが、私が行けるのはこの第四回だけ(になるはず)。以下、講義の内容とそこから想起したことなど。

 今回のテーマは「顔」。私たちが人間の顔からまず見て取るのは、造形およびその設え(化粧や髪型。服装も含む)、そして人種(民族)的分類および社会的分類である。人種的分類と社会的分類を同一視しようとしたのがナチだが、それがどれほど無意味であったか、比較として写真家アウグスト・ザンダー(「舞踏会に向かう三人の農夫」のあの写真の人)の作品が提示される。

 以前『ニュートン』に掲載された小さな記事のことを思い出したので、家に帰ってから探してみた。2005年11月号、タイトルは「人種間の不和のもと?」(元の記事は『Science』05年7月29日号)。いやな出来事と視覚刺激が同時に与えられると、その二つが結び付いて学習される(「恐怖の条件付け」)。一般に学習後、「いやな出来事」を与えずに視覚刺激を与えると、その条件付けは消失する。この研究では、いやな出来事として電気ショック、視覚刺激として「同じ人種に属する人の顔」と「異なる人種に属する人の顔」を使って被験者に恐怖条件付けを行った。その後、条件付け消失過程を経ても、「異なる人種の顔」への条件付けは消えずに残ったという。「私たちの祖先において、自分と明らかに異なる社会集団に属するものは自分に脅威をもたらす可能性が高いため、異なる人種を恐れる性質が有利にはたらき淘汰されずに残った」というのが、研究者たちの立てた説である。

 ここからは私の考えだが、多くの人にとって「外人」の顔は「みんな同じに見える」理由も、上の仮説で説明をつけることができる。同じ人種に属するか否かを見分けるために、異人種の顔からはその人種に共通した特徴だけが抽出され分類され、個人の特徴は塗り潰される、ということなのだろう。もちろん「先天的」性質だからといって「正しい」ということにはならないし、異人種の顔でも見慣れれば個々の特徴にも目が行くようになる。「外人の顔は区別が付かない」と言う人は、見慣れていない上に個別の特徴に注目しようという意思が薄いのだろう。って、かく言う私も「金髪碧眼のそこそこの美女もしくは美男」の見分けがあんまり付かないんだけどさ。関心の対象外だから、個別の特徴に注目しようとする意思が薄いのだ。あと、これは佐藤先生も言っていたことだが、美男美女というのは「最も平均的で特徴のない顔」でもあるしね。

 まあ、たとえ上記の性質が先天的に備わっていたとしても、混血が進めば無効になる。先生によると、ナチがポスターのモデルに使うために「理想的なアーリア系」の容姿の若者たちを探したところ、その中の一部は実はユダヤ系だったという。ザンダーの作品にもそうした若者の肖像写真があった。自らの出自を否定し、ドイツ人以上にドイツ人らしくあろうとした若者。人物写真を撮る写真家には二種類あって、人の無意識の所作(大口開けて笑ってたり)を撮って「内面」を捉えたと称する者、もう一方は人が「見られる」ことを意識している時を撮る者であるとのこと。どちらのタイプが無邪気なのかは、言うまでもあるまい。ザンダーは後者であり、つまり被写体の意識と無意識の双方を撮ることができた写真家だった。

 ほかにも挙げられたのは、ウェルマンの『つばさ』とエイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』(人間を「個」として描くハリウッド映画と、「類」として描くプロパガンダ映画。「ハリウッド映画」と十把ひとからげにするのは単純で硬直した見方だ)、『シンドラーのリスト』と『宇宙戦争』(「類」として殲滅された人々へ「個」としての顔を返す前者と、人々の「個」から「類」への移行を描いた後者。間に9.11が挟まれる)。いつも思うことだが、鑑賞者の大半は先生ほど注意深くはない。以前、ある知人(小説家志望の男性)が「英語ができないから洋画の俳優の演技が巧いかどうか判らない」と述べた。すごい意見もあったものだが、ここまで極端ではないにしろ大概の人は提示された情報のうちわずかしか読み取ろうとしない。一方で、提示されてもいない情報を鑑賞者が勝手に読み取っていく場合もある。そのことについて質問しようとしたんだけど、うまく質問がまとめられなかった。後者の例として『エヴァンゲリオン』を挙げたのも適切じゃなかったな。あれは鑑賞者の注意を惹くためのアイコンは無数に散りばめられてるからな。アイコンの先はどこにもリンクしていないにしても。

 まあつまり、作者の作り込みと鑑賞者の読み取りとの齟齬はなぜ起こるのか、ということを質問して、それに対して丁寧に答えていただいたわけだが、本当に訊きたかったのはそれじゃない。齟齬はあって当然で、なかったら気持ち悪いが、それにしてもあまりにも大きすぎるのではないか、と言いたかったわけで、しかしこれって質問じゃないよな。結局、未だに自分の中の疑問をまとめられていません。すみません。

