JD(2190~)
『グアルディア』の「表」主人公。
2540年、メキシコ北部の東シエラ・マドレ山中に、「北」から現れる。「JD」という名以外、自身に関する記憶をすべて失っていた。黒い髪と瞳、赤銅色の肌を持つ20代半ばの青年。中南米の住民は、その容貌から彼を先住民(作中ではインディオと呼ばれる)と白人の混血と見做すが、実際のところは不明。
サン・ヘロニモ村の農夫ミゲルの家に招かれ、ミゲルの娘で十一歳のカルラと出会う。しかし間もなく、村を逐われることになる。サン・ヘロニモ村より北には、災厄で荒廃した不毛の沙漠が広がり、そこを越えてやってくるものは、人の形をしていようと獣の形をしていようと、すべて怪物だと信じられていたからである。
JDはカルラとともに北へ向かい、消息を絶つ。それから103年後の2643年、少しも変わらない青年の姿のまま、5、6歳の少女カルラとともにアンデスの赤道地帯に姿を現す。
『グアルディア』の世界では、「正常」の基準から外れた外見や能力を持つ人や獣を「変異体(ムタシオン、mutacion)と総称する。「変異体」の中には、大災厄以前に造られた遺伝子改造体の末裔で、特異な能力を持つ者も少なからずいる。しかしJDとその「娘」となったカルラは、そうした異能の変異体たちを遥かに凌駕する力を持つ。
2540年以前の記憶を失っているとはいえ、それ以降の百年以上にわたる記憶は、彼の人格にほとんど影響を及ぼしていない。そのため肉体同様、精神も老いることがない。言い方を換えると、成長しないのである。
物事をあまり深く考えない性格で、これは「娘」のカルラも同様。ただしカルラのほうが主体性があり、どこへ行き、何をするかを決めるのはほとんどの場合、彼女である。唯一、JDの主体的な望みといえるのが、己の過去の探索である。レコンキスタ軍総統アンヘルが「知性機械」サンティアゴを降臨させるという噂を聞き、過去への手掛かりが得られるのではないかと期待する。
しかし切実に過去を追い求める一方で恐れているようでもあり、そのため直接アンヘルを訪ねるのではなく、サンティアゴが降臨するというギアナ高地へ向かうという迂遠な手段を取ることになる。
以下、ネタばれ注意。
JDの正体は、旧時代の遺伝子工学で生み出された兵器「生体甲冑」の着用者である。侵蝕が進み、生体甲冑と一体化してしまっている。ただし、JDは生体甲冑の存在を自分とは別個の「かれ」として認識している。
東シエラマドレ山中で目覚める以前の記憶を失ったのは、生体甲冑による侵蝕の影響と思われる。失われた過去の探索が、彼自身とカルラに悲劇をもたらすことになるのだが、その過去はそれだけの代償に値するとは言い難いものだった。
人間に奉仕するために造られた奴隷種が、JDの前身である。彼ら奴隷種は人間の細胞をベースにしているが、遺伝子を大幅に改造されているため、「亜人」と呼ばれた。人工子宮での促成培養によって、わずか一年で十代半ばまで成長させられる。二十代半ばというJDの年齢は、おそらく生体甲冑に侵蝕された当時の年齢であろうから、製造されてから十年ほどしか経っていなかったことになる。
亜人は用途に合わせてさまざまな種類が生産された。アンヘルは、JDが兵士だったと推測している。
実は、JDは最後まで記憶を取り戻さない。しかし彼が亜人であった決定的裏付けとなるのが、彼が憶えていた(思い出した)「認識番号」である。亜人を「人間扱い」するのは禁じられており、個人名を与えるのも禁止事項の一つだった。亜人各一体に付けられた製造番号が、名前代わりの認識番号となる。通常は最初の二文字か三文字で呼ばれた。JDの認識番号は、JDNW9418MSM46。
『グアルディア』のあとがきで、「JD」の読みがスペイン語でも英語でもどっちでも構わない、と述べたのは、つまりそれが単なる番号/記号に過ぎないからである。だからJとDに該当する表音文字を持つ言語であれば、フランス語でもイタリア語でもドイツ語でも、はたまたペルシア語でも構わないのである。舞台からするとスペイン語が妥当なんだけど、それはあんまりお勧めしないというか、JDのスペイン語読みは「ホタデー」だというのは、ここだけの話ですよ。
亜人、それも兵士であった傍証の一つとして、「MADRE(マドレ、スペイン語で「母」)の夢」がある。東シエラマドレ山中で目覚めて以来、JDは睡眠時には常に同じ夢を見る。「何か柔らかくてあたたかいもの」に包まれる、映像も音も伴わない、イメージだけの夢である。
これは、過酷な環境に置かれた亜人兵士の精神崩壊を防ぐために、条件付けされた夢だった。JDの場合はイメージだけだが、個体によってはMADREを「金髪碧眼の美しい女性」として夢見た。この女性は、すべての亜人の「生みの母」である人工子宮の内膜組織への素材(細胞)提供者、通称「コンセプシオン」である。
JDは、コンセプシオンの姿を夢見ることこそなかったが、彼女の情報は与えられていた。彼が「金髪碧眼の美しい少女」カルラに一目で恋したのは、彼女に「コンセプシオン」のイメージを重ねたからだ、というアンヘルの指摘は、おそらく正しいのだろう。とはいえ容姿の類似は単なる偶然であり、カルラが「コンセプシオン」の子孫だとか、そういうわけではない。
生体甲冑は、着用者の遺伝子を組み換えるのではなく(欠陥を修復することはある)、遺伝子の発現の仕方を変える。その能力の延長として、JDは自らの容姿を多少変化させることができる。作中では色素の濃淡を変えただけだが、顔立ちや体形の変化も可能。
亜人は人間との区別のため、外見にも改造を加えられていた。JDもかつては人間離れした容貌だったと思われるが、遺伝子発現を調整することによって、ごく普通の人間の姿を取っている。或いはそれが本来の彼の姿かもしれない。
JDが物事をあまり深く考えないのは、生体甲冑の自己防御機構によるものだが、亜人の精神に掛けられていた抑制により、思考や感情が単純化しているのも要因の一つだろう。彼はカルラを深く愛しているが、それが父親としての愛なのか恋人としての愛なのか区別していない。
2202年に始まった第一次南北アメリカ戦争は、およそ二世紀振りに大量の「市民」(亜人でない「人間」)が犠牲となる大惨事となった。違法に使用された生体甲冑が暴走したためである。着用者とされたのは当然ながら亜人兵士であるが、どうやら一体だけだったようだ。これがJDであった可能性がある。
「状況証拠」としては、亜人の製造は大災厄初期に停止してしまうので、生体甲冑の着用者となった亜人の数は限られること、第一次南北アメリカ戦争時の生体甲冑(着用者)が消息を絶った場所(サカテカス南西30キロ)は、2540年にJDが目覚めた場所に近いことが挙げられる。
ただしアンヘルはJDを「生体甲冑開発の実験体」だった、としている。これが単なる憶測なのか、それともなんらかの情報に基づいた上での断定なのかは不明。
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