キルケー・ウイルス
基本設定の一つ。大災厄の元凶とされる。
22世紀末から、世界各地に新種の病原体が次々と出現する。それらはいずれも感染性と病原性が高く、また変異の速度が非常に速かった。治療も予防も追いつかず、社会は混乱に陥る。やがて、病原体の変異がウイルスによってもたらされていることが明らかになる。そのウイルスは種の壁を易々と越えて感染対象を拡大し、宿主の遺伝子を取り込んで自らも変異しながら、宿主の遺伝子を変異させる。さらには異種のウイルスの遺伝子組換えも行う。
2139年、遺伝子管理局は最高権力組織である「管理者たち」の名義で、この「変異をもたらすウイルス」の存在を発表。ただし上述の特質から、「変異をもたらすウイルス」の祖型(野生株)を突き止めることは、もはや不可能となっていた。管理者たちは、想定される祖ウイルスを「キルケー・ウイルス」と名付けた。厳密には、キルケー・ウイルスは仮説的存在に過ぎないと言える。
キルケーKirkeはギリシア神話に登場する魔女で、太陽神ヘリオスの娘。同母姉妹はミノタウロスの母パシパエ、姪はメディアである。『オデュッセイア』ではアイアイエ島に住み、人間を豚などの動物に変える。
キルケー・ウイルスという名が、生物を変異させる、という意味で付けられたのは確かである。2139年の時点ではせいぜい微生物間の遺伝子攪拌が確認されているだけだったが、おそらく管理者たちは遺伝子攪拌が高等動植物にも及ぶこと、すなわち人間の遺伝子に異種生物の遺伝子が混入されることをも見越していたのだろう。
「人が人でなくなる」ことへの恐怖は、やがて人類に浸透し、際限ない殺し合いへと発展していく。
『グアルディア』でも『ラ・イストリア』でも、シンクレティズムについてあれこれ与太を飛ばしている。シンクレティズムsyncretismというのは重層信仰と訳されるけど、「共に」「同時に」といった意味を付与する接頭辞syn-が示すように、要するにちょっとでも似たところのあるもの(神格)は、文化や時代の違いなど無視してどんどん結び付けよう、という思考様式である。属性が似てるくらいならまだしも、まったくの偶然で名前が似てるから、という語呂合わせで結び付けられる場合もあって、どこまで本気で信心してたのか疑いたくなる事例が多い。だから、作品中の記述も与太以外の何ものでもないのである。
「一にして多、多にして一」、彼我の境界をも曖昧にするシンクレティズムは、このシリーズに於ける通奏低音ともいうべき現象であり、キルケー・ウイルスはシンクレティズムを生物学的に実践する媒介物といってもよい。
またシンクレティズムに於いては、結び付けられるのは「似たもの同士」に限らない。正反対の要素を持つもの同士は表裏一体、すなわち一つであると見做される。
絶対平和すなわち人類の黄金時代を支えたのは、知性機械と人工子宮である。知性機械が天空から人類を見守り(=監視し)、管理してきたのに対し、人工子宮は地上にあって人類を育み慈しんできた。22世紀後半には、「市民」たちの出産も母体ではなく人工子宮からが一般的になっており、人工子宮は文字どおり人類の母となっていた。
コンセプシオンの名で呼ばれた人工子宮はキルケー・ウイルスによって喰らい尽くされ、絶対平和は終焉した。清らかな(何しろ「処女懐胎」する)慈母コンセプシオンと、貪欲な魔女キルケーは、まったく正反対な存在である。すなわち、彼女たちは表裏一体だとする見方も可能になる。
関連記事: 「遺伝子管理局」 「大災厄」 「絶対平和」 「知性機械」 「コンセプシオン」
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