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アドルフの画集

『対比列伝 ヒトラーとスターリン』という本がある。アラン・ブロック著、草思社、2003年刊(原著は1991/98)。内容はタイトルどおりである。それによるとスターリンの個性は驚くほど人間味に欠けており、逆にヒトラーは「弱い」という意味ではこれ以上ないほど人間的であった。というか、美術大学を目指して苦学していた、というか苦学する振りをしていた若き日のヒトラーの駄目人間振りが、既視感がありすぎる。逃避と欺瞞と責任転嫁。ぐあーっ。

 もちろん「理解できる」からといって、共感や親近感なんぞは覚えない。あるのは同類嫌悪を通り越した、ほとんど憎悪である。こんな奴が身近に現れたら、全力を挙げて私の人生から締め出してやる――と、髪を掻き毟りたくなる思いで読んでいたわけだが、著者によると、ドイツ人たちはヒトラーの精神的な弱さをちゃんと承知していたそうである。そうして、「守ってあげたい」と思っていたというのである。そうか、第三帝国の国民は「総統萌え」やってんなあ。

 というわけで、『アドルフの画集』をようやく観た。「怪物の誕生」を描いた作品であり、つまり以下のような筋である。

 裕福なユダヤ人男性が、一匹の野良犬に出会う。老犬ではないが、あんまり若くもなく、痩せこけて血走った目をした、触るのも躊躇われるような汚い犬である。やたらと付き纏ってくるのだが、あまりにも惨めったらしいので、邪険にするのも気がひける。それに懐く相手はこの男性だけなのだが、媚び方、甘え方もよくわからないらしい、非常に不器用な懐き方なのが却って気に掛かる。

 そういうわけで、なんとなく面倒を見てやってしまうのだが、実はこの犬はある特殊なウイルスの宿主なのであった。空気感染するこのウイルスは、犬と男性が出会った時点ではごく感染力が弱く、性質も安定していなかった。男性はウイルスの存在に気づかぬまま、その性質を「感染力は強いが毒性は弱い」方向へと導く役割を担うことになるのだが、一方ヴェルサイユ条約で縮小された陸軍が、ウイルスを利用しようと目論んでいた。男性の尽力が裏目に出たり、あれやこれやの末に陸軍の企みは功を奏する、というか企み以上にウイルスは強毒性を発揮し始める。犬が口から泡を吹いてギャンギャン吠え立てるや、大衆はたちどころに感染し、凶暴化して非感染者に襲い掛かるのであった。

 ノア・テイラーは特に似た風貌ではないのに、登場した瞬間に若き日(といっても30目前だが)のヒトラーだと判別できる。目がいってるというのもあるんだが、最大のポイントはあの前髪の垂れ具合だろう。あの前髪に、思わず目を背けたくなるような自意識を滲ませている。ジョン・キューザックは、ノア・テイラーとの体格差からの配役だろうな。しかし老けないな、この人は。

 やたら半端なネクロフィリア映画『キスト』以来のモリー・パーカー(『ハリウッドランド』にも出てたらしいが、思い出せない)。なんだか顔が変わったな。キストの時は、顔立ちは普通に白人なのに妙に日本人ぽく見えて、どうも涙腺があまり露出していない東洋的な眼をしてる上に、表情もどことなく日本人的だったんだが、別に今回はそんなことなかったな。リリー・ソビエスキー、『アイズ・ワイド・シャット』での印象の強さは、やはり一過性で終わるのか。

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