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ゼア・ウィル・ビー・ブラッド

 久し振りに父と映画を観に行くことになる。で、これが観たかったわけだが、還暦を過ぎた父に2時間45分はつらかろうと思い、「2時間のん(『フィクサー』)とどっちがいい?」と尋ねたところ、「同じ金額だったら長いほうがいい」。そういう基準?

 ポール・トーマス・アンダーソンは『ブギーナイツ』と『マグノリア』を観たが、それほど感心はしなかった。私は長編の小説や漫画は群像劇のほうが好きだが(少数の人物に長く付き合うのがしんどいから)、映画はメインキャラクターに的が絞られていたほうがいいようだ。尺の問題だろうな。それにいつも同じようなことをやっている人が違うことに挑んでいると、それだけで評価が高くなる。

 というわけで、一人の男に焦点を当てた『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』。私利私欲だけに衝き動かされるこの男を、ダニエル・デイ・ルイスが演じている。彼一人でこの作品は成り立っており、ほかの登場人物はほとんど背景に過ぎない。ダニエル・デイ・ルイス以外の俳優が演じていたら、作品として成立し得なかっただろう。若い時から醜男なんだか美男なんだかよく判らない顔だったが、ここではもはや非人間的ですらある魁偉な風貌となっている。しかし後姿とか手とかは相変わらず美しいんだけどね、まあそれはともかく。

 ある意味、これは一人の男の作品だとすら言えないかもしれない。主人公は、20世紀初頭の上昇しつつあるアメリカであり、ダニエル・デイ・ルイスはその権化を演じているのだ。彼の行動原理は欲望である。愛も欲望の一種だが、彼に愛はない。他者は利用するか屈服させるかどちらかである。彼には敵も含めて、対等と言える人間はいない。第一次大戦が完全にスルーされているのも、そういう理由からだろう。アメリカに敵はいないからだ。

 彼が唯一、無関心でいられない相手がポール・ダノ演じる若い牧師だが、敵というにはあまりに小粒である。むしろ同類嫌悪に近い。彼らは二人とも他人を支配したいという欲望を共有しているのだ。違いは支配の方法が物質的か精神的か、というものである。これを単純にアメリカに置き換えてみれば、ファンダメンタリズムは「内なる敵」と言える。現代ではファンダメンタリズムは物質主義と手を携えて歩んできているようだが、その結果がこのていたらくなわけだから、やっぱり内なる敵だろう。

 しかし主人公が完全に人間性を失っているかというと、そんなことはない。息子や弟に対しては、意外なほど弱さを見せる。聴覚を失って苦しむ息子を遠方の学校へ送ってしまうのは、冷酷な行動のようだが、実際には彼は息子と向き合うことができなくて逃げ出したのだ。ただ、自分ではそうと気づくことができない。成人した息子が当然の自立心を示した時も、憎しみを向けられたとしか解釈できない。監督は半分冗談で(しかし半分本気で)「ホラー映画」と称したそうだが、確かにこれは単に一人の男にアメリカを投影した物語というより、アメリカにとり憑かれて怪物と化した男の物語なのかもしれない。

 音楽が素晴らしかった。弦楽器を中心に、美しいんだがどこか神経に障る。この世の果てのようなカリフォルニアの風景と相俟って、素晴らしい効果を上げていた。

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お蔵出し1

 ふと思い立って、未発表の短編を上げてみることにしました。「本を買ったり借りたりする前に、仁木稔の作風を知りたい」という需要があるかもしれない、と思い付いたからです。未発表というのは要するにデビュー前に書いて、どこにも応募してないもの、ということですが、短いし(400字詰め22枚)、話もきれいにまとまっているので、この目的には相応しかろうと思うのです。

 ジャンルは異世界ファンタジーになります。私は異世界ファンタジーのいわゆる世界設定が作れないので、長編で書くことはないでしょう。短編なら世界設定をあまり作り込む必要がないので書けますが、今のところ書こうという気になりません。というわけで、これが最初で最後かもしれない。私にとって異世界ファンタジーとは、何よりもまず70年代半ばから80年代初めの海外女性作家作品なので(マキリップとかタニス・リーとかジェイン・ヨーレンとかエリザベス・A・リン)、この短編もその辺りを目指しています。