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家に帰るまでが遠足です

 あんまりにも迂闊で粗忽なので、ばーかばーか豆腐に頭ぶつけて死んじまえ、と思うことがあります、自分に。

 自分の行為なんだから(たとえどれだけ間抜けていても)、いちいち落ち込むのも変じゃないか、とも思うのですが、考えてみると、脳があっちの世界と接続して地から足が離れてしまう状態に陥るようになったのは『グアルディア』執筆時以来です。つまり私は自分がかなり迂闊で粗忽であるのは慣れているし、いい加減諦めもついているのですが、ものすごく迂闊で粗忽であることには、まだ慣れていないのです。ということは、もう何作か書いたら耐性ができて、どれだけ間抜けたことをしでかしても、「はー、しょうがねえなあ」だけで済ませてしまえるようになるかもしれません。それはそれで問題か。

 佐藤亜紀先生の明治大学公開講義第四回に行ってきました。講義の内容については、カテゴリー「鑑賞記」で。いろんな人がブログで内容を紹介してはるとはいえ、一回は実際に講義を受けたかったのでした。ま、横浜に妹Ⅰがいるから宿の心配はしなくていいし。「総括」が聞けるかもしれない最終回に行こうかと目論んでいたんだけど、その時の自分の状態に自信がなくなってきたので今回行ってきましたよ。万全の準備をし(横浜から御茶ノ水までの時刻表も調べたし、会場の周辺地図もプリントアウトしたし)、前日は東京まで乗り過ごしてもうたけど妹宅に無事に着き、当日も時間までに会場に行けました。しかし、本当の落とし穴は講義の後に待っていた……

 大学の近所のイタリアンレストランでの忘年会に、私も参加させてもらいました。店員に追い立てられてそこを出た時点で、まだ八時過ぎだったので、「時間がある人はお茶でもしませんか」と提案してみたら、そのまま居酒屋で二次会になってしまう。なんでやねん。グラスを引っ繰り返すとか忘れ物をするとかの失態も、これといった失言もしでかさずに楽しく過ごし、気が付くともはや終電に間に合わない時間になっていたのでした。なんで時間を気にしないんだよ、大して飲んだわけでもないだろうが(一次会ではワインを四、五杯、二次会ではジャスミン茶しか飲んでない)、おまえはそれでも大人かー。この期に及んでも焦る以前に状況が把握できず、「え? え?」とか言ってるうちに、Gaucheさんが先生のお宅に泊めてもらったらどうですか、と言わはり、本当にそういうことになってしまう。……御面倒をお掛けしました。Gaucheさんにも感謝しています。

 一次会でも二次会でも佐藤先生とはテーブルが別。哲也氏と初めてお話をする。先生の創作講座を受けていた時期に一度お会いしているそうですが、全然思い出せません。すみません。ああそれから、お家で紹介していただいたぬいぐるみの熊のアロイシスにも、お世話になりましたと言いそびれました……。

 このブログに載せた『熱帯』と『イーリアス』の比較検証で不明だった点について哲也氏に直接質問し、答えをいただく。「あんなことをするのは仁木さんだけだよ」とのことですが、えーと、あれはテキスト同士の対比以上のことはほとんどやってないから、大した手間じゃなかったですよ。もっと詳しく比較検証できる技術と知識を持った人はいくらでもいるだろうと思ったから、全文は載せなかったのでした。テキスト同士の対比だけでも楽しいので、『熱帯』をより楽しみたい人は是非やってみてください。

 横浜の姪っ子は非常に人見知りで、前回会ってから二ヵ月しか経っていないのに、もうリセットされてしまっていて、傍に寄ってきてくれるまで三十分以上掛かる。一晩帰らなかったら翌日にはまたリセットされてしまっていましたよ。

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イーゴリ公

 レニングラード国立歌劇場。何かえらくカットされてたんで(ちらしによると「プロローグと2幕4場」)、後でマリンスキー劇場版(「プロローグと4幕」)と照らし合わせてみたら、どうもどれだけ他人の手が入っているかがカットの基準らしい。というわけで、第3幕は1曲目の「ポーロヴェツ人の行進」以外は全部カットされている。ほかにもあちこち。その上で再構成されてたわけだが、それだけ刈り込まれても2時間半以上あったし、ある意味ダイジェスト版みたいな感じでよかったんじゃないかと。何しろ、マイナーといえばマイナーな作品だからか、年配の観客ばかりで、これ以上の長丁場はきつかったでしょう。実際、具合悪くなって途中退席した人もいてたし。

 フェスティバルホールは二度目。初めて行った時は、二階席の後ろのほうで(それでもA席だった)、シートも通路も狭くて急傾斜で怖いし、残響がノイズになって聞こえるし、そもそもその時の演奏が値段の割りにしょぼかったんで 以来避けてたんだが、『イーゴリ公』を観られる機会なんかそうそうあるもんじゃない、ましてロシアにどっぷり浸かってるこの時期に、というわけでS席で観ましたが……

