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『戦争と平和』を楽しく読む

 佐藤亜紀「アナトーリとぼく」(『激しく、速やかな死』所収)をサブテキストに、トルストイの『戦争と平和』(藤沼貴・訳 岩波文庫 全6巻)を読む。
 もしくは、『戦争と平和』をサブテキストに「アナトーリとぼく」を読む。

『戦争と平和』は、1805年と1812年のロシアとナポレオンの戦争を中心に描いた大河小説で、1869年に完成した。全6部(各部3~5篇に分かれる)+エピローグ。
「アナトーリとぼく」は、『戦争と平和』を「くまのミーシカ」の視点から語った短編である。「くまのミーシカ」に該当する熊は、『戦争と平和』第1部第1篇6にのみ登場(名前は呼ばれていない)。なお「ミーシカ」はロシア語で熊の愛称。
 当時のロシアではフランス語で会話し読み書きするのが貴族の嗜みとされており、『戦争と平和』の登場人物の一部もフランス名で呼ばれている。
「アナトーリとぼく」ではこれらのフランス名はロシア名に戻されている。「アナトール→アナトーリ」「ピエール→ペトルーシャ」「エレン→エレナ」
 
 アナトール(アナトーリ)は、主人公ピエール(ペトルーシャ)の親戚であり、熊、そして居候の士官ドローホフとともに登場する。このエピソードは、「アナトーリとぼく」の第1節でほぼ忠実になぞられている。
『戦争と平和』で熊の出番は上述のようにこの一場面だけだが、この時熊とともにピエールたちが起こした騒ぎがあまりに度が過ぎていたので、その後幾度か言及される。
 この後、ピエールは父であるベズーホフ伯爵の死によって莫大な遺産を継ぐことになるが(それは「アナトーリとぼく」でも触れられる)、舞台は戦場に移り、ピエールもアナトールも出征していないのでしばらく出番はなくなる。
 
 第1部第3篇1、2(文庫第二巻序盤)でピエールとアナトールの姉妹エレン(エレナ)との結婚、3~5でアナトールの求婚が語られる。「アナトーリとぼく」第2節に当たるのはこの辺である。

 アナトーリが「ぼく」とともに父親に連れて行かれた「はげやま」には「こうしゃく」が住んでいたが、これは「ボルゴンスキー公爵」のこと。その領地の名は、藤沼氏の訳では「ルイスイエ・ゴールイ」と音写してあるだけだが、ルイスイエは禿げ、ゴールイは山(複数形)。
 ボルゴンスキー公爵は、アナトーリをその父親の「教え子」(「アナトーリとぼく」では「義理の息子」)呼ばわりする(これは明らかにこの親子を侮辱するためだが、なぜその言葉を選んだのかは、両作品とも、よくわからないとされている)。
 求婚が不首尾に終わる顛末について、『戦争と平和』と「アナトーリとぼく」の間に食い違いはない。ただ、「くまのミーシカ」がいるかいないか、だけである。

 この求婚の失敗から舞台は再び戦場へ移り、アナトールもピエールも出番がなくなる。
『戦争と平和』では、まず第2部第1篇2で、噂話としてピエールとアナトールの共通の知人であるドローホフとエレン(ピエールの妻)の関係が言及される。次いで4でピエールはドーロホフに決闘を申し込み、5で決闘の顛末が語られる。6でピエールはこれまでの夫婦の関係を省みて独白する。
 10~16では、ドーロホフが決闘が縁で親しくなったロストフ伯爵の息子ニコライの許に出入りするようになる。ニコライの従妹ソーニャに惚れたドーロホフは求婚するが、拒絶される。この件でニコライを逆恨みしたドーロホフは、賭けでニコライから4万3千ルーブリ巻き上げる。
 この間、アナトールは出番もなく、言及も(ほぼ)されない。

「アナトーリとぼく」の第3、4節は、この決闘の前後に当たる。
 第3節では、『戦争と平和』との明確な相違が初めて現れる。エレナが弟アナトーリ(『戦争と平和』では、序盤で言及された時にはアナトールが弟のように読めるが、以後は兄となっている)に結婚生活の不満をぶちまける場面である。
『戦争と平和』に該当の場面はないが、佐藤氏による創作、というわけではない。ピエールの独白等、全編にわたって拾い上げた多数のパーツから忠実に組み立てられている。
 ピエールがエレンを疎ましく思うのは、ほかでもなく彼女に愛情ではなく欲情しか感じないからであり、彼がそうなってしまうのは、ほかでもなく彼女が「堕落した女」だからなのである。なぜ彼女がそうなのかといえば、ほかでもなくピエールを欲情させるからなのである。
 さすがにそれだけでは根拠薄弱だとピエールも思うのか、彼女は頭が悪いとか(具体的な例は挙げられない)、下品だとか、アナトールと近親相姦疑惑があったとか、いろいろ並べ立てている。
 また、「あなたの子どもはできない」というエレンの謎のような言葉は、彼女がピエールの子を堕ろした可能性を示唆している。

 この第3節は「アナトーリとぼく」全体からすると、いささか特異だ。まず目に付くのは、ほとんどエレナの台詞だけで成り立っていることである。
 次に気が付くのは、「ぼく」の不在である。前後の第2節と4節でも、ぼくは完全に傍観の立場なのだが、ともかくアナトーリの傍にいることは示されている。
 第3節は、文体も違う。ほかの場面と同じく平仮名だが、地の文(台詞を除いた部分)の占める量はわずかとはいえ、「ぼく」の視点による文体とははっきり異なる(「ごくごくのんだ」というような表現はあるものの)。

 第4節では決闘はすでに終わっており、ドーロホフによってその次第が語られる。聞き手はアナトーリと「ぼく」である。この場面は『戦争と平和』にはないが、決闘の顛末に関しては相違はない。ただし、それ以外の細かい点がいろいろ違っている。
 まず、時系列が異なっている。上述のとおり、ドーロホフが振られた逆恨みでニコライ・ロストフから大金を巻き上げるのは、『戦争と平和』では決闘の傷が癒えてからだが、「アナトーリとぼく」では決闘の前ということになっている。
 ここでニコライ・ロストフはドーロホフに「しりあい」とだけ呼ばれている。しかしドーロホフは決闘を申し込まれた時、『戦争の平和』と同じく「ロストフのわかいやつ」と一緒にいた、と言っている。大金を毟り取ってしまった後まで、ニコライ・ロストフとの交友が続いたはずがないから、少々矛盾が出てくる。

 なお、ペトルーシャ(ピエール)がフリーメーソンに入ったことが言及されるが、『戦争と平和』ではエピソードの順番としてはフリーメーソン入会はドーロホフの求婚より後に来ているが、時系列としては逆であり、ドーロホフが療養中にこの件を知ることに矛盾はない。

 次に、語り手がドーロホフであることによると思われる相違がある。ニコライ・ロストフから毟り取った金額が『戦争と平和』では4万3千ルーブリなのが、6万ルーブリになっているところなどは、単なる誇張だろう。
 エレナと何もなかった、というのも、特に相手がアナトーリなわけだから都合よく誤魔化しているとも思える(『戦争と平和』でも、あくまで噂でしかなかったわけだが)。

 だが或いは、「本当に」ドーロホフと彼女は何もなかったのかもしれない。
『戦争と平和』はフィクションだが、どこかこの世の外で「本当に」ああいうことが起きていて、それがトルストイによって語られれば『戦争と平和』に、佐藤氏によって語られれば「アナトーリとぼく」になる、と仮定する。で、「本当に」ドーロホフとエレンは何もなかったとしよう。
 それがトルストイもしくはピエール(トルストイ自身の投影)の解釈では、エレンは堕落した女だからドーロホフとのことは黒に近い灰色、ということになる。一方、佐藤氏の解釈ではエレナは特に堕落しているというわけではなく、だから不倫の可能性を特に匂わす必要はないのである。

 もう一つ、些細だがはっきりした食い違いは、ドーロホフとその母親のことである。『戦争と平和』では決闘直後、ドーロホフが貧窮したその母にとってはよき息子であることが、意外な事実として提示される。しかし「アナトーリとぼく」では、騒ぎを起こした息子を母親は持て余し、当然ながら息子は母親をうるさがる。ドーロホフがそう語るだけではなく、「ぼく」の視点に於いてもそうである。
 これは、やくざな士官が実は……という「ちょっといい話」的な紋切り型の拒絶かもしれない。

「アナトーリとぼく」第5節の展開は、アナトーリが「ロストフのおじょうさん」(ニコライの妹ナターシャ)と駆け落ち騒ぎを起こすエピソードを概ね忠実になぞっている。『戦争と平和』第2部第5篇10~21(文庫第3巻後半)。
 ただし、『戦争と平和』ではアナトールがナターシャに横恋慕したのは、劇場で偶々ナターシャと出会ったエレンが彼と引き合わせたのがきっかけだったが、「アナトーリとぼく」では、その少し前に初めて顔を合わせた時ということになっている(『戦争と平和』でも彼はナターシャに「あの時から、あなたのことが忘れられません」とか言うが、それはあくまで社交辞令である)。そして劇場での出会いは、彼のためにエレナが仕組んだことになっている。

 決闘からは1年10ヶ月経っており、その間にエレンは美貌に加えて機知に富んだ女性として社交界の花となっているが、ピエールにはこれがどうしても納得できない。なぜならエレンが「ひどく頭が悪い」のは彼がそう思っているだけでなく、作中に於いて「真実」だからである。彼女を賢いと見做す世間のほうが間違っているのだ。
「アナトーリとぼく」では、「ぼく」は世間の評判と同じように、エレナは「とてもあたまがよかった」と語っている。

『戦争と平和』第4巻(第3部第1、2篇)では序盤、アナトールがナターシャ・ロストフの婚約者だったアンドレイ・ボルゴンスキー(「はげやまのこうしゃく」の息子)から逃げ回ってモルダヴィアに行ったりロシアに戻ったりしていることが言及され、その間にも着々と戦争は近付き、トルストイの歴史哲学が延々と語られ、そしてついにナポレオン軍は国境を越えてロシアに侵入する。
「アナトーリとぼく」第6節の「さようならミーシカ、とアナトーリはいった。ぼくはせんそうにいくからね。それからほんとうにいってしまったので、ぼくはペトルーシャのところへいった。」はこの辺りに相当するのだろう。
 そこからすぐに「いえはからっぽだった。ペトルーシャはしょさいにとじこもっていた。アナトーリがせんそうでしんだというしらせがきても、それをきいたエレナがどくをのんでしんだというしらせがきても、そとにでようとしなかった。」と続く。

