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対極――デーモンの幻想

「天山山脈」のキーワードで見つけた小説。著者は「青騎士」の一員で、版画家・素描家のアルフレート・クービン。彼の唯一の小説だそうである。挿絵も本人が手がけている。

 物語の舞台は、一人の富豪がヨーロッパから遠く離れた秘境に建設した、閉ざされた小国である。明らかに著者は、天山にも中央アジアにもまったく関心はなく、「アジアの秘境」ならどこでもよかったようだ。天山および中央アジアへの言及が非常に少ないにもかかわらず、いろいろ間違いだらけなのも、無知や怠慢以上に無関心が主たる原因だろう。天山を「ミュンヘンと同緯度」とするような間違い方からすると、確信犯的にやったとも思えない。

 どこでもよかったんだが取り合えず天山を選んだ理由は、これが発表された1908年(執筆と挿絵に掛けた期間は約4ヶ月)は、ちょうどドイツのトルファン探検隊派遣(1902~)の最中だったからだろう。報告書等は読んでなさそうだ。

 作品全体の印象は、山尾悠子を思わせた。閉鎖的な国/街を舞台にした幻想小説、というだけでなく、意外にグロテスク且つスラップスティックであることも。翻訳文をリライトするんだったら、『白い果実』よりこっちのほうが合ってると思う。

 日本語訳の初版は、1971年。訳文自体は問題があるわけではないが、前半のひたひたと迫ってくる異様さ、後半の狂騒を伝えるには少々物足りない(だから、山尾悠子の文体だったら、と思わずにはいられない)。それと、翻訳者に原著者以上の知識を常に求めるのは酷かもしれないが、だからといって原著者の無知と怠慢に翻訳者が倣っていいということはない。
 この訳者がそうだとは言わないが、とりあえず「ジョージア人」はないんじゃないの、と思うのであった。

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