 クラシックをまともに聴くようになったのが『グアルディア』以来だから、演奏会に行った回数は少ない。CDをヘッドホンで聴く習慣が付いてしまったのは、問題かもしれない。近所迷惑を考えなくていいんで、いくらでも音量を上げられる。ソナタとか、音の厚みが少ない曲だとそういうことはしないんだが(奏者の呼吸音とか入っちゃってる録音が多いしな)、オーケストラともなれば、それはもう気持ちよく大音量で聴く(そして書く)。で、演奏会に行くと、交響曲や協奏曲なら問題ないが、オペラだと音量が物足りなく感じてしまう(それでもなお、生の迫力ってのは換え難いんだが)。そう反省しつつ、今も大音量でマリンスキー劇場版聴いてます。

 しかしヤロスラーヴナ役のオクサーナ・クラマレワの声は、声量も充分な上に表現力も豊かだった。男声はガリツキー公が一番で、二人の重唱は素晴らしい。最大の見所は、やっぱり「だったん人の踊り」になるんだろうけど、臆面もないオリエンタリズムは凄いというか凄まじくて、たいそう楽しかったです。ロシアの服飾史や美術史には詳しくないんだが、ロシア側の場面の舞台美術や衣装、小道具が、それなりの考証を経ていると思わせる「それらしさ」なのに対して、ポロヴェーツ(トルコ系遊牧民族)側の「それらしさ」がなー。いや、素敵素敵。それにしても肝心のバレエが、「東洋風」振り付けということなのか、低い姿勢を取ることが多くてよく見えませんでした、前列の人たちの頭が邪魔で。

 オリエンタリズムを含め、エグゾティシズムは願望の投射であるわけだけど、ガーリツキイ公と取り巻きたちのやりたい放題もまた、中世ロシアへの(19世紀ロシア人による)願望の投射だなあ。

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トプカプ宮殿の至宝展

 京都文化博物館。オスマン・トルコの美術工芸品をまとめて観るのは初めて。学生時代はシルクロード文化史が専門つっても、イスラム化以後はあんまり関心がなかったからなあ。やー、まあその後いろいろ勉強はしましたが。

 見事な細密画やアラベスク、カリグラフィーは、偶像崇拝が禁じられたからこそ発達したものなんだが、同時に人間の視覚芸術への欲求の強さを表している。この夏にオルハン・パムクの『わたしの名は「紅」』を読んだとこだったんで、表現に対する絵師たちの葛藤(決して作者の想像の中だけのものではなく、実際にあったはずだ)を展示品に重ね合わせてしまう。小説の舞台の二百年後の18世紀末にイタリア人(?)の宮廷画家によって描かれたスルタンの油彩肖像もあったりして、いわく言い難い感慨。それにしても宗教による圧力が写実を排して極度の様式化に向かわせたわけだが、だからといって中南米のような抽象化されパターン化された人物文様の方向へ行ったわけではなかったのが、ちょっと不思議な気がする。たぶん、イスラム以前の芸術がすでにそっちの方向じゃなかったからなんだろうけど。アフリカではどうなんだろう。

 展示は四部構成。サブタイトルが「オスマン帝国と時代を彩った女性たち」ということで、二部以降は食器やタオルなどの日用品や化粧道具入れ、衣類、アクセサリーが中心(第一部はスルタンの肖像や花押、武具など)。展示物自体はおもしろかったんだが、「ハーレム」を前面に押し出すんだったら、代表的な寵妃たちのプロフィールとかエピソードとか紹介したほうがよかったんじゃないかと思う。スルタンたちの紹介はしてたんだからさ。現在のトプカプ宮殿やイスタンブールの写真は何点か展示されてたが、19世紀や20世紀初めの写真だっていくらでもあるんだから(それ以前なら西洋人の旅行者によるスケッチとか)、一緒に展示してあればなあ。

 第四部は宮廷で使用された中国の磁器。10点中5点がトルコ人の手によって銀や金の取っ手、注ぎ口、蓋を取り付けられている。こういう加工は当初、修繕目的で行われていたのが、次第にトルコ人の好みに合わせた「改造」になっていく。甚だしいのになると、景徳鎮の「椅子」(スツール型)を改造した巨大な「香炉」とか。正直、かなり無理やりっぽいんだが、改造した職人も使用した王侯貴族たちも、「このほうがずっとよくなったな!」と御満悦だったんだろうなあと思うと、微苦笑が。

 最後に特別出品作品「金のゆりかご」。黄金と宝石塗れで、とても実用品だとは思えないんだが、底を見ると丸い穴が開いている。新疆のウイグル族のゆりかごと同じだ(なんのための穴かと言うと……)。この金のゆりかごの写真は巨大エメラルドのターバン飾りなんかとともにポスターに使われている。私が博物館に入ろうとした時、ちょうど出てきた中年女性のグループがポスターを眺めて、「ほんますごかったわあ」「目が眩んでもうたわ」とか言い合っていた。そのうち一人が金のゆりかごを指して、「こんなん、猫に買うてやりたくなるわあ」。……おいおい。

 京都に行ったついでに、京都駅ビルで開催してた「安彦良和原画展」も鑑賞。最初期から現在に至るまで、カラー作品のすべてが「ポスターカラー+水彩」だけで描かれていることに驚く。弘法筆を選ばず、ってほんとだなあ。いや、筆は選んでるけど。中国製の安い筆で、これが手に入らなくなったらもう描けない、だそうです。

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