『戦争と平和』では、アナトーリの戦死は1812年のボロジノ戦の直後であり、駆け落ち騒動から半年ほど経っている。その間、ピエールはナターシャを慰めたりして過ごし、いよいよ戦線がモスクワまで迫ってくると、物見遊山でボロジノまで出掛けていき、激戦を目の当たりにする。
 エレンの自殺はアナトール戦死の直後だが、二つの死はまったく無関係なものとされている。エレンもほかの家族もアナトーリの戦死を知っていた様子はない。残された家族はその後一切登場せず、言及もされない(ピエールの血縁であるにもかかわらず)。
 その後、モスクワから市民の退去が始まるが、ピエールはナポレオン暗殺を決意してモスクワに残り、知り合いの家(当人は亡くなっている)に閉じ籠り、悶々と過ごす。ところがフランス人の将校がその家に転がり込んできて、ピエールは不本意ながらその男と仲良くなる。フランス人はピエールの教養に感嘆し、あなたはまったくフランス人だ、と賞賛する。

「アナトーリとぼく」では、ペトルーシャが閉じ籠っているのは自宅であり、「ふらんすのへいたい」がやって来ても書斎からほとんど出てこない。フランス人たちと仲良くなるのは「ぼく」であり、その家の主人として扱われる。フランス人は陰気なピエールを嫌悪し、「ろしあのくま」と呼ぶ。さらにフランス人は「ぼく」をベズーホフ伯爵と呼ぶ。フランス人が「ぼく」に披露する恋と情事の物語は、『戦争と平和』でピエールに向かって語られたのと同じものである。
 その間、ペトルーシャは書斎で書き物をしている。
 ――ピエールにはいつも大理石のように見えていたその胸は、今やごく間近に近視の目の前にあり、その首や魅惑的な肩に血の通うのが感じられ…………
 といった調子の断片を、「ぼく」は幾つも目にすることになるが、これらは順に文庫第2巻29-30頁、33-34頁、305頁、309頁、310頁、第3巻459頁、第5巻213頁に該当する。

「ふらんすじん」との会話の直後にモスクワ大火が起こり、その後しばらくのペトルーシャの行動は、ピエールのそれと一致し、「ぼく」は傍観の立場に戻っている。
 フランス軍の捕虜になったピエールは、プラトン・カラターエフなる農民出身の老兵士と出会う。この男は、トルストイが考えるところの理想的な「ロシアの農民の典型」である。彼にピエールが感化されるあたりは、「アナトーリとぼく」ではすっ飛ばされている。
 敗走するフランス軍がいよいよ窮乏してくると、捕虜たちはもろにその煽りを受け、飢えや寒さで次々と死んでいく。ピエールも、薫陶よろしきを得たはずのプラトン・カターエフが死にかけているのも気にならなくなるほど衰弱する。何か幸福がどうのとかいろいろ書いてあるけど、要はそういうことである。
 そして、まったくの偶然によって、ドーロホフ率いる奇襲部隊がピエールを連行する部隊を襲撃し、彼は救出される。

「アナトーリとぼく」では、衰弱しきったペトルーシャは置き去りにされ、「ぼく」はそのままフランス軍と行動を共にする。そして、ドーロホフとその部隊によって解放され、「それからぼくはもりにいって、むすめさんのくまをみつけた。むすめさんのくまがぼくをきにいったので、ぼくはむすめさんのくまにこぐまをいっぱいうませた。これからもいっぱいうませようとおもう。」

『戦争と平和』では、救出されたピエールはロストフ家のナターシャと再会し、結婚し、子供を「いっぱいうませた。」

 なぜ途中から「ぼく」こと「くまのミーシカ」とペトルーシャが入れ替わり始め、最後には「くま」がペトルーシャに完全に成り代わってしまうのか。その答えは『戦争と平和』の序盤(第1部第1編3)に提示されている。ワシーリー公爵(エレンとアナトールの父)によって、ピエールは「このクマさん」と呼ばれているのである。これは彼の体格(「アナトーリとぼく」でも「とてもおおきくてふとっていた」と幾度も強調されている)や腕力、ぼんやりした性格などによるが、とにかく最初から「くま≒ピエール(ペトルーシャ)」なのである。

『戦争と平和』では、ピエールは二つに分裂した望みを抱えて苦しむ人物として描かれ、結末では幸福になる。「アナトーリとぼく」の結末でペトルーシャが消え、くまが生き残って幸福になる。
 ピエールが幸福になったのは、人間的成長を遂げたから、ってことになるんだろうけど、「分裂した二つの内面」のうち一方を切り捨てたから、という解釈も可能だ。それが「アナトーリとぼく」なのである。

 では、切り捨てられたのはどのような部分なのか。『戦争と平和』では、ピエールの「二つに分裂した望み」とは、要するに一方は大食、大酒、何より色欲であり、他方はそれらを抑制したい、というより切り捨てたいという望みである。切り捨てたいのにできないから汚らわしいと思い、けがらわしいと思うから切り捨てられない。その煩悶が、延々と綴られる。
 ところが、幸福になったピエール「欲望」がどうなってしまったのかについては、言及がない。彼自身についてはただ、幸福になった、としか述べられていないといっていい。

 その代わり、その幸福の要として、ナターシャの変貌が詳細に語られる。生気に溢れ、頭の回転が速く、趣味がよく、歌の巧い、ほっそりとした美しい娘だった彼女は、「すっかりたるんでしまって」「生気のない、退屈そうな目、とんちんかんな返事」の、頭にあるのは夫と何人もいる子供のことだけ、いや、そもそも「頭」などない、「その顔と体が見えるだけで、魂はまったく見えな」い「多産な雌」になるのである。歌も歌わず、服装にも構わなくなる。
 以前の彼女を知っていた人々はこの変貌をひどく惜しみ、何やら異常なことだと見做すが、トルストイ(とピエール)によればこれは素晴らしい上昇であり、道理が判っていないのは世間のほうなのである。

「アナトーリとぼく」の第3節では、ペトルーシャの発言として、エレナが次のように言う。「あたしがすこしでもすじみちだったことをいうともっとふきげんになったわ。ロストフのばあさんはこどもを12にんもうんで、からだがまいって、あたまがほうっとして、いまじゃりくつのとおったことなんてなにひとつかんがえられやしない、なんてりっぱなおんなだ、ですって。」
『戦争と平和』のロストフ伯爵夫人(ナターシャとニコライの母親)は、このような女ではない。言うまでもなく、「ロストフのばあさん」とは後のナターシャそのままである(『戦争と平和』エピローグでは子供は数人しかいないものの、もっと産むつもりであるとは書かれている)。
 そして、エレナと結婚していた頃のペトルーシャなら、妻がそうなることを一方では望んだとしても、他方では「でもそうなったらあのひと、いまよりもっとわたしをけいべつして、いまよりもっとひどいあつかいをするにきまってる。」

 そんな「りっぱなおんな」を妻にして、ピエール/ペトルーシャは幸福になる。つまり、彼が切り捨てたのは、己の欲望を汚らわしいと思う部分だったのである。女を「りくつのとおったことなんてなにひとつかんがえられやしない」「多産な雌」に改造する行為によって、欲望は汚らわしいものではなくなった、ということでもあるのだろう。

 では、「アナトーリとぼく」の第6節で、ペトルーシャが『戦争と平和』の本文を書いているのは、どういうことなのか。
 トルストイは語り手と自分を等号で結んでなんの齟齬も覚えていない上に、ピエールに自己投影しているようなので、ピエールの「幸福」はトルストイにとっての理想と見ていいだろう。で、彼はその理想を実現できていないのである。だから切り捨てられて消えてしまうペトルーシャ=トルストイでもあるのだ。

 最後に、「アナトーリとぼく」というタイトルについてである。
 大河小説『戦争と平和』の中で、アナトールはほんのちょい役でしかない。ヒロインのナターシャを誑かすという役回りも、話の都合上、彼女とアンドレイ(ピエールよりも遥かに有能で美形で主人公に相応しい)との結婚を阻止する必要があったからに過ぎない。さらにいうなら、この駆け落ち騒ぎは、ナターシャもまた「堕落した女」であることを示し、それがピエールとの結婚によってのみ「りっぱなおんな」になれるという展開のお膳立てでもある。

 従来からの一般的な解釈では、ピエールと対照される「もう一人の主人公」は、アンドレイである。『戦争と平和』は、ナポレオン戦争を主題とした歴史小説とピエールという個人のビルドゥングスロマン(と言ってしまうのは躊躇われるが、とりあえずトルストイはそのつもりだろう)、という二つの要素から成り立っている。
 アンドレイは、歴史小説のほうの主人公である。しかしピエールが主人公の物語に於いては、ただの当て馬でしかない。

 ピエールの物語だけに絞ってみても、アナトールがちょい役に過ぎないのは同じなのだが、ただし彼は、エレンとナターシャという二人の女を間に置いた時、ちょうどピエールと対照を成すのである。
 さらに、第2部第5篇11(ナターシャを誘惑し始めた頃)では、丸々3頁を使ってアナトールの人となりについて語られるのだが、それによると彼は「自分の地位と、自分自身と、他人にいつも満足して」おり、「賭博で金をもうけたいと思ったことは一度もなかったし、負けて金をすっても惜しいと思ったことさえなかった。彼は見栄っ張りではなかった。人が自分についてどう思おうと、彼はまったく平気だった。野心という負い目はもっと少なかった。」し、「彼はけちではなく、求められれば、だれにも嫌とは言わなかった。」

 同じくらいの分量で欠点(一言でいうと堕落している)についても語られるが、上記の点だけに注目すれば、まさに完全に自足した、トルストイ的に理想的な人物だといえるだろう。すなわち、最終的にピエールが行き着く人間像である。

 アナトールは、ピエールと違って分裂していない人物である。だから、「ぼく」はアナトーリに寄り添っているだけで何もしない。「アナトーリとぼく」第3節が「くまのミーシカ」の一人称で語られていないことは上述したが、ここはアナトーリ視点の三人称場面だといえるかもしれない。

