« 野田昌宏氏と氷室冴子氏が | トップページ | ロシアのダーウィニストたち 其の一 »

ロシアのダーウィニストたち 其の二

 ルイセンコ主義は、ロシアから受け継がれた生物学の成果を破壊してしまった。その災禍についての日本語資料で、一番詳しいのはメドヴェジェフの『ルイセンコ学説の興亡』(1971、原著は1962/64)だと思うが、とりあえず初心者向けではない。一番簡潔かつ入手し易いのは、たぶん『奇妙な論理Ⅱ』(マーチン・ガードナー、1992。ただし原著は50年代らしい)。当時の状況については、多くの優秀な研究者が弾圧されたり、ルイセンコの理論に従ったのに成果が出せなかった農民たちが処罰されたり(『収容所群島』より)、「メンデル主義者」が最悪の罵倒の一つだったり、ショウジョウバエを飼ってるだけで反逆者扱いされたりとか、ひどい話がいろいろ伝えられている。

 ルイセンコの理論そのものについて知るには、彼の論文集に勝るものはない。置いてある図書館は少ないと思うけど。いやもう、ほんとめちゃくちゃ。収穫された小麦にカラス麦や雑草が少量交じっていたという報告があると、「環境条件が適切ではなかったから、小麦から多種の植物が生じたのだ。このように、すべての生物種は生育環境の違いによって、他の種から転化して発生したのである」とか言っちゃうのである。混入しただけだと思うのが普通だが、彼はその可能性を一応考慮した上で、「そんなことはあり得ない」と言い切る。全編この調子だから、ナンセンスSFを読んでいる気分になってくるが、こんな疑似科学がつい半世紀前まで世界最大の国家を支配していたと思うと背筋が寒くなる。

 それでもルイセンコがロシア・ソ連の生物学に於けるまったくの突然変異だったかというと、そういうわけでもない。たとえば彼の「種内闘争は存在しない。それは搾取を正当化するためにブルジョア資本家が考え出したものである」という主張は、19世紀末の左派ダーウィニストたちの主張とほとんど一言一句変わらない。ぱくり目的の下調べさえ厭うような人物だから、取り巻きの誰かが提供してくれたのか、或いは当時のソ連生物学界で相当に広く行き渡っていた概念だったのだろう。

 さらにルイセンコは、自らを正当なダーウィニストと称しているのだ。権威付けのためでしかないのだろうが、外国のものはとにかく敵視され、化学や物理の分野でさえ「従来のブルジョア科学」を打破し、純粋な「プロレタリア科学」を打ち立てよう、という試みがなされた時代である(さすがにこの試みはすぐに挫折したが)。ロシア人て、ほんとにダーウィンが好きだなあ。

 しかしある意味何より怖いのは、日本語版の訳者たちの態度である。1953年に刊行された日本語版『ルイセンコ選集』の訳者がルイセンコの似非理論を褒めちぎり、「ルイセンコとその学派が他の学派を弾圧しているという話は真っ赤なデマだ。悪質な陰謀だ」と憤ってるのは仕方ないにせよ、1971年に刊行された『ルイセンコ主義の興亡』の訳者でさえ、メドヴェジェフの農業集団化批判を「感情的」と評している。いやはや。

 ロシアで共生説が提唱されたのは、その文化によるところが大きいが、逆に西側では共生説は永らく共産主義と結び付けられ、忌避されてきた。自然科学というものは文化やイデオロギーから切り離されたものだと思われがちだが、実際には深く結び付いている。そしてその思い込みによって、結び付きは見えにくくなっているのだろう。SFが「サイエンス・フィクション」である以上、そういうことも考えて書いていかんとなあ、と思っている。

参考記事: 「ボグダーノフ『赤い星』」  「ルイセンコ主義」 

|

« 野田昌宏氏と氷室冴子氏が | トップページ | ロシアのダーウィニストたち 其の一 »

諸々」カテゴリの記事