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イースタン・プロミス

「クローネンバーグ監督、どんだけヴィゴ・モーテンセンが好きなんだ、っていう映画」だと先に観た友人に聞いていたんだが、本当にそういう映画でした。

 公開前、佐藤哲也氏が「だって『ヒストリー・オブ・バイオレンス』とどう違うんだ」と言わはって、確かに事前情報からするとそんな感じなんで返答に窮したのであるが、実際に観てみると別の意味で返答に窮する。えーと、つまり、『ヒストリー』の時は先にテーマやらストーリーがあって、そこにヴィゴ・モーテンセンという役者を当て嵌めたわけだが、今回は先にヴィゴ・モーテンセンありきだったのである。

 現代ロンドンのロシアン・マフィアの仁義とか血の絆とかいささか非合理的な暴力沙汰とか、民族色たっぷりの料理や音楽、といったものは、2、30年前のアメリカに於けるシシリアン・マフィアと同じ立ち位置で、要するにエキゾティシズム以外の何物でもないんだが、エキゾティシズムというのは考証が不正確だろうが偏見が先立っていようが、紛れもなく一種の魅力である。いくら異文化を「正しく」描いて(或いは、描こうと努力して)いようと、その魅力がなければエキゾティシズムとは呼べない。ここで言うエキゾティシズムとは、受け手にとって完全に未知な、したがってなんの先入観もない文化てはなく、わずかでも存する先入観のその最大公約数(まさしく偏見)を前提として発展させたものである。だから厳正さよりも誇張された、これ見よがしの、いかがわしくさえある魅力なのだ。しかしもちろん、正しくない上に魅力がないのは論外。

 というわけで、ロシアの貧困やら、どっぷりとした運命の重さやら、チェチェン人やらクルド人やらの錯綜といったものは、まあエキゾティシズムの一端でしかないと言える。しかし記憶にある限りではクローネンバーグ作品で料理がおいしそうなのは初めてなので、これはエキゾティシズムの効能であろう。

 ヴァンサン・カッセルは「いい齢して駄目な息子」の役だけど、いい齢といったって40歳よりはずっと若い設定だろうし、そう見える。若作りもしてるんだろうけど。彼のお陰でこの映画はいろいろ救われてる部分があると思う。とはいえ、彼もエキゾティシズムも暴力描写も含めて、すべてがヴィゴ・モーテンセンに奉仕するための機能しか持たされてないんじゃないか、と問われると、やはり返答に窮してしまうのであった。

 そして、そうなんだろうか、そうなんだろうなあ、と思いつつ、楽しく鑑賞してしまった自分に少々困惑している。なぜ楽しいのか、なぜ困惑しているのかよくわからないのも困惑の理由の一つである。今までのクローネンバーグ作品は、例えば『ヒストリー』の「使用前・使用後」みたいなセックスの対比とか、終盤のヴィゴ・モーテンセンの水浴びとか、テーマやらメタファーの描き方というか扱い方が鼻につくことが多かったんだが、今回はテーマもメタファーも何もなくてよかったんだけどね。それだけでこんなに楽しくはならないだろ。楽しそうやなあクローネンバーグ(これだけは確実だ)、と思うと私も楽しいんだろうか。いや、なんていうかその、えらいすんません。

『危険なメソッド』感想 クローネンバーグ、今度は冷静でした。

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