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視線その他の問題について

 佐藤先生の講義テーマ「顔」つながりで。世の中には人の顔に注意を払う人とそうでない人がいる。相貌失認や自閉症の顔認知とはまた別の話。大学時代、人の顔を全然見ない学友(女性)がいた。小柄なのにいつも俯いているので、そうなんだろうとは思っていたが、授業でジャージに着替えた私を誰だか気づかずに素通りしたのにはさすがに驚いた。「さっき会った時と違う服着てるから」と言うのである。ま、これは特異な例だけど。

 私はと言うと、人の顔を注視する癖がある。振り返ってみると子供の頃からなんだが、気づいたのは二十代も半ばになってからである。癖と言うのは自分ではなかなか気づかない……というか判断の基準は自分だから、「ほかの人は私ほど他人の顔を注視しない」ことになかなか気づけなかったというか。

 で、癖に気づいて初めて自覚したんだが、私は人間の顔を眺めるのが非常に好きである。顔の造形も表情も、見ているだけで本当に楽しいし飽きない。「観察」の対象なんだろうな、と思う。人間の身体の動きを眺めるのも好きだが、こちらはダンスやスポーツなどの「パフォーマンス」を見るのが好きなのであって、訓練されていない動作にはそれほど関心が向かわない。「鑑賞」なのだろう。ということを約二十年もの間、まったく無自覚で行っていたのだが、「何見てんだ、てめえ」という展開になったことは一度もない。相手の警戒を感じると、すぐに視線を外すからだろう。電車やレストランなどで偶々近くに居合わせた見ず知らずの人でも、見知った相手でも、概して女性のほうが私の視線にすぐ気づくし、気づけば警戒や不審を示す。男性のほうは、赤の他人である場合は女性よりやや鈍い程度で警戒心が強いことには変わりないが、面識を持った場合はまったく気づかないか、気づいても少なくとも警戒はしない。

 いや、誰でも話している相手の顔を見るのが普通だし礼儀なんだが、私の場合、「観察」だから礼儀の範囲を超えて注視ちゃうんだよなー。で、女は警戒する。男の顔は観察し放題だが、しかし私は女子供の顔を眺めるほうが好きなのである。理由は自分でもわからない。男(顔の性差がはっきりしてくる十代半ば以上)は女子供に比べて表情が乏しいのが理由の一つではあると思う。あと自覚はないんだが、男より女子供の造形が好きなのかもしれない。女子供の顔は、どんな顔、どんな表情でも眺めていたい(礼儀の問題を抜きにしての話。また怪我をしていたり病気でやつれていたりして、痛々しくて見られないことはある)。美しい顔、可愛い顔は「観察」を超えて「鑑賞」になるが、そういう顔がまったくの無表情だったりしたら楽しくない。美しい顔でも、一般に美しくないとされる顔でも、「観察」は等しく楽しい。

 男の顔の場合は、「注視したい顔」と「注視したくない顔」がはっきり分かれる。要するに好みか否かってことなんだろうけど、美醜が基準というわけでもない。どうも男の顔の美醜については、私は世間と感覚が少々ずれてるようだしな。年齢が高くなるほど「注視したくない顔」が増えるのは、やっぱり表情と造形の問題なんだろう。でも、女顔や童顔が好きってわけでもない。むしろごつごつした顔のほうが好きだ。男の場合は、そういう顔のほうが表情を識別しやすいからだろうか。しかしとりあえず、条件はそれほど厳しくない。たぶんランダムに出会った相手でも、二分の一以上の確率で「注視したい顔」だと思う。ちなみに老若男女かかわりなく、顔が気に入ったか否かはその人自身への評価や好意とはまったく無関係である(表情豊か、という点は多少関係あると言えるかもしれない)。

 というわけで女子供の顔を存分に観察できない(よそ様の子供をじろじろ見るわけにもいかんしな)埋め合わせも兼ねて、知り合った男の顔を凝視するのだが、そうすると別の問題が持ち上がる。凝視を恋愛感情の表れと勘違いする男が出てくるのだ。この男女差は、なかなかおもしろい。見知らぬ相手はもちろん見知った相手であっても、男は男の凝視に不審を抱くだろう。同性か異性かの違い、ということになるかもしれないが、知り合いだろうと恋人以外の男の視線には不穏さを感じる女も多いだろうなあ。

 ところで、私は聴力に少々問題がある。たぶん先天性ではなく、中耳炎にたびたび罹ったのが原因だろう。検査では異常なしだが、低い音が聞き取りにくい。つまり男性の声が聞き取りにくいので、つい話している相手のほうへ身を乗り出す。後天性(たぶん)だし、子供の頃は声変わり後の男性と話す機会が少ないので、気づいたのはやはり二十代半ばである。顔をじーっと見詰める上に、やたらと距離を詰めてくるんだから、誤解するのも無理はないかもしれませんね。気が付いてからは注意していますが、言葉が聞き取りにくいというのは本当に気疲れするし(「え? すみません、今なんて?」と幾度も聞き返すことになる)、顔を見詰めるのは無意識だからなあ。

 しかし面倒なのは、勘違いした男の反応である。相手も私のことを意識するようになって……という展開は、まずない。多いのは(思い当たるだけでも七、八例はあるから、やっぱり多いよなあ)、露骨によそよそしい、或いは迷惑そうな態度を取る、さらには「参ったよ、惚れられちゃってさ」と吹聴する。で、私は凝視と身を乗り出す癖は完全に無自覚だった上に、相手自身への心証とは無関係だから、身に覚えがあろうはずもない。「誰が貴様なんぞに惚れるかあっ」となって、それきりである。原因に気づいた時は、ちょっと呆然としてしまいました。その後、男友達数人にこの二つの癖について尋ねてみたら、「全然気づかなかった」「最初は、変な奴って思った」などとのことでしたよ。

 好みじゃない相手に惚れられるのは本当に迷惑、というのも確かにあったんだろうけどね。それ以上に、そのように思い、かつパフォーマンスをすることで得られる優越感は、さぞ大きかろう。いやはや。同じことを女がした場合も優越感は得られるだろうが、男の場合より効果は小さい。てなわけで、男性作家の作品に「好みじゃない女に惚れられて迷惑がる男」が出てくると、「あーはいはい、やってみたいんだね」と生ぬるい気分になるのでありました。

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