 そしてアナトーリが退場してしまうと、いよいよ「ぼく」はペトルーシャの許へ行き、彼に成り代わり始めるのである。

『戦争と平和』映画版(ソ連製)感想

『激しく、速やかな死』感想

比較検証(単なる読み比べ)シリーズ
 佐藤哲也氏『熱帯』とホメロス『イーリアス』

 マイケル・クライトン『北人伝説』とイブン・ファドラーン『ヴォルガ・ブルガール旅行記』

 佐藤哲也氏『サラミス』とヘロドトス『歴史』

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殺戮機械

『ミカイールの階梯』に登場。

 絶対平和(21、22世紀)に開発された奴隷種。さまざまな遺伝子改造が施されていたと思われるが、最大の特徴は戦闘に特化された神経系。平静時でも苦痛や疲労、空腹等を感じず(情報としては知覚するが、行動を停止させるための「負」の感覚は生じない)、戦闘時には自律神経すらも自らの生命維持より敵の打破を優先させたモードに切り替わる。
『ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち』所収の「The Show Must Go On, and...」においても、特殊な見世物にのみ使用される戦闘種として言及されている。

 23世紀前半、とある北欧系の一族が、自らの血統に殺戮機械の改造遺伝子群を組み込んだ。エウロパ大飢饉から東に逃れたこの一族は、テングリ大山系西部(旧ソ連領天山山脈)の奥深くに隠れ住んだ。近親交配を繰り返して殺戮機械を生み出すことで、村を守ってきた。
 しかし結局はその排他性によって一族は滅亡に向かい、2440年代前半には二人の少女と一人の少年が生き残るだけとなった。彼らは村を出て山中をさ迷った挙句、ミカイリー一族に保護される。少年と一方の少女は相次いで死亡した。最後に残った少女の遺伝子を調べたミカイリーたちは、彼女が殺戮機械の能力を受け継いでいることを知る。
 ペルシア語で「殺戮機械」は「マーシーネ・コシュタル」。ラテン文字表記はmashine koshtar。mashine:(~の)機械、koshtar:殺戮。

 同胞の少女からわずかに聞き出せた情報によると、この一族の殺戮機械たちは皆、「パリーサ」と呼ばれていた。パリーサParisaはペルシア語で「妖精」の意。伝説では鳩のような白い翼を持つ美しい乙女とされる。女性名として普通に使われるが、22、23世紀の殺戮機械やその能力を受け継ぐ者たちが女だけだったのかは不明。

 絶対平和を支えた奴隷たちの正式名称は「亜人」だが、彼らは各文化圏に於いて「妖精」やそれに類する名で呼ばれた。イスラム圏に於いては「ジン(jin 妖魔)」が最も一般的だったが、イラン語圏では特に美しい外見の亜人を「パリーサ」と呼んだ。
 件の一族が殺戮機械たちをパリーサと呼んできたのは、上記の意味に於いてであり、すなわち個人名としてではなかったと思われる。

 ミカイリーたちが保護した最後のパリーサは、「妖精」の名に相応しく、非常に美しい容姿の持ち主だった。金髪白皙で虹彩の色は瑠璃(ラズヴァルド=ラピスラズリ)、整った顔立ち。2447年の時点で、外見は16、7歳程度だが小柄で非常に痩せ、肉体的にはより未成熟である。

 パリーサは同胞の命令にしか従わなかった。「躾ける」方法があるとのことだったが、ミカイリーたちはそれを明らかにすることができなかった。試行錯誤の末、パリーサの脳にチップを埋め込んで電気ショックを与えることによって(苦痛を感じなくても一時的に行動不能に陥る。出力が弱ければ一瞬動きが止まる程度。最大出力で失神に至る)、彼女を「躾ける」ことに成功。
 以後、彼女は制御装置(黒い革の小ケースに収められている)を身に着けた者の命令には従うようになる。

 ただし彼女は複雑だったり曖昧だったりする命令には従わない。言葉をある程度理解しているのは確かだが、どの程度なのかは不明。また、攻撃には自動的に反応し、その状態では停止命令に従うかどうかも不明である。

 苦痛や疲労、空腹を感じない(通常の人間が感じるようには)ため、それを解消したいという欲求も生じない。平常時でも、睡眠と排泄は自主的に行うが、食事は命じられなければ摂らない。これはオリジナルの殺戮機械も同様だと思われる。

 22世紀に行われた実験によると、オリジナルの殺戮機械は休息も栄養補給もなしに70時間以上戦い続けることが可能である。しかしさらに戦闘が続くと、稼動停止に至る。原因は小脳の壊死であり、ごく短時間に全身に広がり、文字どおり肉体が崩壊する。個体差はあるが、100時間もった例はない。
 パリーサも同様であるかは不明。彼女は、いわば雑種である。パリーサが示す特徴の幾つかは、彼女固有のものなのか、それとも殺戮機械という「品種」に共通なのか、ミカイリーたちが保管して来た旧時代の資料だけでは明らかではない。

 そうした特徴の一つが、「冬眠」である。通常の睡眠とは異なり、突然昏睡状態に陥り、代謝も低下する。体温は28℃、心拍数は一分間に50以下に落ちる。
 通常の人間でも極度の低温下では冬眠になる事例が知られているが、パリーサの場合、周囲の温度は関係ない。数日から半月、いかなる刺激を与えられても決して目覚めることはなく、覚醒も同様に唐突である。冬眠に入る条件も覚醒する条件も不明。ただし、戦闘中に冬眠に入ることはないと思われる。周期性はないが、年間120日前後でおおむね一定している。
 オリジナルの殺戮機械にも冬眠があったかは不明だが、あったとしても、大量に製造されていればそれほど支障はなかっただろう。

 ミカイリー一族に保護された当時、パリーサは栄養状態の悪さを差し引いて10代初めに見えた。だが同胞の少女によれば、実際にはもっと年上だという。一年の三分の一もの冬眠が、パリーサの成長(加齢)を遅らせていることはあり得る。
 パリーサはまた排卵もなく、これは生殖腺の異常が原因であるが、冬眠との因果関係ははっきりしない。治療も行われたが、効果は上がらなかった。同胞の少女の不明瞭な証言によると、パリーサたちを「番わせる」なんらかの方法があったようだが、どのみちその方法は失われた。
 なお、絶対平和の下、殺戮機械も含めすべての亜人は生殖機能を停止されていた。

 殺戮機械の神経系の変異は脳の構造にも及び、小脳の特異的な発達と、大脳皮質、特に前頭葉の未発達が見られた。変異はさらに皮質と辺縁系を繋ぐ経路にも存在した。
 こうした変異を、パリーサはオリジナルの殺戮機械とほとんどそのまま受け継いでいる。ただし人間らしい感情や思考を持たないかのような、文字どおり機械のような反応が、脳の変異に由来するものなのか、また殺戮機械に共通したものなのかは不明。いずれにせよ、絶対平和に於いて亜人は思考や感情を制御されていた。

 パリーサに思考や感情があるのか、或いは、「自己」の認識、すなわち通常の人間のような「意識」があるのか、ミカイリーの研究者たちは突き止めることができなかった。

 作中では、パリーサが思考や感情を持つことの示唆と受け取れる記述が散見する。おそらく、思考や感情はあるのだろう(なお専門的には感情と情動は区別されることもあるが、作中およびこの記事では区別はしない)。
 ただしそれらは、脳の構造の特異性のために著しく変容していると思われる。さらに、感覚と感情のフィードバックが阻害されている可能性がある。つまり身体損傷の感覚が恐怖や不安、或いは怒りといった感情を引き起こすことはないし、或いはたとえ恐怖や怒り、或いは喜びといった感情を抱いたとしても、それが動悸などの身体反応を引き起こすことはない。

 そうであれば、パリーサが機械のように無感情に見えるのは、感情がないのではなく、身体反応として現れないからだといえる。
 また神経学者アントニオ・R・ダマシオによると、脊髄や脳幹の損傷によって全身不随になった患者は、首から下(或いは顔面も)からの感覚入力がなくなっても依然として幅広い感情を持つことができるが、全体として感情の波は穏やかになるという。ダマシオはこの穏やかさの原因を、感覚とのフィードバックがなくなったためと解釈する(『無意識の脳 自己意識の脳』講談社)。
 この解釈に従えば、パリーサに感情があっても感覚との相互作用が弱い場合、その感情が高ぶることは少ないだろう。

 また思考、特に意思決定は感情に強く支配され、感情抜きの思考は(感情と思考または理性は相反するものだという通説とは異なり)あり得ないが、パリーサの場合、皮質と辺縁系を繋ぐ経路に変異があることからも、思考にも著しい変異があると推測される。

 グワルディア(精鋭部隊)もまた、殺戮機械と同じ改造遺伝子群を基盤とした異能者たちであるが、彼らの遺伝子改造の程度は「基準値内」であり、「人間」の範疇に留まっていると言える。

関連記事: 「グワルディア」 「亜人」 「ミカイリー一族」 「変異体」 

       「レズヴァーン・ミカイリー」 「連作〈The Show Must Go On〉」 

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インクレディブル・ハルク

 アン・リー監督版のほうは、あまりに駄目すぎて(すべてに於いて)開始後15分ほどでDVDを止めたんだよな。なんか、いきなり回想シーンに入って父親が出てきて、だーもーやめてくれよー。
 エリック・バナもジェニファー・コネリーもなまじ好きな役者だけに、あの精彩の欠如はつらすぎるものがありました。

 今回のルイ・レテリエ監督(『トランス・ポーター』の)版は、「主人公が特異な力を獲得(または元から持っていた力に覚醒)し、最初の敵を倒す」というヒーローもの第一作の定石から外れている。まず、「特異な力の獲得」はオープニングにダイジェストで提示し、物語は主人公が逃げている(彼の力を付け狙う悪い軍部からも、彼自身の力からも)ところから始まるのである。

 エドワード・ノートンもティム・ロスもそれほど好きな役者ではなくて、特にエドワード・ノートンは『アメリカン・ヒストリーX』のナルシズム全開に著しく評価を下げていたのだが(『キングダム・オブ・ヘヴン』はずっと仮面を着けっ放しだったのでよかった)、今回、いろいろ過酷な状況にもかかわらず殊更苦悩してみせたりせず、淡々と乗り切っていく科学者を演じて大変素晴らしかった。
 ティム・ロスも、いい齢をして戦闘バカという軍人を楽しそうに演じていてよろしい。

