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ブラッドハーレーの馬車

『おひっこし』が大好きで、『無限の住人』は中途脱落した(江戸時代はドタバタしてる初期と末期以外は苦手だ。たとえ架空の江戸であっても)私には、どうにもギャグ漫画に思えて仕方がないのである。いやたぶん、映画版『嫌われ松子の一生』に先駆けて「涙のランチョン日記」を描いた作者であるから、「悲惨さは容易にスラップスティックな様相を帯びる」という観点からのみギャグ漫画として読むなら、きっと赦してくれるだろうと思う。だが、それだけじゃないから困ったものなんだよなあ。

 舞台は一応ヨーロッパなので、キャラクターは白人ばっかりである。女の子たちの造形は日本人キャラとの描き分けがあんまりできていないが、それ以外(成人女性、全年齢男性)は一応、白人顔として描き分けが為されている。そうするとだね、たとえば或るキャラの或る表情とかを、「あ、バローネ(『おひっこし』に登場する日伊ハーフ)とおんなじだ」とか、つい思っちゃうのである。いや、困ったもんだ。

 漫画の読み方としては間違ってるというか、やってはいけないことだよな。でも、そもそも『おひっこし』のおもしろさの一部は(あくまで一部だが)、「『無限の住人』の絵柄そのままで青春ラブコメをやる」ところにあったわけだし、こんな事態になってしまうのも、すべてのコマを記憶しているくらい『おひっこし』を読み込んでるからだとも言えるし……

 あー、でもギャグとしてじゃなくても、『ブラッドハーレー』はおもしろいです。悲惨で陰惨なシチュエーションを、徹底して「劣情を催すための装置」としてのみ使っているところが、いっそ清々しい。漫画に限らず、一般的にこのようなシチュエーションは「エモーションを催すための装置」として使われ、そのエモーションは最終的にはカタルシスを導くものとして使われます。作家によっては喚起しようと目論むエモーションの中に劣情が含まれている場合もあるけど、それは自分の嗜好を肯定しつつ読者の興味を惹き付けておくためで、あくまで目的はカタルシスであるのが、一般的な作品(フィクションに限らない)です。

『無限の住人』は確か五、六年前までは読んでいたが、少なくともその時点では、たびたび登場する悲惨で無惨なシチュエーションは、最終的にカタルシスをもたらすための手段であり、だから広汎な読者に受け入れられるのである。一方『ブラッドハーレー』では、少女たちの無惨な運命は投げっ放しで、カタルシスは用意されていない。劣情を喚起することが最終目的であり、すなわちポルノなのである。もっとも、嗜好が偏りすぎていて、直結で劣情を催す読者はそういないし、催したとしても良識が邪魔して自認できない人もいるだろう。認識されるのは、ただただ陰鬱な、暗澹たる気分である。

 世の中には悲惨なシチュエーションをこれでもかと提示して、「ほーら、悲惨だろう衝撃的だろう」と鑑賞者を暗澹たる気分に陥れて悦に入る作家もいるが、沙村広明はそういう手合いとは違う。つまり「女虐めたいだけじゃねえか」、ラース・フォン・トリアーと一緒なのであるが、トリアーと違って鼻につかないのは、表面を取り繕ったりしないからであろう。トリアーが悲惨さを盛り上げるために仕込んだ要素に、自動反応して感動する観客がいるように、『ブラッドハーレー』の悲惨さを盛り上げるために仕込まれた要素に自動反応して感動する読者もいるかもしれない。でも、ポルノだから。

 単なるSMとはまた違った、「悲惨萌え」というのはポルノの一つの定型といえるかもしれないが(決して詳しいわけではないので、間違っていたら申し訳ない)、「不遇な少女がお金持ちの家に貰われて、幸運を喜んだのも束の間、どん底に叩き落される」というシチュエーションは、昔の少女漫画によくあったような気がする。いや、70年代以前の少女漫画にも詳しくないので印象論に過ぎないかもしれないが、たとえば『キャンディ・キャンディ』の序盤も、どん底というほどではないがこのパターンだよな。

 で、80年代前半くらいまでは「不遇な少女がさらに不幸な状況に陥って、救いも何もなく悲惨な末路を迎える」という短編や中編の少女漫画を、ちらほら見掛けたように記憶している。『ブラッドハーレー』の少女たちの友情や嫉妬、昔の友人からの手紙が実は偽物だった、等の要素は、実に往年の少女漫画的だ。もちろん少女漫画では露骨な性的虐待こそなかったが、ちょっと高めの年齢向けでは性的な仄めかしはあったし、何より共通しているのは「悲惨萌え」である。

 したがって、「定型に忠実かつ、そこからの逸脱」という点に於いて、『ブラッドハーレーの馬車』は「涙のランチョン日記」と同じ系統と言えるだろう。それを両作品とも、このクオリティでやってるから素晴らしいのである。ほんと、よくやるなあ。

『ハルシオン・ランチ』感想

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