 また、耽美風美形が登場するのも珍しい。実は美形や耽美といったものは苦手なのです。しかし80年代以降のファンタジーやSFは国産も海外ものも美形だらけで(タニス・リーも初期は必ずしも耽美じゃなかったのにな)、私はなんとなく違和感を覚えながらも、それが苦手だという自覚を持たずに来てしまったのでした。で、この短編で初めて美形、しかも耽美風キャラを出してみたものの、ついついおひゃらけた言動を取らせてしまい、その次の長編で再チャレンジしたら、途中で飽きた。まあ、取り澄ました美形より突っ込み易い隙のある美形のほうがもてる、という意見もありますしね(沙村広明『おひっこし』より)。仁木稔作品では、美形キャラ自体が希少なわけですが。

 といった相違点もありますが、この短編はいろんな意味で仁木稔らしさが出ていると思います。書いたのは確か2000年、小説を書き始めて1年くらいしか経っていない頃ですが、仁木稔ができるまで、というよりすでにいろいろ出来上がっちゃってるのが笑えます。佐藤先生にも「おもしろい」と言っていただいた作品なので、今晒してもあまり恥ずかしくはありません。全然恥ずかしくないわけじゃありませんが。

 タイトルは『鴉の右目の物語』。当たり前ですが、著作権は仁木稔にあります。

 縦書きでまとめて読みたい方は、こちらからダウンロードしてください(54.6KB)。

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鴉の右目の物語 2

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佐藤亜紀明治大学特別講義Ⅰ

 電車が十分近くも遅れたので大いに焦る。どうにか時間までにリバティタワーに到着して一息ついたところで、佐藤先生と行き会う。前回の出席(昨年の第四回)では映像資料に加えてアウグスト・ザンダーの写真集をキャリーバッグでゴロゴロと運んでこられたのであるが、今回の荷物はノートパソコンだけであった。

 まずは『小説のストラテジー』とも重なる、「作品の鑑賞の仕方」。ものすごく基本的というか根本的な問題である。そこまで根本の部分から考え直さなければならないというか、治療していかなければいけないということになるんだよな。

  1. 「作品」というものは、特定の感覚に対するある刺激である。美しいか否か、出来がいいか悪いか。
  2. それとは別に、作品が制作当時「語っていた」ものがある。それは作者が意識的に語ったものでもあれば、同じ時代、同じ社会の人々と共有している無意識の部分でもある。解り易い例だと思想になるんだろうが、それ以外にも例えば古代ギリシアの芸術には性的な題材が実に多い。現代人の解釈からすれば、「(楽しいとかそういう意味で)好きだったからだろう」ということになるが、あの時代、性は豊穣信仰と結び付いていたのである。しかし当然ながら現代人はそんな信仰を共有していない。それでも、鑑賞し評価することはできる。もう一つの例として『サテュリコン』。実はネロへの風刺として書かれたのであるが、「この部分はこういうことを風刺している」という注釈付きで読んでも、学術的にはおもしろいかもしれないが、風刺に共感するのは無理である。それでも、『サテュリコン』はおもしいろい。

 時代が変われば、2(語られていたもの)は消えてしまう。しかし1が残ることはある。それによって刺激されるのは、新たな時代の人々の感覚や感性である(ちなみに感性のみならず感覚も文化にかなり影響される)。作品は2という中身がなくなって、器(1)が残ったものかもしれない。器を満たすのは鑑賞者である。百年二百年どころか、千年以上経っても残る器もあれば、十年ともたない器もある。ところで、「時代」は「文化」についても言えるよな。

 イアン・マキューアンの『土曜日』。嘘くさいまでの「完璧な幸福」と、薄皮一枚を隔てた陰惨な世界。少し前まで「難民」というのは、可哀想な境遇から別の可哀想な境遇に移行した人々のことだったが、現在はTVの前の「私たち」と同じ「普通の人々」が難民化する。しかし人間の想像力とは要するに「我が身に置き換えてみる」共感能力のことで、これは生得の能力を基盤としているわけだけど、所詮限界があるし個人差も大きい。ニュースで難民の画像をどれだけ見ても、それが「ついこないだまで私と同じような暮らしをしていた人たち」だと認識し、さらに「私もそうなってしまうかもしれない」と想像し、現在のこの生活がどれほど脆いものだと認識することができない人、つまりはどこまでも他人事だとしか思わない人は大勢いるだろう。或いは新しい世代であれば想像力の有無にかかわらず、世界の危うさを認識し続けることは非常に困難ではあるまいか。ということを思ったんだが、質疑応答の時間が来る頃にはすっかり忘れていたのだった。何しろいろんな話をいっぺんに聞いたから。今度憶えていたら尋ねてみよう。