 ウィリアム・ハートは『ヒストリー・オブ・バイオレンス』で悪役演技に開眼したようです。
 リヴ・タイラーは前髪があるほうが可愛いなー。デコ出してると、顔が長く見えるからなー。エルフのお姫様の時とか。

 潜伏先がブラジルのスラムで、最初の戦闘はそこで行われるわけだが、こういう場所が特に選ばれたというのは、やはり『シティ・オブ・ゴッド』からの流れなのだろうか。なんにせよ、作り手の力量が問われるロケーションだとは思うが。

 ブラジル(のどの辺りを想定してるのか知らんけど)で変身して、次に気が付いたらグアテマラだった、ってのは、ハルクの能力がそれだけ凄いという表現なのか、それとも制作者たちの地理感覚の欠如を示しているのかどっちだ。

 なんかラストにロバート・ダウニーJrが出てきて、『アイアンマン』と繋げる気まんまんのようですが、今のところ『アイアンマン』を観ようという気が起きないんだよな。

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ヘルボーイ/ゴールデンアーミー

 キャラクター描写は前作のほうが丁寧だった気がする(ヘルボーイもエイブも前作では可愛く感じたのに、今回は特にそう感じなかったのである)。
 しかし無闇にガチャガチャしたギミック(しかもよく動く!)と無闇に禍々しいクリーチャーたちの造形は、キャラクター描写やストーリーの浅さを補って有り余る。まったくオリジナルなようでいて、「歯の妖精」とか「トロールは橋の下にいる」とか小ネタも効いてるし。トロール市場は、今まで描かれた異形のバザールの光景として最高の一つに数えられるのは間違いない。ただし、巨大な植物の精霊はいまいち。

 まあストーリーに関しては、前回だって大して工夫があったとは言えないしな。いい加減「ナチの残党」ネタは食傷してるんで、今回の完全にファンタジーな敵のほうが、あっさりしていてよかったですよ。

 しかしこれだけのデザインを投入しておきながら、見せ方が不十分なのが惜しまれる。惜しげもない使い方をしてるといえばそうなんだけどさ。痴話げんかとか中間管理職の悲哀とか水棲人とエルフの王女様のロマンスとかどうでもいいから、異形の者たちが人間世界の片隅でどんなふうに暮らしているのか、もっと描いてほしかった。『ナイトウォッチ』や『アンダーワールド』以上に絶対おもしろくなったはずだ。

 それにしても、エルフの王子様が香港仕込のワイアーアクションで戦う(武器の使い方までが香港風だった)時代になったのだなあ、とか思ったり。
 今回は味方の描き方が全体にいまいちの中で、新任指揮官のヨハン・クラウス博士はなかなかよかった。

『ホビットの冒険』の映画化がすごくすごく楽しみである。

『パンズ・ラビリンス』感想

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未来少年コナン(TV版)

 本放映と2、3年後の再放送で、それぞれ断片的に観ただけなので、ちゃんと通して観るのはこれが初めてなのであった。

 記憶の中のばらばらのシーンが、ほぼ30年を経て繋がる。ああ、こういう話やったんか。一方で、それらのばらばらのシーンの記憶があまりに鮮明だったことに驚く。それだけ強く印象に残っていたということだ(しかし、エンディングテーマはよく憶えているのに、オープニングテーマのほうはまったく憶えていなかったということは、いっつも見逃してたんだな)。

 実際、今観ても非常におもしろい。最初の8話ほどは、姪が偶々遊びに来ていた時に、家族全員で鑑賞したのだが、皆で感心する。制作当時は今に比べて技術的にもいろいろ制約があっただろうに、動きとかすごすぎる。
 姪(私が初めてコナンを観た時と同じ5歳)は大喜びだった。いや、彼女は現在『プリキュア』に嵌まっているんだが、プリキュア観てる時よりよっぽど楽しそうだったよ。

 ジムシーが飲酒してたのは憶えてたけど、喫煙までしてたのは忘れてたんで驚いた(当時は周囲に喫煙者がいなかったので、何をしているのか理解できなかったのかもしれない)。いや、「酒」とか「煙草」とは一言も言ってないんだけどね。
 ほかにも今の子供向けアニメ枠では絶対放映できないようなシーンがいろいろ。流血(大量ではないが)とか、子供への暴力とか。今じゃ、『ドラえもん』のジャイアンがのび太を殴るシーンもカットされるってのにね。姪はコナンとジムシーがボコられるのを見て大喜びしてました。

 インダストリアを脱出するまでの前半のほうがおもしろかった。ハイハーバーに着いてから、やや中だるみしたと感じるのは、全26話を数日間でまとめて観たからであって、TV放映の時はそれほど問題ではなかっただろう。
 しかし「労働の尊さ」をああもストレートに説かれると鼻白んでしまうし、その後再びの急展開も、前半の躍動感が失われている。

 まず、コナンとジムシーの驚異的な運動能力(結局、この二人がどうしてこんなにすごいのか、って説明は一切ないんだよね。いや別にいいんだけど)を活かしたアクションがもはやない。これは話作りの問題。
 それから、これは技術的な問題なんだろうけど、侵略、自然災害、反乱、ロストテクノロジーの復活と、続出する大イベントのいずれもが力不足が否めない。侵略や反乱については、子供向けアニメという制約も大きかったんだろうな。

 まあでも結局のところ、私は前半の展開が好きなんだろう。
『ミカイールの階梯』脱稿の頃、「今度の話は、“男の子と女の子が出会って、すぐに女の子がその特殊な力ゆえに悪党にさらわれて、それを男の子が助けに行く”という『未来少年コナン』みたいな話を女の子同士に置き換えてるんですよ。コナンはちゃんと観てないんだけど」というようなことを言った。
 そしたら、親切な友達がDVDを貸してくれたのであった。

 そういや『コナン』は私が初めて出会ったポスト・アポカリプトものだなあ。

 ちなみにリューダの武器が槍なのは、コナンの銛とは関係ありません。強いてルーツを求めるなら、『イルスの竪琴』のライラだ。戦闘美少女だし、近衛隊(guards)だし。

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グワルディア

『ミカイールの階梯』に登場。гвардия。より現代ロシア語の発音に近い表記だと「グワルヂア」といったところか。
 ピョートル大帝(1671-1725)による軍制改革の際、「親衛隊」の呼称として採用される。イタリア語/スペイン語のguardia(グアルディア)の借用と思われる。その後、「精鋭部隊」の意も持つようになった。個々の「親衛隊員/精鋭」はгвардеец(グワルデイツ。女性形はгвардейцаグワルデイツァ)。

「グワルディア」の名称はソ連に於いても使用された。赤衛隊Красная гвардия、ファジェーエフの小説『若き親衛隊』Mолодая гвардияなど。
 中央アジア共和国に於いては、特異な戦闘能力を持つ者を輩出する、とある一族に与えられた称号であった。

 新ルイセンコ主義は、ソ連のルイセンコ主義と同じく遺伝子を否定し、その上で災厄によって遺伝の安定性が粉砕され、人間は意志の力によって如何様にも「進化(エヴォリューツィア)」できると説く。その獲得形質進化の生きた証として担ぎ上げられたのが、改造体の末裔たちだった。

 21、22世紀の200年間、遺伝子改造は遺伝子管理局の厳格な管理下にあり、規定値以上の遺伝子改造を施されたヒトは「亜人」と呼ばれ、子孫を残すことができなかった。23世紀、遺伝子管理局の支配が崩壊してから文明が大幅に退行するまでの数十年間、各地で無数の改造体が造られた。自衛のために、戦闘能力を高める改造遺伝子を自らの血統に組み込む家系も多くあった。
 そうした家系も、やがて血が薄まって異能を失うか、或いはそれを恐れて近親交配を繰り返すうちに結局は自滅した。しかし先祖がえりの個体はしばしば出現し、新ルイセンコ主義の妄説を保証することとなったのである。

 グワルディアと呼ばれることになる一族は、内婚と外婚を適度に交えつつ、何世代にもわたって異能を保ってきた。遺伝学の知識を失ってしまっても、遺伝の法則を忠実に守ってきたということであり、その彼らが熱烈な新ルイセンコ主義者となったのは皮肉である。
「伝統は粉砕しなければならない(ただし帝政ロシアとソ連の遺産は除く)」という新ルイセンコ主義の主張に従って、彼らは政府から「グワルディア」の称号を授けられた後は、本来の姓を捨ててしまった。13~15歳くらいまでの間に試験を受けて、精鋭(グワルデイツ/グワルデイツァ)であることが認められると、姓の代わりにその称号を名乗る(マクシム・グワルデイツ、リュドミラ・グワルデイツァといった具合に)。精鋭と認められなかった者は、そう名乗ることはできない。

 共和国の建国期にはプロパガンダに大いに利用されたが、あまりにも民衆に人気が出たために独裁者「人民の父」の猜疑と嫉妬を招き、また彼ら自身も利用されることに疑問を抱いて命令を拒否するようになったため、2402年(作中の45年前)に辺境のイリに追放される。
 祖国に裏切られた事実を認めることがでなかった彼らは、過去の栄光とルイセンコ主義にしがみ付き、イリの地元民たちからは距離を置いた排他的な生活を続けていた。
 ただし、完全に孤立していたわけではなく、彼らなりにイリの復興や治安に協力してきた。銃はなるべく使わず、近接戦では相手を殺傷するより取り押さえることを目的に、刀剣ではなく槍を使うようになったのも、その意識のあらわれである。

 彼らの異能は、優れた神経系を基盤としている。人並み外れた膂力も、筋細胞が常人と異なるのではなく、最大筋力を随意に解放できるためである(その結果として、筋組織が発達している)。ほかにも神経信号の伝道速度などが関わっている。訓練は幼少時から行われるが、いかに自己の肉体をコントロールできるかに重点が置かれる。精鋭(グワルデイツ)かどうかを判定する基準も同様である。

