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ホアキン

『グアルディア』の裏主人公。なぜ「裏」なのかというと、悪役だから。

 2627年8月、自治都市エスペランサ(現在のメキシコ・ベラクルス市の北)で生まれる。『グアルディア』第一章の時点(2643年9月)で16歳。父クリストフォロ・ドメニコは不老長生の遺伝子を持つ「メトセラ種」であり、エスペランサ市科学技術庁所有の「実験体」であると同時に、科学技術庁ひいてはエスペランサ市の影の支配者という奇妙な立場に在った。ホアキンもメトセラ因子を持つが、まだ16歳なので少なくとも不老長生の影響は現れていない(免疫力、治癒力等が非常に高く、人並み外れて頑強ではある)。

 メトセラの特徴の一つに不妊があり、年齢が高くなるほど生殖能力は低下する。そのため、クリストフォロ・ドメニコの息子たちはすべて凍結保存された精子から作られている。ホアキンの場合、卵子も凍結保存されていたものであり、体外受精によって代理母から産まれている。里親(おそらく代理母)によって、ごく普通の家庭で育てられたが、十歳の時に里親が死亡。実父クリストフォロに引き取られる。クリストフォロは、知性機械サンティアゴの生体端末アンジェリカたちの養父にして護衛、そして愛人だった。彼の許で幼いホアキンは、アンジェリカⅦと出会う。

 翌2638年、クリストフォロは息子の一人によって殺害される(享年160歳)。その際の経緯から、ホアキンは父の死に負い目を感じ続けることになる。
 クリストフォロの死後、アンジェリカⅦは「アンヘル」と名乗り、科学技術庁に叛旗を翻す。レコンキスタ軍総統として征服活動を進めていく過程で、彼女は幾度もホアキンを去らせようとする。2642年夏にグラナダ(現在のコロンビア北部およびパナマ)を征服した直後、クリストフォロの称号(非公式なものだが)だった「グアルディアguardia(守護者)」を名乗るよう命じたのも、14、5歳の少年が偉大すぎる父の称号を受け継ぐプレッシャーに負けることを期待したためであろう。

 アンヘルのそうした行動は、ホアキンを戦争や陰謀に巻き込みたくなかったためである。それは彼個人への好意からではなく、必要もないのに子供を巻き込むことへの嫌悪からだ(必要があれば躊躇わず行う)。それと、ホアキンの「父の死への負い目」が向けられる対象は必然的にアンヘル自身となるため、鬱陶しかったのだろう。少なくとも彼女自身は、そう解釈している。

 幼い少年の「負い目」は、やがてアンヘルへの忠誠とも恋慕ともつかない感情へと変わっていく。ユベールいわく、「まるで蹴飛ばされても付きまとう犬っころ」。しかし絶対服従の割には、しばしば口答えしたりツッコミを入れたりする(そしてまたいじめられる)。

 クリストフォロを知る者によれば、ホアキンは父と非常によく似た容姿を持つ。浅黒い肌、暗褐色の髪と瞳、長身など。イタリア系とはいえ混血は相当進んでいるはずだが、少なくとも地中海人種的な顔立ちだろう。幼少時は小柄だったが、16歳の時点では並みの大人より高くなっている。ただし、人種的にも栄養状態からいっても平均身長が低い社会なので、「長身」も相対的。「手脚ばかりひょろ長くて頼りない」印象がある。
 母親(卵子提供者)は白い肌、赤褐色の髪、榛色(緑褐色)の瞳など、北方系の形質が優勢だったが、顔立ちも含めて少しも似ていない。しかし同母兄のラウルによると、笑顔は父よりも母に似ているとのこと。不細工ではないけど美少年でもないと思う(が、読者の方々の判断にお任せします)。

 作中では、レコンキスタ軍の軍服(戦闘服ではなく常装タイプ)で登場することが多い。軍服(陸軍)の色はカーキ色と定められているが、ホアキンは一人だけ青灰色を着用している。作中、空軍や海軍(どちらも陸軍より規模が小さく、二次的な存在)の軍服の色には言及されていないが、全軍中、青灰色の軍服を着用するのはホアキン一人である。彼が軍を去ることを望むアンヘルが、より孤立感を深めさせようと行った配慮(嫌がらせ?)であろう。
 なお、総統アンヘルに次ぐ地位に在る総司令官ユベールは黒い軍服を着用するが、こちらは本人の権限(趣味)である。