 ここから昨年度の復習。一回しか出席できなかったのでありがたい。人数からして、今回初めての人も多かったみたいだしね。ハリウッド映画に於ける殴り合い。かつて男同士の殴り合いしかなかったのは、技術的な制約が大きかったそうである。女だと迫力が出せないのである。先日観た『大いなる西部』(58年)ではグレゴリー・ペックとチャールトン・ヘストンの殴り合いが、ロングショットでボコボコやってるのを延々映すだけで(しかも場面は夜)、これは倫理的な制約と技術的な制約のどっちだろうと思ったのだが、少なくとも技術的な面はあったわけね。で、カメラワークの発達に加えてワイヤーアクション、さらにはCGの導入で女の格闘も可能になるのである。

 第四回の「顔」の話。あれから私はルイセンコを追いかけてるうちにロシアに於けるダーウィニズムの受容にまで行き着いてしまったのだが、ソ連の全体主義は19世紀ロシアで個人主義が嫌悪されたところまで遡れるようである。もともと個人主義が発達する土壌がなかった上に、西欧の事物に対する羨望混じりの反感から、特に個人主義は資本主義と結び付けられて忌避された。レーニンと並ぶ革命の主導者であったアレクサンドル・ボグダーノフは、血液交換による人間の均質化という理論を本気で唱えていたほどである(で、自ら実験台になって死んじゃってるしな)。ドイツやイタリアの全体主義の源泉は、民族性は云々しないとすれば、やっぱり自由主義と個人主義に対する反発が大きいかな。

 そして今回のテーマ「顔と時間」。提示されたのが『ヴェニスに死す』。主に映画についてだが、原作にも言及する。原作はマンが30代の時に書かれたと知って、そんなに若いのに老境を描きえたことに感嘆したものだが、ひょっとしたら先に観た映画の印象が多少は被っているかもしれない。ヴィスコンティは撮影時にはすでに60代である。先生によれば、映画には二つの視点があって、一つは美少年を舐めるように見詰めるアッシェンバッハの視点であり、もう一つはヴィスコンティ自身の、「かつてあったヴェネツィア」に対するノスタルジックな視点である。「かつて」というのは具体的には作品の舞台となっている第一次大戦前だ。

 タジオを象徴的な、ほとんど記号的ですらある美少年として描いているのは原作でも映画でも一緒だが、マンが「儚い美」としているのに対し、ヴィスコンティは「時の止まった美」としている。美少年は二十世紀初頭当時のヴェネツィアとともに、マンにとっては間もなく失われてしまう美(の予兆)であったが、1971年のヴィスコンティにとっては、すでに失われてしまったからこそ永遠となった美なのである。もっとも彼は1906年生まれだから、その時代へのノスタルジーは実体験よりは追体験に基づくのだろうけど、だからこそ余計に美しいのかもしれない。

 一つの時代、というよりむしろ一つの世界を終わらせた衝撃として第一次大戦を描いているのが『魔の山』である。私がこれを読んだのはデビュー前、実質的にニートだった頃のことで、だからあのサナトリウムでの生活はひしひしと身に沁み、だからあのラストには少なからぬ衝撃を受けたのだった。いやはや。それにしても、マンは「見てるだけ」の恋愛ばっかりだな。

 時間が押してたのもあって、せっかくノートパソコンに落としてきた『ヴェニスに死す』の画像は使われなかったのでした。ここに来る人だったら、たとえ未見でもタイトルとビョルン・アンドレセンの顔くらいは当然知ってそうだが、しかし男子高校生たちはどうだろな。文芸部員で顧問の先生に連れられてきたそうである。高校生でこの講義か。まったく掠りもしないか、道を踏み誤るきっかけになるかどちらかだろうな。

