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ロシア・アヴァンギャルド展

 文化村ザ・ミュージアム。正式なタイトルは「青春のロシア・アヴァンギャルド シャガールからマレーヴィチまで」。何が青春なんかわからんが。

 視覚芸術の鑑賞の基準は、「色(明暗含む)と形(構成)がおもしろいかどうか」に尽きるので、なんたら主義とかなんたら派とかの名称やその理論とかはどうでもいい。それに分野を問わず作品を作ることと理論を捻り出すということは、まったく次元の違う作業だと思うんで、時代を問わずそういうことに一生懸命な人たちに対しては、「ご苦労さん」と言いたい。ようやらんよ私は。まあ方向性を定めるという利点はあるかもしらんけどね、それで自縄自縛に陥るのもしょうもない話だ。

 そういう一生懸命な人たちの作品の中で、異彩を放っていたのがニコ・ピロスマニの作品10点。1862年グルジア生まれ、独学で絵を学び、看板描きなどをやっていたところを、1910年代初め、偶々グルジアを訪れたロシアの画家たちに「発見」され、「ネオ・プリミティヴィズム」の新鋭として中央画壇で紹介された人。
 絵本のような絵、というのが第一印象で、実際、子供の頃こういう画風の絵本(主に外国の民話の翻訳だが挿絵はたぶん日本人)を幾つも読んだことがあるのだが、ピロスマニの絵がそれらの絵本のようなんじゃなくて、それらの絵本がピロスマニの影響を受けていた可能性はある。
「素朴」という言葉は、上から見下した物言いなので使わない。藍とか群青というよりは、ブルーブラックと呼ぶべき黒っぽい青が背景に多用されているが、暗い印象はなく美しい。今回の展覧会では、ほかの画家の作品でも青を使った絵が多かったな。

 ロシア・アヴァンギャルドの時代は、バレエ・リュスのディアギレフの活動時期と重なっている。彼は1906年にロシア絵画の展覧会をパリで開き、それをきっかけにフランスで活動するようになったそうだ。昨年行った展覧会では、ナターリヤ・ゴンチャーロヴァやアレクサンドラ・エクステルなど今回も出品されている画家の作品も展示されていた。
 そういえば、ロシア・アヴァンギャルドの特徴の一つは、女性画家が大きな役割を果たしたことかもしれない。

 バレエ・リュスの舞台美術は、東洋趣味と前衛のどちらか、もしくはその融合だが、ロシア・アヴァンギャルドにもその傾向は共通している。1924年のソ連SF映画『アエリータ』を三分間だけ上映してたんだけど、エクステルがデザインした火星人たちの衣装が実に……。『エピソードⅠ』のアミダラ姫のデザインとか、この系譜と言えるんだろうか。

 今回はロシア・ソ連の20世紀絵画の展示だったわけだけど、昨年はロシアの伝統工芸の展覧会も観た(ロシア皇帝の至宝展)。誰もそんなところまで見ないような細部は精緻極まりないのに全体のバランスが悪いという伝統工芸が、西欧の影響からなのか、18世紀以降は細部の作り込みが疎かになったのに全体のバランスが悪くなったようだ、というのがこの時の所感だったが、その大雑把さは今回観たロシア・アヴァンギャルドにも受け継がれているような気がする。そしてそのまま、ソ連の工業製品へと継承されるわけだな。戦車や人工衛星は作れても日用品はどないも、という。

 ロシア・アヴァンギャルドが頂点に達するのはやはり革命前後であって、つまりは『ミノタウロス』の時代である。同じ時代、同じ国で、一方ではマレーヴィチが白く塗った画面に白い十字架を描いていたりしたわけだ(しかも彼の故郷はウクライナの村である)。フィクションを引き合いに出す妥当性はさておき、この断絶が結局、社会主義リアリズムを生み出す一つの要因となったのは間違いない。

 展示は概ね時代別にⅢ部構成になっていて、最後はやはり「1920年代以降の絵画」ということで、ロシア・アヴァンギャルドの終焉が提示された。
 展示された画家たちの中で、粛清によって殺された人はいないようだが、収容所に入れられた人もいるし(誰だったか失念)、活動を妨害され続けた挙句、スターリングラード包囲戦の最中に餓死したパーヴェル・フィローノフのような人もいる。測量技師となったカジミール・マレーヴィチが33年に描いた具象画(自画像と妻の肖像。印象派風)が痛々しい。
 先に挙げたニコ・ピロスマニが批判に対して反撃せず、数年で画壇を去り、貧困のうちに死んでしまった例からも(1918年という没年は、やはり革命の混乱も関係していたのだろうか)、○○派や○○主義を標榜する画家たちの鬱陶しいほどの屁理屈は、結局それくらい理論武装しなければ、「好きなものを好きなように描く」ことも許されない状況に彼らが置かれていたということなのかもしれない。そして全体主義は、そんな必死の理論武装などいとも容易く圧殺するのである。

 なんの説明もなかったんだが、展示された画家の中に、フランスに亡命後、40年代にアウシュヴィッツで死んでいる人がいた。全体主義芸術の一方の雄が社会主義リアリズムなら、もう一方の雄は「大ドイツ芸術展」である。
 先日観た『アドルフの画集』の舞台も、まさに1918年だった。抽象芸術が繚乱というか爛熟の様相を呈する時代に、げっそりするほど凡庸な写実主義のヒトラーがうろちょろしている話だ。ヒトラーを演じるノア・テイラーが、頬をぴくぴくさせながら、「抽象絵画も描いてみるよ……実は、キュビズムが好きなんだ」と発言するシーンには、ああ、実際にヒトラーも「抽象芸術なんか全然解らん。意味不明だし美しくないじゃないか……でも、やっぱり受けるにはああいう絵を描いたほうがいいんだろうか、いいんだろうな」とか思ったに違いない、と頭を抱えたくなったものである。

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