 精鋭は例外なく赤毛だが、そのこと自体は異能とは無関係である。赤毛の遺伝子は、精鋭の異能に関与する複数の遺伝子(群)のうち特に重要な一つと連鎖(同じ染色体上で近接)して組み込まれており、目印の役割を果たしている。
改造体の末裔は、彼らのように異能の目印となる外見的な特徴を併せ持っていることが多い(『ミカイールの階梯』の殺戮機械や、『グアルディア』『ラ・イストリア』の生体端末、千里眼など)。

 グワルディアの一族は、先祖伝来の特殊な婚姻形態に加えて、新ルイセンコ主義の教導によって、夫婦や家族といった概念が希薄である。男も女も、より多くの相手と子供を為すことを善しとする(ただし、親子きょうだいの可能性のある相手は慎重に避ける)。外婚の場合、彼らの特殊な習慣では、外部の者を迎え入れるのは難しいと思われるので、おそらく女たちが外部の男から「子種を貰う」のが最も一般的なかたちであろう。
 子供たちは共同で育てられる。精鋭候補の子供たちは共同で訓練を行い、また後述のように先天性障害者が多く母親(成人男性は父親の役割を果たさない)だけで面倒を見るのが困難であるのも、(ルイセンコ主義とは別に)大きな要因であろう。

 外婚の相手は、主にルース族(と見做された家系)が選ばれる。新ルイセンコ主義では、ルース族を「最も進化した優良民族」と定義するためである。その結果、北方コーカソイド的な風貌(長身、彫りの深い顔、薄い色素等)が一族共通の形質となっている。

近親交配の弊害は少なくない。ルイセンコ主義は優生学的な「断種」を否定するので、障害を負って生まれた者たちが殺されたり生殖を禁じられたりすることはないが、グワルディアの発達した神経系は神経障害と結び付いており、血が濃いほど長くは生きられなかったり、たとえ生き延びられても生殖が不可能なほど障害が重く生まれつく危険が高い。

 身体能力をある程度高める遺伝子改造は「規定値以内」であったため、遺伝子管理局の支配下でもわりあい頻繁に行われていたらしい。グワルディアのような神経系の改造のほかにも、心肺機能や赤筋の比率を高めたりといった改造があったと考えられる。そうした改造が災厄の初期にさらに盛んに行われ結果、何世代も後になっても先祖がえりの個体が生まれることは、頻繁ではないものの広く知られていたようである(グワルディア一族のように、二百年以上も維持し続けた例はごく稀だが)。
『グアルディア』のレコンキスタ軍総司令官ユベールも高い戦闘能力の持ち主であり、おそらくグワルディア一族と同じ改造遺伝子を祖先から受け継いでいると思われる(無論、グワルディア一族と血統上の繋がりはない)。

「殺戮機械」と呼ばれる改造体も、グワルディア一族と同じ改造遺伝子群を基盤としている。しかし彼らが施された改造は「規定値」を超えており、戦闘能力はグワルディアより遥かに高いが、その代償として人間らしい感情や思考を失っている。

関連記事: 「マフディ教団と中央アジア共和国」 「ルイセンコ主義」 「亜人」 

        「殺戮機械」  「変異体」 「胡旋舞」 「異形の守護者」 

参考記事: 『未来少年コナン』感想 

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各作品に於ける軍事事情 Ⅱ

の続き

『ミカイールの階梯』
舞台: 2447年のテングリ大山系一帯(現在の新疆ウイグル自治区に概ね相当)。
 中央アジア共和国とマフディ教団の対立が約半世紀続いているが、これは双方の体制維持のための偽りの対立である。二つの領土が接する境界線は長いが、暴力はタリム盆地東部とカラシャフル盆地内に限定されている。
 マフディ信徒によるテロルと共和国のミサイル攻撃が中心で、ほかに小規模な戦闘が時々行われる程度。だが無論、末端の兵士(戦闘員)や該当地域の民間人の被害は決して小さいものではない。

 共和国とマフディ教団が相次いで誕生する以前から、旧時代の遺産を守護するミカイリー一族の存在によって、テングリ大山系一帯には20世紀の武器兵器を復活させるに足る工業力が保たれていた。ミカイリーの協力を得た共和国は、まずАК(カラシニコフ自動小銃)を復活させ、征服活動を推し進める。在来勢力の軍隊の士気は総じて低かったので、大規模な戦闘は避けることができた。

 共和国の支配層であるルース(ロシア)族は、ソ連および帝政ロシアに強烈なノスタルジーを抱いており、政治、文化、軍事に至るまで何事につけても模倣しようと努力した。
 その結果、武器兵器も忠実に復元される。例えば装甲兵員輸送車では後部にハッチがないという明らかな構造上の欠点(後部にエンジンがあるため。兵員は天井や側面の狭いハッチから出入りすることになり、戦闘中は非常に危険。標準的な装甲兵員輸送車はエンジンを操縦室と兵員室の間に置いて、後部にハッチを設ける)まで頑なに復元されている。

 2447年時点での共和国軍の装備は、1980年代のソ連軍を基準としている。戦車はТ‐72、装甲兵員輸送車はБТР‐80、対戦車ロケット砲はРПГ(RPG。作中では明記されないが、たぶんРПГ‐16)、拳銃はマカロフ、自動小銃はАК(74)。
 しかしソ連に比べてあらゆる面で規模が小さいことが、軍事にも影響している。例えば兵器についても、対戦車ミサイルは1960年代の「マリュートカ」を使用しているのは、それ以上性能の高い後継機の量産が不可能だからだと思われる。

「封じ込めプログラム」のために空軍はなく、大きな湖も河川もない内陸部なので海軍(水軍)もない。陸軍は「地上軍」と称し、歩兵は「狙撃兵」と称する。ただし機動力を重視したソ連では第二次世界大戦以降は行軍の基本は自動車(装甲車等)とし、歩兵はすべて「自動車化狙撃兵」と呼ばれるようになったのだが、中央アジア共和国では、それだけの自動車(非装甲車でさえ)の生産は不可能なので、さすがに「自動車化」は付けない。

 戦車、装甲車類の総数は少なく、中央(首都一帯)に集中的に配備されている。マフディ教団との戦闘や、国内の反体制的な神秘主義信徒の鎮圧(という名の一方的な虐殺)に使用されることもあるが、主な用途はパレードや派手な演習で支配層の虚栄心を満足させることであろう。
 人口が少ないため、徴兵はおそらくソ連のそれより早く16歳くらいから。現役の将兵の数は6万。大規模な戦争は25世紀初頭以来起きていないので、予備役動員の体制は整っていない。

 ソ連と同じく「軍管区」を軍事行政単位とするが、ソ連の軍管区があの広大な領域を16に分けたものであったのに対し、中央アジア共和国では行政単位の州と同等のものでしかない。各軍管区には複数の師団が置かれるが、その師団もソ連では一万数千人規模だったのが、共和国では一万人以下で2、3千人の師団もざら。中央軍管区では例外的に7、8千人規模。なお実際に2、3千人規模の部隊を師団と言い張っていたのは、ソ連に支援されていたアフガン政府軍である。

 建国期、創設されたばかりの軍には、生え抜きのルイセンコ主義者の中から選ばれたコミッサール(政治将校)が各部隊に置かれていた。政治教育が彼らの任務だが、権限が指揮官に匹敵するほど大きかったため、命令系統に混乱を生じ、廃止された。
 共和国軍は人口構成を反映して兵卒や下士官の大半がアジア人であるが、民族主義の台頭によって統制強化の必要がでてきたため。2448年にコミッサール制が復活。権限は建国期よりは縮小されたが、副指揮官に相当する。

 2429年、当時の独裁者「人民の父」、封じ込めプログラムは迷信だと確信し、空軍と戦略ロケット軍の創設を命じる。無論、どちらも失敗し、人民の父は側近らに暗殺される結果に終わったが、ロケット/ミサイルの技術は向上することになる。
 作中後半に登場する車両搭載型多連装ロケット発射機は、「カチューシャ」と呼ばれる。実際には同種のロケット発射機のうち、この愛称で呼ばれたのは第二次大戦中のもののみ。「カチューシャ」の愛称は大祖国戦争(独ソ戦)の輝かしい思い出と堅く結び付いているため、採用されたのであろう。

 マフディ教団の工業力は低く、重工業製品は武器兵器も含め、共和国からの密輸に頼っている。小火器や地雷、対戦車ロケット砲などが中心で、境界地域の共和国軍の横流し品を地元住民が運搬するかたちで密輸は行われている。軍服などもそのようにして簡単に手に入る。
 軍隊はおそらく志願制だが、人口に対する兵士の比率は共和国よりも大きく、士気も高い。兵士の制式名称は「聖戦士(モジャーヘド)」だが、単に「戦闘員」と呼ばれることも多い。

 マフディ教団をはじめとして、歴代の有力者の庇護を受けてきたミカイリー一族だが、自衛のために武装(マフディ教団を通じて共和国製を入手)はしており、戦闘訓練も行っている。しかし警戒が充分だったとはいえず、アリアンの急襲に対し為す術もなかった。

 手工業によるライフルの製造は、災厄後も連綿と受け継がれてきた。共和国とマフディ教団の体制下では、民間の武器製造は禁止された(刀剣類については、それほど統制は厳しくないと思われる)が、イリをはじめとする辺境では製造が続けられている。
 ステップからの侵入者たちが使用するライフルも、彼らが独自に製造したものである。

関連記事: 「テングリ大山系一帯」 「マフディ教団と中央アジア共和国」 「ミカイリー一族」 

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各作品に於ける軍事事情 Ⅰ

 HISTORIAシリーズは、文明崩壊後の世界を描く連作である。舞台となる時と場所は作品ごとに異なるが、それぞれの軍事事情は文明がどの程度残っている(復興している)か、そして「封じ込めプログラム」の存在に大きく左右される。

『グアルディア』
舞台: 2643-2644年(過去パートは除く)の中米南部から南米北部。「ラティニダード」の名で呼ばれる地域。
 南米北部のグラナダ(東部)とグヤナ(西部)の二国、中米南部の自治都市が割拠するエスパニャ地方の三つの勢力圏が分立する均衡状態が、百年以上も続いていた。この状況を作り出し、維持していたのはエスパニャ地方のメヒコ湾岸の自治都市エスペランサ(通称、科学都市)である。より厳密に言えば、エスペランサが擁する生体端末とその愛人にしてエスペランサの支配者クリストフォロ・ドメニコたちだ。
 他の分野の科学技術と同様、軍事技術も生体端末とクリストフォロらが選別し、提供する旧時代の知識に拠っていた。