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ガレとジャポニスム展

 ガレは学生時代以来。ジャポニスムという切り口なので、引用元や参考元となる日本の美術工芸品も一緒に展示してあって興味深い。

 四部構成で、第一部は「コラージュされた日本美術――ジャポニスム全盛の時代」。ガレや日本美術だけでなく、ティファニーやバカラ、ロイヤル・コペンハーゲンなどの製品、他のデザイナーの作品なども展示してある。しかしクリストファー・ドレッサーとかフランソワ・ウジューヌ・ルソーとか、プロフィールが提示されてないんで、どういう人なのか判らん。ドレッサーはイギリスのデザイナーだそうだけど、ルソーはググっても出てきーひん。それはともかく、コラージュとはよく言ったもので、ガレも含め、浮世絵や伊万里のモチーフをそのまんま切り取って西洋の皿やカップに貼り付けたに過ぎず、違和感がものすごい。日本美人の模写など、明らかに着物の構造がどうなっているのか理解せずに描いているし、日本と他の東洋的意匠(中国やエジプトなど)を平気でくっつけていたりする。

 第二部は「身を潜めた日本美術――西洋的な表現との融合、触れて愛でる感覚」。1880年代以降、ガレは表面的なジャポニスムから、自身の技術との融合を果たす。ここで紹介されていたのは1880年代半ばから90年頃の作品なんだが、第一部後半の80年代前半の作品でも、すでに最初期の70年代末のぎこちないコラージュから飛躍的な発展を見せている。90年代に入っても表面的なコラージュに留まっていた他のデザイナーたちとの差は歴然としている。

 第三部は「浸透した日本のこころ――自然への視線、もののあはれ」。二十世紀に入ると、もはや完全にあのいかにもガレ的なごてごてとした重そうな、悪趣味寸前の作品ばかりが並ぶ。中には完全に不透明なガラス器もあって、どうも陶器の質感を表現しようとしたらしいのだが、そこまでやる意味が解らない。まあ模造宝石とかを作ろうとする試みで発達した工芸技術というのもあるわけで、この不透明なガラスの壷もすごく手間が掛かってるんだろうな、とは察せられる。しかし技法の解説をもっと付けてくれればよかったと思うよ。

 この時期、器の形などは確かに日本(と中国)のものだが、モチーフは日本美術というよりは、西洋の伝統的な博物学と日本の本草学が融合したような自然描写だ。ガレはジャポニスムに嵌まった1870年代後半にはすでに30過ぎで、1904年に白血病で亡くなっている。1880年代には早くも日本美術を自家薬籠中の物にしているとはいえ、そこからさらに発展させ完全なオリジナリティを確立したと言えるのは、晩年の十年ほどの期間だ。せめて後数年長く生きていたら(もしくは数年早く日本美術と出会っていたら)、どんなものを作っていただろうか、と惜しまれる。

 最後は「ガレと『蜻蛉』」。最も早い時期のものと思われる1875-76年の「蜻蛉と忘れな草」から晩年の作まで16点。小物入れ「蜻蛉」は第一部の「鳩」と同じ1881年のもので、形も似ているが、エジプト風の鳩と日本のモチーフの組み合わせという「鳩」と、遥かに完成度の高い「蜻蛉」を比べると、試行錯誤の跡が窺われる。

 それにしても、テーマも展示品の選択も悪くないと思うんだが、展示方法がなあ。会場が手狭だったとはいえ、行きつ戻りつしないといけないし、あちこちに人溜まりは出来てるし。裏側に回れない展示には、鏡を付けるとかしてほしいよ。「底面には云々」と解説付けるんだったら、底面も見えるように展示してくれ。こういうのって、会場ごとに差が出るよねー。

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王妃の紋章

 中国のとある王朝。皇帝には三人の息子があり、長子(皇太子)は先妻の子、第二、第三王子は現在の妃の子である。夫婦の仲は完全に冷え切っており、そればかりか妃は血の繋がらない皇太子と不倫している。妃は身体が弱く、漢方薬を十年来服用しているが、先日、皇帝が自らその調合を変えた。ごく微量だが、毒を混入したのである。それを知った妃は、何も気づいていない振りを装いながらクーデターを計画する。重陽の節句に宮廷警備の軍を動かし、皇帝を退位させ、第二王子を即位させるのである。実は彼女は前皇帝の娘であった。一介の武人が前皇帝に取り入って婿養子として跡を継ぎ、後に暗殺か何かによって亡き者としたのである。だから宮廷の軍は彼女に忠実であり、クーデターは復讐でもあるのだ。決行を目前に控えた日、皇太子と第二王子は共に計画を知ってしまう。皇太子は皇帝に密告するが、第二王子は母と共に滅びる覚悟を決め、彼女と前皇帝の紋章である菊の刺繍を身に着けて、反乱軍を率いるのであった。

