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パパは出張中!

 エミル・クストリッツァ監督作、1985年。日本で観られる一番古いのんかな。
 彼の作品は『アリゾナ・ドリーム』(1992)『アンダーグラウンド』(1995)としか観たことなかったんだけど、この二作に共通するスラップスティックな要素や幻想的な要素は、『パパは出張中』にはほとんど見られない。それを期待してたんで少々肩透かしの感はあるが、「体制VS無辜の市民」といった単純で解り易い構図に収まらないのは『アンダーグラウンド』と共通している。

 六歳の少年マリクの視点を一応の中心として展開していく。マリクの父メーシャはある日突然逮捕され、収容所に入れられる。本人にも周囲にも、なぜ逮捕されたのか解らない。それだけなら、よくある「巨大な機械のような非人間的な体制」不気味さを描いているかのようだが、実はものすごく人間的というかしょうもない理由によるものであることが、観客には明らかにされている。
 メーシャは出張を利用して愛人と逢引していたのだが、その時、彼女の前で体制批判と取られかねない言葉を口にしてしまう。それを彼女がメーシャの義理の兄に漏らし、その義兄が秘密警察だったので逮捕に繋がったのである。
 メーシャは結婚を餌に愛人を繋ぎ止めていたのだが、彼女はすでに弄ばれることに疲れ果てていた。だから、彼の「体制批判」を秘密警察に「ついうっかり」漏らしてしまったのは、意趣返しのつもりがあったのは確かだろう。最悪の結果に至る可能性には目を瞑ったのだ。
 一方、メーシャの義兄も、見逃してやるかもっと軽い処罰で済ませることもできたはずである。具体的なことは明らかにされていないが、彼は義弟を少々煙たく思っていたようだ。しかもメーシャの愛人に気があったので(その時点で二人の関係に気づいていたのかは不明だが)、彼女の「密告」に渡りに船とばかりに飛び付いたのだ。

 ほんの些細なことで一つの家族の生活を破壊してしまう体制は非人間的だが、それを動かし、支えているのはごく普通の人々なのである。その事実のほうが、なんだかわからない「巨悪」よりもよほど不気味で恐ろしい。
 そしてメーシャも、どうやら自分の女癖の悪さが絡んでいるらしいと薄々気づいていながら、喉元過ぎると女漁りを再開する。男も女も被害者も加害者も、皆しょうもない。ところで、メーシャの妻が、帰宅した彼のハンカチがなくなっているのを「浮気の証拠」とするのだが、やっぱり『ミノタウロス』と同じ使い方をしたんだろうか。

 民族や文化は非常に混沌としていて、マリクの一家はムスリムだが、それと気づかせる要素はほとんどない。民族が絡んだ問題も出てこない。流れ続ける音楽は、ジプシーブラスではなく、アコーディオンによる「美しき青きドナウ」である(ただし、少々エキゾチックなアレンジだ)。
 映像には、少々引っ掛かりが。なんていうんだろ、お手本どおりというか、並んで座る人々とか、走り出す引越しのトラックとか、情事とか、ことごとくの場面で「こう撮るだろうな」という予想どおりに撮られている。しかも全体にぎこちなさが透けて見えて、いっぱいいっぱいなのだろうな、と思わせる。長編二本目じゃ仕方ないんだろうけどね。

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