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マリー・アントワネット

 キルスティン・ダンストがマリー・アントワネットだという問題については、だってソフィア・コッポラだしね、で済むと思う。最初から史劇ではなく、史劇ごっこ、なんちゃって史劇として作っているのであり、真面目な史劇だと期待した真面目な人が失望したり憤ったりしないための予防線として、キルスティン・ダンストは機能している。

 というわけで特に期待もせずに観始めたんだが、思いのほかよくできていた。前半は。ごっこ遊びだろうがガーリーだろうが、徹底して作り込めばひとかどの作品として昇華されるものである、と言ったら言い過ぎか。マリー・アントワネットを中心に、画面いっぱいに溢れるドレス、アクセサリー、小物、お菓子、室内装飾、ペットの小犬といった無数のアイテムの映像は非常に丹念だし、宮廷儀礼の馬鹿馬鹿しさや貴族たちの俗物ぶりの描写も秀逸だ。ごっこ遊びであるがゆえに、対象から距離を置くことができていると言えるだろう。

 しかし「ポップでキュート」を標榜する割りには、音楽がなあ。イントロのポップスは悪くない。その後しばらくはバロックが続き、これも悪くない。で、四分の一ほど進んだところから、ところどころポップスが挿入されるようになるんだが、バロック音楽との切り替えが唐突で違和感がある。もう少し工夫はできなかったんだろうか。

 前述のように、こまごまとした物が画面いっぱいに溢れている、といった映像はとてもいいんだが、広い場所の映像になると途端に退屈になる。屋外はもちろん、屋内でも例えば巨大な広間とかでは同様だ。広い場所が苦手なのは映像だけじゃなくて演出や脚本にまで共通していて、前半だけでも例えばパリの仮面舞踏会に行ってもパリの街並がまったく描かれなかったりするが、中盤以降はその欠点がもろに露呈してくる。マリー・アントワネットは相変わらず遊びほうけているんだが、室内だけの映像ではさすがに飽きが来ると思ったのか、宮殿の庭園や周辺での野遊びのシーンが多くなる。というわけで弛緩した退屈な映像がダラダラと続く。またドレスや小物も地味になってくる。流行の変化(または財政難)のためなのか、それともマリー・アントワネットの人生に影が差してきたことの演出なのかは判らないんだが、どちらにせよこれで映像の見栄えがますます悪くなっている。

 後半のめぼしいエピソードはフェルゼンとの情事だけで、アメリカへの派兵も財政破綻もバスティーユ襲撃もすべて台詞のみで映像はまったくない。エピソードとして折り込み且つ映像化する能力がなかったのか、宮殿や劇場以外の場所は「ポップでキュート」に反するとでも思ったのか。首飾り事件への言及すらなかったことからすると、やっぱり前者なんじゃなかろうか。ストーリーが盛り上がらなくてはいけないということはないけど、めりはりは必要だよね。貴族たちの俗物ぶりを描けたのなら、ブルジョアや下層民の俗物ぶりを描けてもよさそうなものなのにな。

 そんなこんなで、前半は観る価値のある映画でした。ところで『スパイダーマン2』までは姿勢が悪かったキルスティン・ダンストが3では姿勢がよくなっていたのは、間にこれが入ったからかな。コルセットをずっと着けてれば、いやでも姿勢はよくなるよね。

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