 ……という話が、偶々同じ回を観て、偶々同じレストランで隣の席に座った母娘(娘は30代)が「解読」した『王妃の紋章』である。とりあえず、私が観たのはそういう話では全然なかった。

 ワイヤーアクションとCGを使った中国映画は、チャウ・シンチー以外はビタ一文期待していない。『グリーン・デスティニー』『HERO』『LOVERS』『PROMISE』と来て、もう誰が監督してようと誰が出てようと二度と観るまいと決意したのであった。にもかかわらず、なんでこれを観てしまったのかというと、私の学士論文は唐代文化で、主に女性の服飾を取り上げていたのだ。映画の情報を事前に収集するのは敢えて控えることにしているのだが、幾つか目にした記事では時代設定が「唐王朝末期」となっていた。私の専門は初唐と盛唐で晩唐は守備範囲外だが、まあスチールを見る限りではそれなりに考証した上でアレンジを加えました、という感じなので興味を覚えたのである。

 劇場に行き、パンフレットを買う。「中国、五代十国、後唐」……って、おいっ、唐代ちゃうやん。なんじゃそらー。おのれよくもたばかったな、と激昂しかけるが、考えてみれば五代十国を唐代と偽って何か得があるとも思えない(多くの人にはマイナーという点で五十歩百歩であろう)。たぶん誰か、五代十国を知らないライターがいたのだ。知らないからソースの「五代十国、後唐」を見ても、「五代十国」はスルーし、「後唐」という字面だけで勝手に唐末だと思い込んだのであろう。そして彼の記事を見たほかのライターたちは、ソースに当たらずにそのまま引き写した、といったところなのかもしれない。そういうことなら……知らないんならしょーがないよね……

 一応、女性服飾については周から民国までひととおりやったけど、五代なんて知らんがな。半世紀しか続かなかったから独自の服飾文化というのは特になくて、唐末から宋初への移行期といったとこだろな、と見当を付ける。作中の衣装も確かにそんな感じで、もちろんアレンジしてあるんだが、そのアレンジも悪くない。さすがアカデミー賞にノミネートされただけはある。男性服飾については、あんまり熱心に勉強しなかったんでよく憶えてないが、作中の衣装は女性のものほど正確ではないようである。でも男の服には女の服ほど興味ないから、どうでもええねん。衣装だけでなく髪型も、ああ、あれが元になってるデザインだな、と判別できるものが多い。化粧はもちろん現代風なのだが、それでも眉の形はそれなりに当時を参照している。

 求められる正確さというのは作風によっても異なってくるが、特定の文化を背景にする以上は、きちんとした文化考証を前提とすべきである。その上でどれだけアレンジするかは制作側のセンスだろう。知識もなしに「自由な想像」とやらでデザインすると、どんなデザイナーだろうと、その文化に対して抱いているイメージの貧弱さを驚くほど露呈することになる。その一例が『LOVERS』のワダエミで、インタビューによると資料がほとんど入手できなかったので「大部分は私の想像力を膨らませてデザインしました」。どのデザインも悲しくなってくるくらいしょぼい。台本がコロコロ変わる上に鳥インフルエンザの影響で中国に行けない、といった問題を抱えていたとはいえ、唐代服飾の資料くらい日本国内でも入手は簡単だ。大学図書館にある資料だけで学士論文を書いた(そしてそれで院まで行った)人間が言うんだから間違いない。

 今回、衣装以外には何一つ期待してなかったんだが、「豪華絢爛なセット」が、かなり細部まで作り込んであるようなのに、ちゃちく見えたのはなぜだろう。十数年前に行った中国で、立派な古寺のそこらじゅうにクリスマスに使うような電飾が巻き付けられていたり、鍾乳洞がピンクや水色、緑と色とりどりにライトアップされてたりして呆気に取られたものだが、それと同じノリなんだよな。しかしどうせ考証無視で花火を打ち上げるくらいなら、なぜ火薬を使ったインチキ兵器の一つや二つ出さないのか。