 白人至上主義のグヤナは、隣国グラナダと恒常的な交戦状態にあったが、戦闘は小規模で短期間のものに限られていた。エスパニャ地方の各自治都市は、都市同士あるいはグラナダと争ったり同盟を結んだり、といった状況だったが、一つないし複数の都市が衰退するほどの戦闘が拡大することはなかった。
 各自治都市の守備軍は主に傭兵によって構成され、グラナダにも国民軍のほかに大規模な傭兵部隊が存在した。複数存在する傭兵団のうち、最大のものはクリストフォロ・ドメニコの支配下にあった。このことも、エスパニャ各都市とグラナダ間の戦争がごく限定されたものだった一因である。

 グヤナでは白人男性のみを対象として徴兵制が取られていたが、これは圧倒的多数を占める有色人の国民に対して白人の団結を強めることを目的とするものだった。国民軍の士気と練度は高かったが、有色人たちの反乱の危険を常に抱えていたため、外国との戦争に集中するわけにはいかなかった。
「国民戦争」「全面戦争」の概念は、グヤナも含めてラティニダードには存在しなかった。

 2638年、クリストフォロの死を契機に、生体端末アンジェリカⅤは男性名アンヘルを名乗り、エスペランサの実権を握り、次いでラティニダードの征服活動「レコンキスタ」を開始する。
 その過程で数多くの技術を復活させるが、ラティニダードに最大の衝撃をもたらしたのは空と海の解放だった。知性機械サンティアゴの生体端末であるアンヘルは、「サンティアゴの雷」すなわちレーザー照射衛星を封印し、再び飛行と遠洋航海、そして長距離兵器の使用を可能にしたのである(ただし、サンティアゴの管轄であるラティノアメリカ地域内に限定)。
 もっとも、航空機や遠洋船、ミサイル等を復活させても、それらが実際の戦闘に及ぼした影響はあくまで戦術レベル止まりだった。大量生産ができず(量産体制を整える時間的余裕も、そもそも工業力もない)、操縦士や整備士をはじめ、運用システムに必要な人員を育成する期間も欠いていたためである。
 しかし心理面でのインパクトは絶大であり、レコンキスタを強力に促進した。なお、核兵器や生物化学兵器等の大量破壊兵器の復活は行われなかった。

 そういった次第で、レコンキスタ軍に於いても海軍と空軍は補助的な存在に過ぎず、陸軍が根幹となるのはそれ以前の状況と変わらなかった。
 レコンキスタ以前の海戦は、「サンティアゴの雷」によって著しく限定されていた。船舶は陸地から百キロ以上離れるや否やレーザーの餌食となるため、その射程に相手を押し出したほうが勝ち、という戦法が必然的に発達した。
 無論、これを実行するには、それなりの射程(レーザーによって50キロ以内に限定されるが)と威力をもった砲、運動性の高い艦艇、レーダー等の高度な科学技術を必要とする。でも戦法自体は、「押し出したもん勝ち」。
 レーザー照射衛星の封印によって、このような原始的な戦法がもはや無効となったことは、レコンキスタ軍の一連の海戦で瞭然であったにもかかわらず、グヤナは新たな状況に対応する努力を怠り、2643年末の海戦であっさり撃破される。

 グヤナの白人政府は、レコンキスタ軍の航空機やミサイルに対しても、具体的な対応策を講じようとはしていなかった。アンヘルが征服活動の終了を表明していたためでもあるが、何より実戦に投入されたこれら新兵器は量的にはわずかであり、効果は主として心理的なものに限定されていたと彼らが捉えていたことが大きい。
 その分析は正しかったが、白人たちは新兵器が大量投入された場合をまったく想定せず、また恐怖は意志の力で克服できると信じていたのだった。

 レコンキスタに伴ってアンヘルが復活させた大小の火器、航空機や軍用車両、艦艇等の技術レベルは、(作中では明言されないが)概ね1960年代に相当。レコンキスタ以前では
おそらく1940~50年代。
 それらの武器兵器は、かつて実際に存在した型を基に設計されているが、完全な復元ではなく、特定の軍の模倣に固執してもいない。

 北米の状況は完全に不明。南米の赤道以南は戦乱が続いている。変異した密林(アマソナス)と放射能汚染された山岳地帯によってラティニダードとの交通は著しく困難であるが、小銃などの武器が大量に輸出されている。

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『ラ・イストリア』
舞台: 2256年(本編)のメヒコ。
 遺伝子管理局の治世に於いても20世紀以前の国家は存在したが、それらの政府は地方行政を請け負う機関に過ぎず、権限はわずかだった。
 しかし遺伝子管理局の体制が崩れ始めると、各国は自立を余儀なくされる。同時に各国は内憂外患を抱えることにもなった。

 規制の崩壊と暴力の拡大に伴い、無数の武器兵器が製造・使用される。それらの大半は20世紀後半のものの復元だったが、極度に発達したバイオテクノロジーによって生み出された生物兵器も少数ながら存在した。後者の代表が、「生体甲冑」である。

「封じ込めプログラム」によって航空機、遠洋船、遠戦兵器の使用が制限されてから17年後のメヒコ北部では、国境を挟んでメヒコと北米が対立し、小競り合いが常態化していた。
 もっとも、直接対立していたのはメヒコ政府と北米の白人至上主義政府であり、その陰には利害を異にする大小さまざまな集団が存在していた。だがすべての焦点となっているのは、北米からメヒコへの大量の密入国者たちだった。
 メヒコ政府の勢力圏はメヒコ湾岸の一部地域にまで縮小しており、北米との国境沿いには一応兵力を展開しているものの、太平洋側の海軍は国境付近に貧弱な艦隊を集中させるのがやっとの有様である。もはや新たな艦艇を太平洋側で建設することはできず、メヒ湾側から運んでくるわけにもいかないからだ。

 メヒコ北部だけでなく他の地域に於いても、概ね以下のような状況に在った。

 23世紀初頭、災厄の拡大とともに戦争も拡大していき、やがて核兵器や生物・化学兵器も使用されるようになった。2239年以降は航空機も長距離ミサイルも使えなくなったので、核の使用はかろうじて抑制されるようになった。
 2250年代の時点では、病原体による兵器も、ワクチンや抗生物質がほぼ無力化している(つまり使用する側の危険もほとんど変わらない)ことが明らかになっており、使用するのはよほど視野狭窄に陥った陣営に限られていたと思われる(災厄のさらなる拡大につれて、そのような者たちも増加していくのである)。化学物質や生物毒を用いた兵器は、上記2種に比べれば躊躇なく使用されていただろう。

関連記事: 「封じ込めプログラム」 「生体端末」 「生体甲冑」

「各作品に於ける軍事事情 Ⅱ」

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女子大生とフォルクローレ

 数年振りに友人に会った時のことだ。彼女は私が「すごく変わった」とひどく驚いていた。どう変わったかと言うと、以前は太っていたし化粧もしていなかったのだそうだ。

 私は大学入学時には平均体重、その後太り始めたが翌年夏から徐々に痩せ始め、四回生になる頃には平均体重に戻り、それから現在まで増減はほとんどない。彼女とは大学で知り合い、疎遠になるまで八年余りの付き合いがあった。

 つまり彼女と付き合いがあった期間の半分以上は、「痩せて」いたわけである。同じく化粧についても、アレルギーがあるので毎日は無理だったが、全然しなかったわけではない。
 そう繰り返し説明しても、彼女は「あの頃は素朴だったのに」と、「太ってノーメイクだった」私を繰り返し懐かしむのである。化粧は毎日でもしたいけれど無理なのだ、との言葉にも聞く耳持たない。

 彼女の家に向かう途中、駅前でアンデスの民族音楽を演奏しているグループがいた。彼女は足を止め、その音楽が「素朴」であると述べた。そして彼らが販売しているCDを買いたい、と言い出した。2000円くらいはする代物である。
 その値段なら、ちゃんとした店で売ってるのんを買ったほうがいい、と私は意見した。彼女は聞く耳持たず、私もそれ以上は止めなかった。

 帰宅して、彼女は早速CDを聴き始めた。流れ出したのは、アンデスの民族楽器で演奏される日本のポップスだった。こんなのじゃなくて演奏してたみたいな素朴なのがいいのに、と彼女は言った。
 私は日本語で書かれた曲目を見てみた。十曲ほどのうち半分が日本のポップスだった。

 もっと素朴なのがいいのに、と落胆した彼女は繰り返し言った。言わんこっちゃない、とは私は言わず、これならちゃんと民族音楽だよ、と残り半分のアンデス民謡の中から「花祭り」を選び出して再生した。
 ああうん、これなら素朴だね、と彼女は言ったものの、浮かぬ面持ちのままだった。それはそうだろう。民族衣装を着けたインディヘナの人たちが街中で大音量で演奏しているのと、自宅のCDラジカセで再生するのとでは、聴く側のテンションが違う。

 じゃあこれは、と私は曲を変えた。ああ、なんか聴いたことある、こういうのが聴きたかったの、と彼女はようやく笑顔になった。そうだろうね、すごく有名な曲だからね、と私は答えた。「コンドルは飛んでいく」であった。
 結局、彼女は「コンドルは飛んでいく」も最後まで聴きとおすことなく、停止ボタンを押した。その後、私は彼女とは会っていない。たぶん、彼女はあのCDを二度と聴いていないだろう。

 他者を指して、「素朴」と称する。その時、彼女が見ているのは、自分が見たいイメージである。
 だが誰しも他者(個人であれ集団であれ)に、自分が見たいイメージを投射することからは逃れられない、と私は思う。ただそのイメージの偏りや思い込みの強さの度合いに差があるだけなのだ(で、彼女は少々極端な例であろう)。
 イメージが「良い」ものであっても「悪い」ものであっても、見る側自身の内面の勝手な投射であることには変わりない。

 そして見る側の勝手な投射、すなわち主観だからといって、必ずしも「悪い」わけでも「間違っている」わけでもない。彼我が存在する限り、見る側と見られる側が生じるのは避けられず、また当然ながら各自のセルフ・イメージが正確なわけでもない。

