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レンブラントの夜警

 ピーター・グリーナウェイ監督作品。ベースとなっているレンブラントの代表作「夜警」は、実際には夜の場面を描いたのではなく、後にニスが変色して画面が黒ずんでしまったため、そう名付けられたらしい。しかしグリーナウェイは、敢えてこの絵を「夜警」として物語を展開させている。

 人気の絶頂にあった画家の転落のきっかけとなる出来事(出来事自体は史実だが、背景は監督の自由な創作)を扱った映画、というとデレク・ジャーマンの『カラヴァッジオ』が思い出される。光と影の映像、演劇的要素、活人画による絵画の再現等、共通点は多い。相違点を挙げるなら、カラヴァッジオを演じるのは画家本人の肖像より(まあ一般的に見て)いい男のナイジェル・テリーであり、しかも明らかにジャーマンの自己投影(とナルシズム)が見られるのに対し、レンブラントを演じるのは自画像に結構似た背が低くて太ったマーティン・フリーマンで、グリーナウェイは客観的に突き放して描いている。

 映画に演劇の手法が持ち込まれることに、特に違和感はない。但し画面構成が単調になりやすく、かつ閉塞感に陥りやすいとは思う。『カラヴァッジオ』くらいの小品(1時間半)ならそれでもいいんだけど、『夜警』は2時間以上あるからなあ。とはいえ画面が暗いわりには「暗いよ狭いよ怖いよ」とならなかったのは、やはり光の使い方が効果的で画が美しかったからだろう。私が演劇に対して抱いているイメージは、「とかく本筋から外れがち」という要するに小劇場系のものである。『夜警』はしばしば「本筋から外れがち」になりながらも、レンブラントが一つの事件を追うという筋は一貫しているので、「演劇的」ではあるけれどかなり解りやすい作品だった。

 レンブラントの人物造形もよくできていて感情移入しやすい。いい意味で小市民的なんだな。事件の解明にそこまで執着した理由も、「小市民のやや見当違いな正義感」ということで説得力がある。気丈で頭のよい妻、サスキア役のエヴァ・バーシッスルもよかった。ほかに四人の女性が登場するのだが、彼女たちは象徴的な役どころで、要するに演技力より容姿のほうが重要である。虐げられる二人の孤児や、レンブラントが最後に愛する侍女ヘンドリッケは、少女であることが重要な役なのに、なぜ成人にしか見えない女優をキャスティングしたんだろう。「幼い」「若い」と強調されるたびに違和感を覚えた。妻の死後にレンブラントを誘惑する侍女ヘールチェは、ごついわけでも太ってるわけでもないのに、がっしりとした見事な身体で、なんというか有無を言わさず役に相応しかった。

 作中、「夜警」だけでなくレンブラントの他作品や他の画家の作品が映像に引用されているとのことである。私が判ったのはリューベンスの「エレーヌ・フールマン」(毛皮を羽織った裸婦像)だけだったけど。しかし『夜警』も『カラヴァッジオ』も非常に計算された画面ではあるんだけど、絵画の再現と細部へこだわりがフェティシズムの域まで達している『真珠の耳飾りの少女』の執念深さには及ばないよな。

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