 それにしても、あのチャン・イーモウがアン・リーがチェン・カイコーが、なぜワイヤーアクション映画になった途端、荒唐無稽とすら言えない単なる支離滅裂なものを撮ってしまうのであろうか。今回はワイヤーもCGも比較的少なかったんだが、支離滅裂度はむしろ増していた。「陰惨な状況」というものだけをとにかく詰め込んだ結果、それらの状況同士の辻褄が合っていないのである。どのキャラクターも行動・性格ともに一貫性が皆無で、役者たちはよく演技ができるものだと感心する。皇太子役リウ・イェのヘタレっぷりはなかなかよかったが。なんとなく見覚えがあると思ったら、『PROMISE』の黒ずくめの人か。あの時は白塗りだったから老けて見えたけど、78年生まれか。

 原題は『満城尽帯黄金甲』。唐末に叛乱を起こした黄巣の故事で、これに基づいて妃と叛乱軍は菊の紋を掲げるのであるが、作中では一切説明がない(重陽の節句については丁寧に説明してるのに)。手持ちの漢和辞典にも現代中国語辞典にも載ってなかったが、現代中国人にとっては一般常識なんだろうか。『王妃の紋章』のタイトルで鑑賞する日本人には菊の紋の意味が解ろうはずもなく、上述の母娘のように妃の実家の家紋だと勘違いする有様である。いや、ひょっとすると邦題を付けた人もそう勘違いしていたのかもしらんな。

 隣の席の母娘は携帯で情報を調べながら、一生懸命「解読」し、それで結構な満足を得ているようだった。「解り易い」物語ばかりではなく、どう見ても支離滅裂で物語として成立していない作品がやたらと高い評価を得るという現象は、こういう人たちによって支えられているのだなあ、と思う。いや別に聞き耳立ててたわけじゃないですよ。大声で話してるから否応無しに聞こえてきたんです。

 ところで、『少林少女』はどうしようかなあ。

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モンゴル

 欧米人にとって、こういうチンギス・ハーン像って斬新なんだろうか。こういうってどういうのかというと、つまり苦労して苦労して苦労して、負けてばっかりで、でも家族や仲間は大切にする青年テムジンだ。まあ少なくともロシア人には斬新だろうな。少年時代のテムジンが非常に逞しい。殺された父親の部下だった男に奴隷にされても殺されかけても、歯を食いしばってひたすら耐える。可哀想なんだが痛々しさはない。なんというか、この子なら耐えられそうだという気がしてくる。モンゴル人の子役がまた、「そういう役」を演じてるというより、彼自身もほんとに耐えられそうに見えるのだ。

 浅野忠信は周りの俳優たちに比べると線が細く見えるが、それでも余計な繊細さなんぞは出さず、むしろ愚直に演じることでテムジンの「大器」振りを表現している。テムジンの盟友ジャムカを演じたのは中国人俳優スン・ホンレイで、いかにも英雄の最初の好敵手に相応しい、豪胆なんだが欠点もある族長を好演。『初恋のきた道』の息子役か。あんまり憶えてないが、全然印象が違うな。若きテムジンがひたすら苦労する話だから、アクションやスペクタクルは期待したより少なかったが、少ないなりにしっかり作られて迫力がある。私はとにかく草原や荒野を駆ける騎馬が見られて満足でした。衣装や小道具もよくできていて見ごたえがあった。荒々しいというよりは猛々しく、しかも美しい自然の映像もすばらしい。ただし情緒的な場面だけは平凡。音楽は本編中は大変よかったんだが、クレジットで流れたのがモンゴルのホーミーのリミックスという代物で、何かこのセンスがすごくロシアっぽいような気がしたんだけど……いや、音楽担当は北欧人だけど。

 中盤、テムジンは西夏で虜囚となる。映画で西夏っていうと、角川映画の『敦煌』以来だなあ。あれは高校生の頃、TVで観たきりだからよく憶えてないが。全編日本語だったわけだが、「西夏文字」だけは序盤のキーとなるからきちんと再現されていて、台詞もほんの一部だけだが「再現された西夏語」を使ってたんだよな。大学の東洋史の先生がそれに言及して、「もっとも正しい発音かどうかなんて誰にも判りませんが」と身も蓋もないことを言っておられた。ということを『モンゴル』を観ている時に思い出していれば、西夏文字が登場するかどうか注意できたんだろうけど、生憎思い出さなかったので見落としてしまった。衣装や髪型は確かに西夏のものだったが(堕落した都らしく、高級官僚は薄化粧している)、言語は中国語(普通話)だったねえ。まあ都市には漢族も多かっただろうけど。

 浅野忠信がチンギス・ハーン役にキャスティングされたのを知ったのが数年前で、それからアカデミー賞ノミネートまで、まったく話題になってなかったよな。いかにもノミネートされてから急遽公開が決まった感じで、公開期間も一ヶ月足らずだし、パンフレットも碌な情報が載ってなかった。ノミネートされなかったら公開も危うかったんじゃないか?

