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シンドラーのリスト

 BS2でやってたので。

 十年ぶりくらいの再鑑賞。レイフ・ファインズ演じる鬼畜所長の登場以降はよく憶えているのだが、登場前はあまり記憶に残っていなかったことに気づく。しかし今回の鑑賞では、むしろ登場前のほうが観るべきものが多かった。レイフ・ファインズ登場(すなわち圧倒的な暴力が前面に出てくる)前はスピルバーグはユダヤ人たちを「個」として描こうと努め、成功している。しかし話が進むにつれて暴力があまりに巨大になっていくと、「個」の物語は圧殺されてしまう。それでも彼らを「個」として捉えようとする努力は続けられているのだが、効果は上がらず、終盤には完全に諦めてしまっているようである。

 人は心を乱された時に「物語」を求める。物語は「説明」であり、説明があれば人は多少なりとも安心できる。だがあまりに圧倒的で巨大な暴力(鬼畜所長はその一端でしかない)は、「個」の物語を圧殺してしまう。だからこそ人は余計切実に物語を求めるのだが、安寧を得られるとしたら「彼らは救われた」という物語くらしかなかろう。必然的に、それは紋切り型になってしまう。

 結局、スピルバーグは途中から易きに流れて、作品を「彼らは救われた」物語に落とし込んでしまったようだ。虐殺する者たちも、される者たちも、そして救う者も個人というよりは類型になる。というわけで抜け目のない男だったオスカー・シンドラーは、次第に心変わりしていくというよりは個性を失っていくのである。前回の鑑賞では、私自身が心の安寧のためにそういう物語を求めていたこともあって、作品の流れに乗ってしまい、その物語に収まらない前半部分の記憶が霞んでしまったようだ。という観方は、佐藤先生の講義で注意を喚起されてたからできたのであって、素で再鑑賞してたらどうだったかな。いや、でもやっぱり方向性のぶれに違和感くらいは覚えたかな。

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