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お蔵出し5

鴉の右目の物語 5

  季節が二度巡り、薬師の女と連れ合いは村を出た。去る者も見送る者も別れを惜しみ、たくさんの涙が流された。だが一方で、女は新たな生活への希望に胸をふくらませていた。なんと言っても、愛する夫がそばにいる。

  ひと月のち、彼らは目的地に至った。街道の要衝にあるこの町は、国中でも五指に入るほど栄えている。

  夕刻、女は宿の窓から町並を眺めていた。眼下では次々と明かりが灯っていく。

「明日は仕事を探しながら町の見物をしよう。急ぐ必要は無いよね。懐はまだまだあったかいんだし」

  いらえは無かった。女は振り返った。なんの予感も無く……そして、凍りついた。

  そこにいたのは、もはや彼女の夫ではない。二年の間に短くした髪、日に焼けた肌、堅くなった掌……すべてそのままであるにもかかわらず、内側は別のものに変化していた。

  何もかもが、思い出された。

「契約は完了した。宝を返してもらうよ」

  女は後退った。震える両手が胸元へと上る。青い隻眼が、その様を見つめる。

「い……嫌だと言ったら……?」

「あんたを殺す」

  簡潔な答えに、女は悟る。目の前に立つのは妖魔。人間の情を一切持たぬ異質な存在。  沈黙は充分な永さだっただろうか……女が二年の歳月を振り返るのに?  立ち尽くす女を、妖魔は無言で見守る。

  深い吐息で、女は沈黙を破った。こわばった指でシャツの紐を解き、胸元を寛げる。

「じゃあ、殺して」

  微笑とともに、女は言った。涙が双眸にあふれ、隻眼の妖魔の姿をかき消す。

「あんたはあたしに幸せをくれた。あんたのいない幸せなんて、あたしはいらない。だから……ほら、あたしはあんたに宝を返せない」

  白い胸には、小さな袋が下げられている。
 契約はなおも妖魔を縛っている。女に示された今、初めて彼は知った。青い宝珠は袋の内には無く、女の心臓に埋まっていることを。

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