 他者が「異文化」であった場合が、エキゾティシズムである。異文化が北米や西欧の文化である場合は、普通はエキゾティシズムとは呼ぶまいが、見る側の勝手な投射であることには変わりない。憧憬も侮蔑も、同じものの表裏だ。
 そしてもちろん、「見られる側」が自分たちの文化について「正しい」イメージを抱いているのでもない。

 外国人が制作した映画に於ける日本像と、日本人の反応がその好例であろう。「間違った日本像」を見ると嬉々として糾弾するのが日本の観客の常であるが、『ラストサムライ』の時に限っては、その間違い振りを指摘しつつも憤る声は少なかった。むしろ大いに満足し絶賛する声が過半を占めた。「失われた日本の魂」を描いている、というのだ。

 そうした人々にとって、実際の明治時代や侍がどうであったかというのはどうでもいいことであるらしい……いや、本当にどうでもいいのだ。彼らが『ラストサムライ』を気に入ったのは、それが史実に合致しているからではなく、彼らが日本について抱くイメージ――「こうあってほしい日本/かっこいい日本」像に合致しているからなのだ。
 そして、その他の「外国人による日本像」に憤っていたのは、それらがかっこよくなかったからにほかならない(鬼の首でも取ったように「間違い」をあげつらう人々の果たしてどれだけが、日本の歴史や文化を考証できるものなのか)。
 
 それでも私は、エキゾティックなイメージ群のうち「憧憬」の側面については、それらがどれだけ不正確だろうと、侮蔑と表裏なのだろうと、紛れもなく魅力であると思う(『ラストサムライ』に魅力は感じないが)。いかがわしくも魅力的なのである。

 私のオリジナルの三作は、いずれも外国、しかも日本人にはあまり馴染みのないとされる地域を舞台としている。SFであるお蔭か、「(馴染みのない)外国が舞台だから興味がない」とか、或いはその婉曲な言い換えである「日本人作家が外国を舞台にした小説を書くことにどんな意義があるのか」といった意見を聞いたことは一度もない。幸いなことである。
 そんなわけで誰からも尋ねられた(もしくは難癖を付けられた)ことはないのだが、私が私にとっての異文化を題材とする理由を述べるならば、異文化を「見る側」としてエキゾティシズムの「いかがわしい魅力」を描くことができるから、である。
 もちろん、できる限りの下調べはする(一応仮にも文化史専門である)。その上で、「いかがわしい魅力」を足掛かりに、作品世界を読者の前に展開していく。

 なお異文化といっても、「単一」の文化に興味はない。諸文化の混淆にこそ惹き付けられる。諸文化混淆の産物もまた、エキゾティシズムと同質の「いかがわしい魅力」を多かれ少なかれ発している。ゆえに排他的な文化、「純粋」であろうとする文化には魅力を感じない。

 言語は、エキゾティシズムを表現する最適の手段の一つだ。私は言語マニアではない。言語に対し、少々マニアックな興味を有してはいるが、それはあくまで文化の一形態としてであり、言語そのものへの興味は、たぶんそれほどでもない。複数の言語の相互影響は、諸文化混淆の一つの現象でもある。
 だから例えば、独自に発達し、他言語との関連が皆無の孤立した言語、というものが発見されたとしても、あまり興味を惹かれないだろう(SFでは時々、異星人等の言語として主題となることもあるが、少なくとも自分で扱おうとは思わない)。

 HISTORIAシリーズに於いて、言語はエキゾティシズム(および諸文化混淆)を表現する手段であり、また多元性を表現する手段でもある。複数の名を持つ一つの事物は、すなわち複数の相を持つ。
 私の作品に対し、「(馴染みのない)外国が舞台だから興味がない」「日本人作家が外国を舞台にした小説を書くことにどんな意義があるのか」という意見はないが、「馴染みのない言語が使われているから読みづらい」「一人のキャラクターが複数の名前で呼ばれているからややこしい」という意見は少数存在する(逆に、「それがいい」と言ってくださる人のほうが多いが)。

 しかしそれは、上述したように、必要な表現のための必要な手段である。手段であるから、なるべく煩雑にならない工夫も行っている。だからいちいち解説もしないし、カタカナ表記も、原音に忠実であるより邦訳の慣例と簡潔さを重視している(例:Сергейを「スィルギエイ」ではなく「セルゲイ」とする)。
 同じ名前の言語別ヴァージョンの定時にしても、頻出させるのは「ホアキン/ジョアキン」「アンヘル(アンヘリカ)/アンジェリカ」のように簡単なものだけで、「カロリーヌ/キャロライン」のように比較的複雑なものについては、言及する程度(もちろんそうする必要があった場合は)に留める。

 英語が「馴染みのある言語」で、それ以外の外国語がそうでないとしたら、「馴染んで」いるかいないかの差に過ぎない。英語が優れていて他がそうでない、というわけでは当然ない。英語以外の外国語の地名や人名が出てくる作品を読みづらく感じたとしたら、それは単に慣れの問題である。

「馴染みのない言語」が不適切なら、地名や人名まですべて馴染みのある言語、すなわち日本語(明治の翻訳ものか?)なり英語(近年のハリウッドでも、レオナルド・ディカプリオやヴィゴ・モーテンセンらは、「馴染みのない非英語圏の名ではなく、英語圏の名に変えてはどうか」という助言のかたちを取った圧力を掛けられてきたそうだ)なりに変換すればいいということになる。
 それでは、そもそも「馴染みのない外国」を舞台にすることすら不適切になってしまう。

 SFの読者ともあろう方々が、「馴染みのない場所」を舞台にした作品は読めない、などとは、よもや仰るまい。

参考記事: 「言語問題」 外国語のカタカナ音写について。

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封じ込めプログラム

 シリーズの基本設定。

 およそ200年間続いた遺伝子管理局の治世「絶対平和」は、22世紀末から始まった災厄によって崩壊した。災厄は動植物の疫病、それに伴う飢饉、社会の混乱、そして戦争というかたちで進行したが、原因が突き止められたのは2239年のことだった。

 その年(日付は不明)、遺伝子管理局の頂点に立つ「管理者たち」の名で、全世界に向けて声明が発表された。要点は以下のとおりである。

  • 災厄の原因は、ただ一種のウイルスであり、それが細菌から動植物に至るまで変異をもたらしている。
  • ウイルス自体もめまぐるしく変異し続けるため、祖型を突き止めることはもはや不可能だが、我々はこれを「キルケー」と名付ける。
  • キルケー・ウイルスによる変異を止めることは不可能である。
  • 災厄の拡大を最低限に留めるため、航空機、陸地から百キロ以上離れた船舶、および射程50キロを越える遠距離兵器は、衛星によるレーザー照射によって破壊する。

 全世界が唖然としたが、声明が発表された時点ですでに、「管理者たち」は姿を晦ませていた。そして翌日から本当に、レーザー照射衛星は稼動し始めた。

 全世界が、警告を理解せず、ただ空と海を奪われたことに怒り狂って、管理者たち、そしてレーザー照射衛星のプログラムを解除する鍵を探し出そうと血眼になった。遺伝子管理局は無数の組織の巨大な集合体だったが、無数の暴徒の前に、数ヵ月で瓦解した。無論、手掛かりは何一つ得られなかった。

 人類から空と海を奪うこのプログラムは、声明に於いて名称が記されておらず、「封じ込め」と仮称されることになる。それはこのプログラムの目的を正確に表していた。
 封じ込められる対象は、第一に人類だった。疫病から逃れようとする人々はその運び手となり、瞬く間に全世界に蔓延させることになるからだ。
 第二の対象は、遠戦兵器である。キルケー・ウイルスの真の脅威は、疫病や飢餓をもたらすことではない。人間を「人間でないもの」に変異させることである。人が人でなくなる恐怖と嫌悪によって起こる殺し合いは、汚染されていない土地や食料を巡る争いよりも、遥かに凄惨で徹底したものになる――そう予想した「管理者たち」は、人類絶滅のリスクを少しでも減らすための処置を取ったのである。

 これら二つの意義と「封じ込め」の仮称は、文明が完全に退行するよりも遥かに速やかに忘れ去られた。
 封じ込めプログラムによって、航空機は過去の夢となり、航海は陸地沿いだけに限られるようになった(陸と陸の間なら、200キロまでの航行が可能。無論、潜水艇も対象である)。沿岸地域の住民であれば、陸地から100キロ以上離れてしまった不運な船を撃ち砕くレーザーを目にする機会もあるが、内陸部の住民にとっては完全に伝説と化す。
 
 2420年代末、中央アジア共和国の独裁者「人民の父」は妄想に取り付かれ、航空機と遠戦兵器の復活を決意する。当初、開発と実験は独裁者の目の届かない北の沙漠で行われたため、レーザー照射を目撃した者は少なかったが、2429年(共和国暦41年)には共和国史上初の有人爆撃機ヤコブレフを撃破するレーザーを、首都ルイセンコグラード(旧称ウルムチ)一帯の数十万の国民が目撃することになる。

 レーザー照射衛星の総数は不明だが、十二基の知性機械のいずれかの支配下に置かれ、それぞれの地域のみを管轄している。飛翔もしくは航行する物体が人工物か自然物か、有人か無人か、或いは破壊力の程度などを判断しているのは知性機械である。遠距離兵器の射程に50キロという線引きをしたのは、それ以下の射程にまではさすがに対応し切れないからであろう。
 しかし2429年のヤコブレフ撃墜は、首都上空をデモンストレーション飛行中であり、明らかに図ったタイミングであった。知性機械はそのように高度な判断をも行えるのか、或いは、もっと高次の存在(管理者たち?)による判断であったかもしれない。

 キルケー・ウイルスの脅威を警告し、封じ込めプログラムの始動を宣言した声明の署名は「管理者たち」のものだったが、実のところ、彼らの実態は謎に包まれている。『グアルディア』の生体端末、『ラ・イストリア』の「グロッタ」の住人たち、『ミカイールの階梯』のミカイリー一族など、遺伝子管理局に関する「正確な」情報を同時代のどの組織、個人よりも把握できている者たちでも、管理者たちが実在した確証を得られていない。

