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ヴィオラ弾きのダニーロフ

 V・オルローフ作、1980年発表。邦訳は群像社から92年刊。

 悪魔をはじめとする魑魅魍魎の魔界(呼び方はいろいろだが)が人間界とリンクしていて、しかもお役所として機能している、という構図は、現代ロシア・ソ連文学では確固たる伝統となっているらしい。これまで読んだものだけでも、ストルガツキイ兄弟の『月曜日は土曜日に始まる』(60年代)、最近のではルキヤネンコの『ナイトウォッチ』シリーズがある。ペレーヴィンの短編「ゴスプランの王子様」も、この系列に加えていいだろう。
 お役所としての「魔界」は、言うまでもなくソ連の官僚機構のメタファーであり、それがソ連崩壊後も綿々と受け継がれているところを見ると、伝統というよりほとんどトラウマなんじゃないかと思われる。

 主人公のダニーロフは、モスクワの放送局のオーケストラに所属するヴィオラ奏者だが、実は追放された悪魔である。追放されたといっても、悪魔の力は好きなだけ使えるのだが、それを潔しとせず、借金や公共料金の払い込みや買い物の行列や前妻の厚かましい要求に甘んじている。
 そんな彼にある日、魔界からの呼び出しの通知がもたらされる。罪状も、いつ呼び出されるのかも不明である。そんな宙ぶらりんの状態で、彼は相変わらず借金や公共料金の払い込みや買い物の行列や前妻の厚かましい要求に甘んじる。苦労して手に入れた3千ルーブルもするヴィオラを、魔界からの嫌がらせで盗まれてしまうが、取り戻すために悪魔の力を使うこともなく、また警察に紛失届けを出すのもズルズルと先延ばしにする。クリーニングに出したズボンも、いつまでも取りに行かない。

 700頁にも及ぶ長編だが、構成にぶれがないし、細部の作り込みが非常に丁寧で飽きさせない。これまでに読んだ(つっても高が知れてる量だけど)20世紀以降ののロシア・ソ連文学の中では一番おもしろかった。
 官僚機構の陥穽に嵌まってしまった主人公の苦境だけでなく、彼の音楽家としての求道(悪魔ではなく、人間として)もなかなかおもしろかった。当然、音楽に関する記述が多いんだが、知らないロシア・オペラのタイトルがいっぱい出てくる。現在でもロシアで上演されているオペラのうち、日本で知られてるのはごくわずかだというのは本当なんだなあ。

 ところでこの作品には、ダニーロフの恋人の一人として「卑弥呼」というキャラクターが登場するんだが、明らかに作者は『魏志倭人伝』の内容を知っている。「持衰」まで登場するのである(訳では「犠牲」となっていたが。原文が「犠牲」だったんだろうけど、「ヒミコ」じゃなくて「卑弥呼」としてるんだから、「持衰」と訳してもよかったんじゃなかろうか)。
 それなりに知識がある上で敢えて歪曲したジャポニズムを展開する、という姿勢は、ペレーヴィンの『チャパーエフと空虚』にも見られる。どっから来てるんだろうか。まあペレーヴィンの「満開の桜の葉擦れ」とか、「十条から一条へ向かうと朱雀門が」というのはたぶん本気で間違えてるんだと思うけど。

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