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笑いの構造

 四歳になる姪が「しゃーっ」と威嚇してくるので、「しゃーっ」と威嚇し返したら、きゃあきゃあ笑い転げて「もっかいやって」と言う。「しゃーっ」 「もっかいやって」 「しゃーっ」……三回目で大泣きされてしまいました。別に前の二回より怖くやったわけじゃないんだが。ママ(妹Ⅰ)の後ろに隠れて、私が宥めようと近寄るとさらに泣く。脅かされてドキドキするのが「怖さ」と紙一重で「楽しさ」になってたのが、三回目で「怖さ」のほうへ針が振り切れてしまったんだね。

 笑いは緊張を緩和するための反応だという説があるけど、姪を観察していると、その説は正しいんだろうなあ、とつくづく思う。びっくりした時、赤ちゃんは泣くけど、もう少し大きくなると笑うようにもなる。前者を負の反応、後者を正の反応とすると、負の反応のほうが先行するということだ。姪の場合、二歳くらいまでだと叱られたり宥められたりすると泣くより笑うことのほうが多かった。相手の言葉じゃなくて、いつもと違う態度に緊張し、それを緩和するために笑うんだろう。緊張がさらに大きくなり、笑いでは緩和できなくなると泣く。

 緊張を高められるような状況に対しては、まず反応(泣きか笑いか)がまずあって、それに情動が伴う(泣きなら恐怖や怒り、笑いなら楽しさや快感)のはある程度、生後一年とかそのくらいまで成長してからじゃなかろうか。もっと大きな子供や成人でも、緊張する状況に於いて負の反応が出れば恐怖や怒りを感じ、正の反応が出れば楽しいおもしろいと感じる。年齢が高くなると少々怖くても泣かなくなるのは、そこまで緊張が高くならないとか、泣くのはよくないことだと社会的に抑制されてるとかだからだろう。怖いから泣く(或いはぞっとする)とか、楽しいから笑うんじゃなくて、ぞっとしたから怖くなる、笑ったから楽しくなる、ということなのかもしれない。別におかしくないのに緊張のあまり笑ってしまった経験は、誰にでもあるんじゃないだろうか。

 緊張を緩和するために笑うだけでなく、緊張が緩和されたから笑うこともある。いわゆるお笑いも、この二つに分けることができる。意外なオチというのはカタルシスを生じる、ある意味緊張が緩和されたといえるから後者。パフォーマンスや下ネタは前者だな。姪がいよいよ、排泄物関係の言葉を叫んではげらげら笑う、という年頃に突入してしまったのでした。まあつまり、それが「言ってはいけないこと」だと理解できる年齢になったということなんだけど。禁忌に抵触することで緊張を生じさせる、という点では風刺と下ネタは共通してるかもしれない。

 私が姪の相手をする時は、積極的に遊んであげることは少なくて、一人遊びを観察しているか、提案や要求にいいなりに付き合ってるだけなんだが、妹Ⅰには「ほかの誰と遊んでいる時よりよく笑う」としばしば言われる。なぜそうなのかは解らないが、もしかして緊張させちゃっているんだろうか。なんにせよ、懐いてくれるのはありがたいんだが。

 

 

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