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アポカリプト

 私が最初に中南米の先スペイン期文化に興味を持ったのは80年代初めで、その頃読んだ子供向けの資料では、マヤ文明というのはアステカと違って生贄の風習がないという説がまだ主流だったな。

 メル・ギブソン監督作品。メル・ギブソンの顔は嫌いなんだが(理由;でかいから)、本人は出演してないので鑑賞。ネタバレも何もない作品だが、一応ネタバレ注意。前半のうち半分はジャングルの中での奴隷狩りで、後半はひたすらジャングルの中で追いつ追われつの死闘が繰り広げられる。特に後半のカメラワークは圧巻だし、残虐描写もここまでくるといっそ爽快である(おいおい、眼球飛び出してるよ)。しかしそれらはジャングルであれば世界各地のどこでもいいようなものであって、ユカタン半島である必然性はまったくない。歴史的・文化的考証にしても、腹を立てるのは無論のことツッコミを入れるのも虚しくなるような代物である。しかしメル・ギブソンには、この作品の舞台を是が非でも16世紀初頭のユカタン半島に設定しなければならない理由があった。つまりラスト、スペインの帆船から上陸する、大西洋をわたってきたとは思えないほど小奇麗な西洋人たちと、彼らが掲げる十字架である。彼らが向かう先は、ソドムとゴモラさながらに頽廃したマヤの都だ。

 考証についてだが、まるっきりでたらめというわけではない。よく調べた痕跡はある。頭蓋変形によって後頭部が盛り上がっていたマヤ人たちのシルエットを、額を剃って髪を後頭部で高く結う髪型で再現しているのには、ちょっと感心した(狩猟民の間にまでそんな風習があったのかというツッコミはやめておく)。予言を行う少女が斜視気味だったのも、マヤ人が斜視を高貴な容姿だと見做していたのを踏まえているのだろうし(子供の両目の間に小さな球を垂らして斜視に矯正していた)。環境汚染の原因の一つは漆喰の生産だし、ピラミッドは赤く塗られてるし、壁画も実によくできている。主人公がスペイン船のことを「人を運ぶもの」と説明するのも、最初にユカタン半島にやってきたスペイン船を住民が「一夜で出現した巨大な暗礁だと思ったら人が乗っていて驚愕した」という逸話をおそらくは参考にしたのだろう。「水に浮かぶ巨大な家」と呼んだという記録もあるしな。

 つまりそれなりにきちんと考証をした上で、意図的に歪曲や捏造を行っているわけである。そしてマヤの文化や歴史に対する好意はまったく感じられない。生贄や環境汚染など負の面ばかりを恣意的に取り上げて、後はせいぜいエキゾティシズムに利用する程度だ。好意というよりは敬意の欠如であり、文化そのものだけでなく、それを地道に研究してきた先達たちに対しても及んでいる。

 こうした敬意の欠如と、単なる怠慢と傲慢による無知とどっちが癇に障るかと言ったら、それはもちろん前者だが、虚しいからツッコミはしない。いや、他山の石としないとね。という予想は最初からついてたので、「あーあ、しょうもねえなあ」と生温く見守ることができたんだが、一つだけ途轍もなくがっかりしたことがある。生贄の場にチャックモール像がなかったのである。チャックモールがないなら心臓はどうするんだろうと思ったら、炭で焼いていた。メソアメリカの生贄の儀式に、チャックモールを出さなくてどうする。がっかりだよ。

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