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一般論ですよ

 松山で風邪を拾ってきてしまいました。てゆうか拾ったのは妹Ⅰで、それがうつった。風邪らしい風邪をひいたのは五、六年ぶりです。それだけに薬がよく効いて、寝込んだのは二日間だけで済みましたが、風邪の症状というのがどんなものだったかすっかり忘れていたので、発熱に先立って全身が激しく痛み始めた時には、いったい何事かと思いましたよ。

 大学の論文提出や文化系サークルの作品発表などの際、「手抜き申告」をする人に幾度も遭遇してきました。「もうこんなん全然手抜き。○日(或いは○時間)でやった」みたいな。いや、こういう人は一回だけじゃなくて毎回のように言うものなんですが。弁解するのではなく、手抜きだ、やっつけだ、と堂々と申告してるわけです。本気を出せばもっとすごいものができると言いたいんでしょうか。言いたいんでしょうね。或いは「手抜きなのにこれだけのものができるなんてすごい」と褒められたいんでしょうか。褒められたいんでしょうね。少なくとも私は褒めてやらんけどな。

 ま、学業も趣味の活動も本人の意思でやってるわけですから、手抜きをしようがそれを自慢の種にしようが本人の自由です。そんなんで楽しいのか、と思うのは余計なお世話というものでしょう。共同制作の場合、手抜きという行為自体が迷惑な上に、自慢の種にされた日には腹も立ちますが、やはり当人同士で解決すべき問題なのでしょう。デビューの三、四年前、小説講座なんてものに通ったこともありますが(某大学のんとは別)、そこでも「手抜き自慢」に遭遇しました。受講料を払ってまで御苦労様です。巧くなりたくないのかな、と思うのも余計なお世話。

 しかし仕事に於いてまで「手抜き自慢」をするのは、信用問題にかかわるし、倫理的にも問題があるでしょう。やっつけ仕事が褒められたことでないのはもちろんですが、できあがったものがやっつけに見えない仕上がりだったら、黙っていればいいのです。わざわざ申告して、言外に「本気を出せばもっとすごいの」と匂わすのは、依頼主にも購買者にも無礼極まりないことです。だからって、どれだけ苦労したか、どれだけ努力したかを(嘘だろうと本当だろうと)申告すべき、とは思いませんけどね。それだって自慢の一種ではあるし。ただ手抜き自慢と苦労自慢とでは、前者のほうが無礼の度合いが大きいとは思います。あ、そういえば「努力したけど実力を出せなかった」自慢というパターンもあるなあ。実力はもっとすごい、って言いたいのは一緒という。でも実力を出せないのも、実力のうちだと思いますよ。

 結局これも、当事者(本人と制作から販売に関わるすべての人、および購買者)同士の問題、と言われればそれまでなんですけどね。でももし仮に(あくまで仮に、ですが)私が依頼した仕事を、(実際に手抜きをされるのはもちろん)「本気を出せばもっとすごいの」という自慢のダシにされたら……絶対ゆるさん。

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