« お蔵出し5 | トップページ | お蔵出し3 »

お蔵出し4

鴉の右目の物語 4

「ちょっと待ってくれ」

  理髪師は声を上げ、語り手を遮った。

「妖魔がそんなことを言うのはおかしいじゃないか。契約は二年だけの筈だろう」

  雨は一向に止む気配が無い。だがもはや気にかけぬほど、彼は話に引き込まれていた。

「確かに契約ではそうだ。だが妖魔は実に完璧に人間に化けていた。すなわち己が人間であると、妖魔自身も思い込んだのだ。契約のことなど知らぬ人間の男として、薬師の女を愛したのだ」

  澱みなく青年は答えた。話の腰を折られたことに気を悪くした様子もない。理髪師は納得が行かず、なおも言い募った。

「しかし女のほうは契約を覚えているだろう」

「女も契約を忘れていた」

「なんと」 

「夫に愛され、村人たちとも打ち解け、女は幸せだった。その幸福に、妖魔と契約を交わした記憶は邪魔だ。だから自ら記憶を封じた。女はまさしく、己が力で幸福になったのだ」

  理髪師は、不服そうに鼻を鳴らした。「俺にはよくわからんな。妖魔の考えもわからんし、妖魔と取引をする愚かな女の考えもわからん。まあ、それが当然か」

  それきり理髪師は黙ったので、青年は語りを再開した。

            5へ

|

« お蔵出し5 | トップページ | お蔵出し3 »

お蔵出し」カテゴリの記事