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君のためなら千回でも

 原作者のカーレド・ホッセイニは、少年時代にアフガニスタンからアメリカへ亡命している。作品の根底を流れているのは、作者自身の罪悪感であるように思う。祖国を離れ、安全な場所へ逃れたことに対する罪悪感である。イラン人のマルジャン・サトラピの自伝的作品『ペルセポリス』でも、この罪悪感について語られていた。

 だから『君のためなら千回でも』は、「贖罪」の物語になったのだろう。とはいえ、これは自伝でも自伝的小説でもない、まったくのフィクションである。通俗的で娯楽性の高い、よくできたフィクションだ。私はあらゆる意味でフィクションがノンフィクションに劣るとは思わない。また、「通俗的」とか「娯楽性」という言葉にも悪いイメージは持たないが、まあ何か語弊があるようだったら「エンターテイメント性」と言い換えてもいい。

 以下、小説と映画双方にネタバレ。そういえば小説では、ネタバレに対するアメリカとアフガニスタンの価値観の違いについてのエピソードがあったな。

 上記の理由で、主人公が償いのため、かつて裏切った友人の息子を助け出しに行く、という展開自体には、まったく問題がない。ただし映画では妙にアクション映画っぽくなってるのがなあ。音楽もそれまで抑制が効いてたのが、やたらと緊迫感を煽るようなものになって興醒めだ(でもアカデミー作曲賞ノミネートなんだよな)。映画は、前半と後半に明らかな落差がある。前半はカブールでの少年時代、とにかく丁寧に作られている。主人公のアミールが召使の少年ハッサンに抱く非常に複雑な感情を、限られた時間枠で鮮やかに描き出す。脚本も演出も、少年たちの演技も実に素晴らしい。凧上げのシーンは迫力があるし、古い文化と欧米文化が奇妙に融け合う国際都市カブールの描写も楽しい(ごく短いシーンだが、ペルシア語吹き替え版『荒野の七人』というすごいものも見られる)。

 しかし後半のアメリカでの青年時代になると、途端に平板になる。アフガン難民たちは、大した苦労もなしにアメリカ社会に溶け込んでいるように見えるし(将軍や富豪だった人たちがフリーマーケットで生計を立てるというのは確かに相当な凋落だが)、主人公も過去の罪にそれほど囚われていないかのようだ。小説では、友人の息子を助けに行くよう頼まれても、「そこまでする必要があるのか」と葛藤する弱さが描かれているが、映画ではその描写が皆無ではないが、かなり軽い。タリバンに手酷く痛め付けられるシーンでも、小説では主人公は苦痛の中で、自分が罰せられることをずっと願っていたことに気づき、そしてその罰がようやく与えられたのだと確信するのだが、映画ではそんな機微がまったく描かれない。

 主人公がたった一人の子供しか救っていないことに否定的な意見もあるようだが、実際のところ、個人でできるのはこれが限界だろう(それ以上は、それこそ絵空事だ)。現実的に考えるなら援助団体等に参加するというのが妥当であろうが、それでは別の物語になってしまう。戦火を逃れて亡命できても、ゼロから生活を築き上げなくてはならない苦労や、祖国に残った同胞に対する罪悪感があり、虐待から救い出された子供もPTSDに苦しむ。映画はその描写が浅いため、結末が安易であるような印象を受けかねない。まあともかく前半は素晴らしいし、後半でも「過去のシーンが繰り返しフラッシュバックする」というような安っぽい演出がないのはいいと思うんだけどね。

 サッカースタジアムでの公開処刑は、ヤスミナ・カドラの『カブールの燕たち』にもそのエピソードがある。タリバンは処刑を観に行くよう、市民に強制していたそうである。小説でも映画でも観衆は処刑から目を背けるんだが、そんなことが許されたんだろうか。いや、私がそんな疑問を持つのは去年の春からこっち、「スターリン時代のソ連では、例えば集会で最初に拍手をやめたというだけの理由でも収容所送りになった」というような話ばっかり読んでるからなんだけど。

 主人公の父の友人ラヒム・ハーンを演じたショーン・トーブは、ポール・ハギスの『クラッシュ』でイラン人店主役だった人だね。今回はいかにも欧化したインテリのムスリムといった風貌で、ずいぶん印象が違う。父親役のホマユーン・エルシャディは、アッバス・キアロスタミの『桜桃の味』に出てたそうだけど思い出せん。原作では190センチを超える大男なんだが、エルシャディはそこまで長身ではない。国外脱出時に横暴なソ連兵と対決するシーンで彼がトラックの荷台から降りなかったのは、ソ連兵役の役者が長身だから、並んで立たせるには構図的にちょっとあれだったかもしらんな。

 作中で主人公たちが喋っていたダリー語は、ペルシア語にずいぶん近い。私でも聞き取れる単語がちょこちょこあって、ちょっと嬉しかった。ペルシア語は母音が日本語に近いから、ヒアリングが楽なんだけどさ。

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