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お蔵出し2

鴉の右目の物語 2

 語り手が口を噤んだので、周囲を支配するのは再び雨音だけになった。

  それほど激しい雨ではない。だが無視できるほど弱くもない。いつ止むともない女の愚痴のようだ――理髪師は嘆息した。

  この稼業に就いて三十年になるが、山の天気を読めた試しが無い。ぼやいても始まらぬが、この齢で野宿は少々つらい。幸い近くに大樹があったので、ほとんど濡れずに済んだ。厚く茂った葉の天蓋が雨滴を遮り、根元の地面は乾いている。落雷の可能性は、この際無視することに決めた。

  傍らに座るのは、商人に遅れて雨宿りの客となった男だ。全身を覆った黒いマントはしとどに濡れているが、彼はそれを脱ごうとしなかった。目深に被ったフードのせいで、年齢も容貌も定かではない。張りのある声と、染みも皺も無い口許の皮膚から、青年であると理髪師は見当をつけている。マントの生地は上質だが、馬も供も無く、見たところ荷物の一つも携帯していない。奇妙と言えば奇妙だったが、世の中にはいろんな人間がいるものだ。

  この相客の問わず語りは、長雨の不安を紛らわしてくれていた。だが先刻言葉を切ったきり、彼は先を続けようとしない。雨音は間断無く、視界は灰色に煙る。昼だというのに、かはたれの薄明だ。耐え兼ねて理髪師は口を開いた。

「それで、どうなったのかね?」

「……ああ」

  我に返った、といった様子で語り手は頷いた。

「人間に化けた妖魔は、娘の家に住み着いた。村人たちは当然、この他所者を歓迎しなかった……」


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