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沙漠に花が咲くこともある

 吉川英治賞授賞式に呼んでいただいたので、行って参りました。佐藤先生がこういった大きな賞を獲るというのは当然で必然のことで、獲らなかった今までがおかしかった、やっと状況が正常になったというかなりつつあるんだなあ、というのが今回の受賞に関する私の感想です。無論これは佐藤亜紀のファンになって数年しか経ってない人間だからこその感想であります。

「砂地に水を撒くような」とは先生自身の言葉ですが、「投げても投げても打ち返してくれる人がほとんどいない」という状況が十七年も続くというのは、ほんまに想像を絶するつらさやろなあ、それなのに愚痴も零さんとよう今まで……と深く深く感じ入るのでした。まあ砂地どころか沙漠にだって花が咲くこともあって、それは貴重であると同時にとても美しいものなのです。そして選考委員代表の伊集院静氏の「すごい新人が出てきた。(中略)この人は筆一本で食っていけるでしょう」という途轍もない評には、もはや言葉もありません。あ、念のために言うと、この意見が選考委員の方々全員の意見を代表しているわけではありませんよ。

 授賞式の後は祝賀会で、二時間余り続いたのですが、佐藤先生とその周囲に集う人たちを眺めたり、お話をしたりしているうちに、あっという間に過ぎてしまいました。帝国ホテルで何かいろいろ御馳走も出てたけど、ほとんど食っとらん。二次会三次会と参加して、気がついたら終電に間に合いませんでした。空いてた店で始発まで時間を潰しました。ゲロの臭気が漂う朝の繁華街を帰るなんて、何年ぶりだろう。

 伊藤計劃氏が来ていらして、紹介していただきました。話しやすい良い方でした。気を使ってくれたのかな。で、伊藤氏が言ってはったのですが、「小説家になれてとにかく嬉しかったのは、自分が読んでる本の作者に実際に会えるようになったことだ」。……なんだろう、それに比べて私のこのテンションの低さは。もちろん私にとっても良い作品を書く作者と知り合えるというのはとても嬉しいことだけど、それはその出会いによって得られるものの価値の高さに対する喜びであって、それに伴う感動というか高揚というかは……ほぼない。祝賀会会場には生浅田次郎とか生宮部みゆきとか生大沢在昌とかおって、間近で見てしまったりしたわけですが、「わーすげー(棒読み)」以上の感慨が湧いてこない。先生の受賞、式に参加できたこと、いろんな人と知り合えたことはとっても嬉しかったわけですが、なんでこんなにテンションが低いんだろう、ほんま私ってつまらん人間やな、とか思ってたりしたのですが。

 話は変わりますが、私は徹夜ができません。執筆も終盤に差し掛かってくると、むちゃむちゃテンションが上がって、一日二、三時間しか睡眠が必要なくなるのですが、それでも二、三時間は眠らないと駄目なのです。しかしこの日は、「なんか相変わらずテンション低いなあ」とか思いつつ、帰路に就くまで眠気どころか疲労もまったく感じませんでした。要するに、自覚がないだけで実はめちゃめちゃテンションが高かったようなのでした。やっぱりいろいろ嬉しかったからだろうな。先生、ありがとうございました。改めて、おめでとうございます。

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