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ククーシュカ

 サブタイトルはスルー。フィンランドがナチス・ドイツと組んでソ連と戦っていたラップランド戦争(1944-45)の最中。夫を軍に連れて行かれ、一人で暮らしている先住民女性の許へ、フィンランド人とソ連人の兵士が転がり込む。彼らは互いにまったく言葉が通じない。

 兵士二人は、どちらも主人公足りうる資質を備えている。ソ連兵はメランコリックな性格の中年で、タクシー運転手の息子だが、詩を書いたりするインテリで、階級は大尉だが肺(たぶん)を病んでおり、離婚暦も含めて女にはふられてばかりで、若造の中尉がでっち上げた罪状により逮捕され、人生に絶望しきっている。連行される途中で車が自軍の飛行機に誤爆され、先住民女性アンニに救出される。悲劇的でロシア的な主人公の条件を満たしていると言える。

 一方、フィンランドの若い兵士は、ノルウェーの大学に在籍していた平和主義者で、徴兵されたものの非協力的なので、制裁として岩に鎖で繋がれ置き去りにされる。その際、御丁寧にもナチの軍服を着せられる。ソ連軍はフィンランド兵の投降は受け入れるが、ドイツ兵は問答無用で撃ち殺すらしい。
 ただし仲間たちは狙撃銃と銃弾数発、若干の水と食糧を置いていってくれたので、彼は絶望に沈むことなく、早速自力救済に取り掛かる。眼鏡のレンズを外して松脂で貼り合わせ、隙間に水を入れた即席の発火装置で植物を燃やし、鎖を繋ぐ鉄の杭を打ち込んだ岩を熱する。そこへ水を掛けると、岩が薄く板状に割れる。その作業を丸一昼夜、根気よく繰り返し、最後には銃弾の火薬も使って、杭を抜くのに成功する。
 鎖を足から外す道具を借りるため、偶々見つけたアンニの家に立ち寄り、件のソ連兵と鉢合わせになる。敵意を剥き出しにするソ連兵(軍服のせいでドイツ兵だと思っているので)にナイフで切り掛かられても遣り返したりせず、トルストイやドストエフスキーを引用して友好を説き、本で読んだだけの知識で(岩を割った遣り方もそうなのであろう)、立派にサウナをこしらえる。人徳と知性と実行力とを兼ね備えた、申し分ないヒーロー像である。

 どちらか一人だけがアンニと出会う物語だったら、「文明の男」と「野生の女」の正統的な上にも正統的なラブロマンスが成立しただろう。言葉が通じないというのは、この場合まったく問題にならない。それが言葉の通じない男がもう一人増えた途端、間抜けな上にも間抜けな状況が出現するのである。

 アンニは小柄な可愛らしい女性で、とにかくよく働く。フィンランド兵は、乏しいはずのアンニの蓄えを心配したりするものの、サウナを造るのに彼女の貴重なドラム缶を使ってしまい、怒られているのにも気づかず得意満面である。仕事を手伝おうとするのはいいが、彼女が苦労して運んだ丸太をどこかへ持っていってしまったりと、役に立たないこと甚だしい。
 ソ連兵はというと毒茸を大量に採ってきて(ロシア人は茸が大好物なのだそうだ)、アンニの制止を聞かずに、というか制止だと気づきもせずに食べてしまう。アンニが作ってくれた解毒剤が効いて腹を下し、自分が危ない目に遭ったことも気づかないまま、彼女が憎きナチ野郎といい仲になっていることと自らの人生を果てしなく嘆き悲しむ。これってロシア制作だから、セルフ・パロディだよな。

 男が二人に増えたことによって引き起こされた間抜けな事態もあるにはあるが、むしろ二人に増えたことで状況が相対化され、「文明の男」の無能振りが顕在したと言える。
 だからつまり、『ダンス・ウィズ・ウルブス』とか、未見だけと『ポカホンタス』(『ニュー・ワールド』も)とかも、よりリアルに表現すればこんな感じだったってことだろうね。

『収容所群島』によると、フィンランド帰りの兵士たちの多くが収容所送りにされたそうだから、フィクションとはいえソ連兵イヴァンのその後が気に掛かるところである。

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