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ウルビーノのヴィーナス展

 十五分の遅れで上野に到着。待ち合わせ場所が駅から離れている場合、道に迷うことを想定して十五分以上の余裕を持たせるんだが、今回は改札前だったので電車に乗り遅れさえしなければ大丈夫、と思っていたら……「乗り換え駅を乗り過ごす」というのは想定外でした。電車の中での読書は危険だ。東京に住んでた頃、上野公園には何度か行ったことあるから大丈夫、と高を括ってたけど、今の住所から行くのは初めてだろうが。馬鹿だろ、おまえ馬鹿だろ。先日、携帯を持ってないとmixiに入れないことが判明し、持たざる者は住みにくい社会になってきてんなあ、とか思ったわけですが、社会がどうとかいう以前の問題で携帯は持つべきなのかもしれない。

 平日なのにかなりの入り。まずは古典古代のヴィーナス(アフロディテ)像から。彫像のほか、小さなブロンズ像や壷などの工芸品もある。壷は非常に状態がよく、アフロディテやニンフたちの装身具や周囲の植物文様に散りばめられた小さな金の粒までが残っている。海と関連したモチーフが多い。アフロディテが海(泡)と関連付けられたのは、音が似ていたからだ。ギリシャ神話に限らず音の類似から生まれた説明神話や習合は数多あるが、なぜ駄洒落は馬鹿にされるのに、こういうのは駄洒落だと誰も言わないんだろう。掛詞もそうだ。いや、別に駄洒落を擁護する気はないんだけど。

 続いて15世紀のヴィーナス像。製作年代不明の作品や、元の形態が不明な作品が多い。何点かは長持ちの蓋等に描かれていたと推定されており、つまり元は日用品だったわけだ(長持ちは嫁入り道具で寝室に置かれたからヴィーナスが描かれた)。で、16世紀に入り、ウルビーノのヴィーナスに続く。古典古代のヴィーナスは立っているか座っているもので、横たわるのはヘルマプロディトスだけだった、と新聞の特集記事にあった。横たわるヴィーナスは言うまでもなく官能的で、だからこそ寝室に飾られるために描かれたわけだが、それに先立って「長持ちの蓋に描かれたから」構図上の必然性としてヴィーナスは横たわるようになったかもしらんなあ、とふと思う。背景やら小道具やらにいろんな隠喩が籠められていて、当時はお約束で誰にでも判ったんだろうけど、無教養な現代人である私にはもはや意味不明である。解説が不親切だ。勉強しろってか。

 ヴィーナスを巡る神話。パリスの審判とアドニスのエピソードが多い。どちらも婚礼祝いに贈られることが多かったそうだが、あんまり縁起はよくないよな。アドニスの神話は元来は再生神話だそうだけど、ルネサンス時代にその解釈が一般的だったとも思えないし。アフロディテの神話といえば、誕生とそれから例のアレスとの浮気騒動が一番知られていると、なんとなく根拠もなしに思い込んでいたが(誕生はボッティチェリのんがあるからだけど)、そうでもないのかな。確かに前者は特に物語性もないし、後者はあまりにも不謹慎すぎるかもしれない。一点だけ浮気現場ではないけどアレスとアフロディテを描いたものがあって、解説にはこれも結婚式の贈り物で「軽率さへの戒め」だった、とあったような気がする。うろおぼえ。

 最後がマニエリスムからバロックまで。会場によっては照明がガラスや画面(特にバロックの真っ黒な背景)に反射して見られたものじゃないんだが、さすがと言うべきか、反射はほとんどない。それでもガラスに影が映るのはどうしようもないから、すべてガラスなしにしてほしかったなあ。今回の展示は、彫像や絵画(額入り)だけでなく、工芸品というか日用品が多かったのが興味深かった。長持ちをはじめ、写本や陶器、箪笥など。つまり大量生産品とまではいかないが、使うことを目的とした、「芸術家」というよりは「職人」によって作られた製品で、決して一流ではない、技量もセンスもいまいちの、そのいまいち加減がね。

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