 ホアキンJoaquínというスペイン語名は通称(愛称)で、正式な名はジョアッキーノ・ドメニコGiocchino Domenico。イタリア語名である。祖父グイド・ドメニコがアルゼンチン出身のイタリア系だったため、その血を引くメトセラはすべてイタリア語名を付けられる慣習となった。しかし26、27世紀のラティニダード地域(中米および南米北部)では、イタリア語はとうに消滅しており、これらメトセラたちのイタリア語名は、個人名というよりは実験体に付ける「個体識別名」の意味合いが強い。
 ユベールはフランス語訛りで「ジョアキンJoachim」と呼ぶ。

 クリストフォロの子や孫たちの中には、実母や里親によって普通の家庭で養育された者も少なくない。彼らはイタリア語名に対応するスペイン語名で呼ばれて育ったと思われる。だがクリストフォロは常に彼らに距離を置き、イタリア語名でしか呼ぶことはなかった(中にはラウルのように、イタリア語形でもスペイン語形でも発音が同じ名もあるが)。
 しかし末の息子に対しては、手許に引き取ってからはごく普通の父親のように接し、「ジョアッキーノ」ではなく「ホアキン」と呼んだ。

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 どの辺が悪役なのかというと、以下ネタばれ注意。

『ラ・イストリア』は『グアルディア』より書かれたのは後だが構想は先にあって、「壊れていく少年ヒーロー」像としてのフアニートは、ホアキンのいわば原型である。『グアルディア』の執筆時(刊行時も)、『異形の守護者』(『ラ・イストリア』の本来のタイトル)を書けて、その上刊行できるなんて思いもしなかったものです。
 ホアキンが一人だけ色の違う軍服を着ているのは、上記のような物語上の理由のほか、もう一つ理由がある。近年はそんなこともないんだろうけど、昔のヒーローアニメでは主人公およびボスキャラは、しばしばチーム(組織)の中で一人だけ色やデザインが違う制服を着ていた。それに準じているのである。アンヘルが一人だけ白いスーツなのも同様。
 またホアキンが16歳なのも、『ガンダム』一作目でアムロ・レイが16歳だったから。いや、私は16歳だと記憶してたんですが、公式設定では15、6歳と、はっきりしないようですね。ともあれ、リアリティを追求するなら、『グアルディア』の舞台となる社会に於いて16歳はあそこまで子供扱いはされない(若造扱いはされても)と思うのですが、「少年ヒーロー」である以上、ホアキンは16歳でなければならなかったのです。

 ただしホアキンが少年ヒーローとなっていくのは中盤以降で、前半の役回りは「子供キャラ」。つまり、大人(年上)のグループの中で、一人(~三人)だけ子供で、しばしば足手まといになり、そのうえ無謀な行為でさらなる迷惑を掛け、にもかかわらず「役に立ちたかったの」とか泣いて謝ればあっさり赦される(「泣いて謝る」が省略されることすらある)奴らのことである。
 ホアキンの場合、ヒロインを救出しようとして窮地に陥るのだが、ヒロインがアンヘルだったため逆に救出された上に、「泣けば赦されると思ってんじゃねーぞ、クソガキが」と踏まれる(貫通銃創を)。この事件が、やがて彼をより徹底した自己犠牲へと追い込んでいくのである。

 一般に美しい行為とされる純愛や自己犠牲だが、それを突き詰めた結果の無惨さ、醜悪さを体現したのが、ホアキンというキャラクターであると言える。ヒロイックな(とされる)動機によって彼が変身するのは、全身が焼け爛れたような無惨な外見を持つ「ヒーロー」であり、その超常の力によって行うのは陰惨な殺戮でしかない。
 フアニートもまた純愛と自己犠牲のキャラクターである。彼の場合、偶々ホアキンよりも負の面が表に出なかったに過ぎない。
 純愛と自己犠牲の醜悪さを最も端的に体現しているのは、『ラ・イストリア』のクラウディオである。ただし彼の自己犠牲は「無私」ではない点が、ホアキンとフアニートとは異なる(もちろん、無私ならいいというものではない)。

「表」主人公のJDと「裏」主人公のホアキンは、いわば表裏一体の関係にある。だからJoaquin Domenicoなのであり、また完全に同一ではないので、正式な名はGioacchino Domenicoなのである。なお、物語上では頭文字の一致は単なる偶然に過ぎない。
『ラ・イストリア』のフアニートJuanitoとホアキンの関係は上述のとおりだが、頭文字の一致に特に相関はない。フアニートの正式な名はJuanで(作中でも一度そう名乗っている)、これは英語のJohnに当たる非常に平凡な名であり、フアニートというキャラクターの「無名性」を表している。またスペイン語縮小辞-ito、-itaは日本語の「ちゃん付け」に相当し、親しみと同時にやや軽んじたニュアンスをも加える。

 後半、ホアキンは二度、アンヘルをMi Ángelと呼ぶ。miは敬称として使われることもあれば、そのまま「私の」「愛する」という意味でも使われる。

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