 レーザー照射衛星の製造・打ち上げの時期は不明だが、絶対平和の期間であったのは確かである。人間同士の暴力も大量破壊兵器も存在しなかった時代に、どんな目的でこんな兵器が開発・製造されたのかは不明。故障などで落下してくる人工衛星等の破壊等に使用されていた可能性はある(それが第一目的で製造されたのではなかったにしても)。
 ちなみに、知性機械に自爆装置が付いていないのも、万が一の時は外部から破壊することを前提としているためである。

 なお、レーザーには強烈な白色光が加えられており、これは目撃者を畏怖させるためだと推測されている。27世紀のラテンアメリカでは、不運な漂流者を撃ち砕く天の光を、「サンティアゴの雷(いかずち)」と呼んだ。
「サンティアゴ」とは遺伝子管理局が衛星軌道上に打ち上げた十二基の知性機械のうち、ラテンアメリカ地域を管轄する知性機械の俗称である。ただし人々は、「知性機械(インテリヘンシア)サンティアゴ」は「サンティアゴ(聖ヤコブ)の霊魂(インテリヘンシア)」だと信じているわけだが。

『グアルディア』に於いて、アンヘルは「サンティアゴの雷」を封印したが、彼女は知性機械サンティアゴの生体端末なので、当然ながら他の地域を管轄するレーザー照射衛星に干渉することはできない。

関連記事: 「大災厄」 「遺伝子管理局」 「知性機械」 

       「管理者たち」 「グロッタ」 「キルケー・ウイルス」 

       「マフディ教団と中央アジア共和国」 「各作品に於ける軍事事情」 

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姪観察記

 三年と半年前の年末年始、家族で旅行に行くことになった。当時2歳の姪は何週間も前から、ママ(妹Ⅰ)に「旅行に行くの、楽しみだねえ」と言われてきて、いよいよ当日はすっかり興奮していた。

「旅行楽しいねえ」と行きの車中で、繰り返し彼女は言った。それから尋ねた。「いつ、旅行着くの?」

 という思い出話を、今年のゴールデンウィークに屋久島に行く際、姪に話すと、彼女は理解できずに首を傾げた。
「まだ2歳だったから、『旅行』をどこかの場所だと思ってたんだよ」と説明すると、「そっかあ」と笑う。
「今はもう、『旅行』の意味は解るよね」と尋ねると、解ってるよ、自信たっぷりに彼女は答えた。「旅行って、ホテルのことだよね」………うーん、5歳になってもまだわかんなかったか。

 屋久島では二泊したのだが、二日目の朝、ママが最後にゆっくり入浴したい、と一人で温泉に行ってしまった(姪は風呂好きなのだが、カラスの行水なのである)。置いていかれた姪は、寝起きで機嫌が悪いこともあって、しばらく布団に横たわったまま泣いていた。
 私は泣いている姪を無言で観察していた。十分余りも経って、ようやく泣き止みかけた彼女は、涙の溜まった目を見開いて、恨みがましい表情で私を見詰めた。

「温泉の前まで行って、ママを待ってる?」と私が尋ねると頷いたので、一緒に部屋を出た。
 広いホテルの外れにある温泉に着いた頃には、姪はすっかり機嫌を直していたが、女湯の前のベンチに座って五分と経たないうちに(その間、男湯の中を見たいから一緒に来て、と要求して、私を困惑させた)、「お散歩しよう」と言い出した。

 ホテル内を歩き回りながら、彼女は言った。「お散歩してたらさ、お風呂から戻ってくるママと会って、ママが、まあお散歩してたの、ってびっくりするよ」

 どうやら姪は、ママとの「自然な出会い」を演出したいらしい。ストーカーという言葉も概念も知る由もない彼女だが、温泉の前や部屋でいじましく待ち続けていた、とママに思われるより、待ってなんかいなくて気楽にお散歩してたら、ばったり出会って……という演出をしたいようなのである。

「母性愛」と恋愛は働いている脳の領域が同じ(つまり、恋愛感情は母性愛を基盤として発達した)だそうだが、子供から母親への愛情も恋愛感情の基盤になってんじゃないかなあ、と姪を見ていると思う。

 ひと気のないホテル内をあてどもなくうろついていたが、しばらくして姪は、このままではママに会い損ねるかもしれない可能性に気が付いた。そこで、温泉から部屋へ戻るルート上にある休憩コーナーのような場所(大きなソファが置いてある)で遊ぼう、と言い出した。「ここで遊んでたら、ママが戻ってきて、まあこんなところで遊んでたの、ってびっくりするよ」

 お部屋に戻ろう、と私は提案した。「今日は朝ごはん食べたらすぐにホテルを出なきゃいけないから、ママが戻ってくる前にちゃんと着替えてお片づけもしてたら、いい子だねえ、ってママが褒めてくれるよ」

 いいの、と姪は言い張った。「ここでママと会って、ママがびっくりするの」
 このままでは姪が叱られるのは確実であり、また非モテの行動を見ているような気分にもなってきたので、私は次のように尋ねた。
「あのね、もし今お菓子を1個貰えるのと、今我慢して御飯の後で2個貰えるのだったら、どっちがいい?」

 姪は困惑して考え込んだ。次いで「それ、ほんとの話?」と、少々期待していなくもない口振りで尋ねた。
「いや、もしもの話、うそっこの話だよ。さあ、もしそうだったらどうする?」
 私が重ねて尋ねると、姪はくすくす笑い出した。
「どうして笑ってるの。どうしてこんなこと訊いたのか、ちゃんと解ってるんでしょ」
 そう尋ねると、姪は「わかんなーい」と言いながら、さらに笑う。
「いや、ちゃんと解ってるね。さあ、もし今お菓子を1個貰えるのと……」

 質問を繰り返すと、姪は笑うのをやめて神妙な顔になり、答えた。「……2個貰うほうがいい」

「ほら、やっぱり解ってたじゃん。じゃあ、ここでずっとママを待ってて、まだお支度してないの、ってママに叱られるのと、今すぐお部屋に戻って着替えてお片付けして、ママに、いい子ねえ、って褒められるのと、どっちがいい?」

 姪はますます神妙な顔になって答えた。「……お部屋に戻る」

 そして姪は部屋へ戻って着替えて帰宅の準備をし、戻ってきたママに大層褒められたのであった。

 こどもはおもしろい。

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その男、ヴァン・ダム

 自虐ネタ満載のブラック・コメディ、ではあるのだが、笑うに笑えないのを通り越して全編に哀愁と悲壮感が立ち込める怪作。

 ジャン・クロード・ヴァン・ダムにはまったく興味がなく、ただ90年代、帰省すると毎回ほぼ必ず父親がレンタルしたヴァン・ダム作品を観ており、それを横目でちらりと見遣る、というだけなのであった。しかし21世紀に入ると、レンタル屋のヴァン・ダム・コーナーが徐々にだが着実に縮小していくことから、彼が没落していくのは明らかだった。

 で、昨年ちょっと話題になったこの作品である。

 固定してしまったイメージを覆そうと頑張る役者、というのはかなり好きである(だから、役者としてのトム・クルーズはそれほど評価しないが、彼のチャレンジ精神は評価する。クリント・イーストウッドくらいまで固定したイメージを貫き通せば、それはそれで凄いと思うが、まあ彼は例外中の例外)。加えて、どうやら私は判官びいきであるようだ。

 頑張るヴァン・ダムを観るために、レンタルしてみました。若ヴァン・ダムにはまったく、これっぽっちも、なんとも思わないが、中年ヴァン・ダムは結構渋い見た目になっているのにも、少々心が動かされたのである。やっぱフランス系は親父になってからのほうがいいね(少なくとも見た目は)。

 プロットとしては、「ヴァン・ダムin『狼たちの午後』」。ヴァン・ダムが演じているのは本人なのである。つまり、娘の親権を巡って裁判中の落ち目俳優である。
 不運に不運が重なって郵便局強盗に巻き込まれても、犯人をカラテでやっつけるどころか、銃を突き付けられて為す術もない。しかも警察には犯人の一味だと誤解される。

 一つ一つの自虐ネタはおかしいんだけど、それが蓄積されるにつれて悲壮感も蓄積し、笑えなくなってしまう。
  中盤以降も、ちょこちょことは笑えるんだけどね。強盗の一人がヴァン・ダムの熱烈なファンで、「ジョン・ウーがハリウッドに進出できたのは、あんたのお蔭だ。そうでなかったら、ずっと香港で鳩を飛ばしていた」「なのにあいつはあんたを裏切った。『ウィンド・トーカーズ』が大ゴケしたのは、罰が当たったんだ」とか。

 ヴァン・ダムは新境地を切り開いたというか、ああこの人ちゃんと演技できたんだ、という感じで、彼を巡る小ネタの数々も巧い。冒頭に映画撮影中のシーンも置かれて、ちゃんとアクションも拝める。くすんだ色彩や凝ったカメラワークも悪くない。
 しかし、ヴァン・ダム以外の要素、特に大枠を成す「『狼たちの午後』のパロディ」が巧く機能していない。なんの捻りもなく持ってきただけなんだもん。そのため、ややたるい印象がある。強盗の一人は明らかにジョン・カザールのパロディをやってたが、これもあんまり巧くない。
 もっとドキュメンタリー風に、ハリウッドの彼を描くか、いっそさらにシュールな状況に置くかどちらかにしたほうがよかったのではないかと思う。

 観終わった後、新境地を切り開いたヴァン・ダム47歳が、そこから先にどう進むのか、いやそもそもどこかに進むことができるのか、心の底から案じられてしまう作品でした。

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マフディ教団と中央アジア共和国 Ⅱ

「マフディ教団と中央アジア共和国 Ⅰ」の続き

マフディ教団
 最後にして最大の預言者、救世主と称されるマフディを宗祖とする教団。2406年以降はテングリ大山系の南側とタリム盆地を領有するが、その影響力は中央アジア共和国にも広く浸透している。

 24世紀後半、テングリ大山系一帯には、イスラムの系譜を引く小規模な宗教集団が数多くあった。コーランやハディース(ムハンマド言行録)といった「正統の」経典はとうに失われ(ミカイリー一族が保存してはいたが)、イスラム的な要素は痕跡程度しか留めていなかった。おそらく各教団同士も、互いにルーツを同じくするとは思っていなかっただろう。

 宗祖マフディなる人物が自らを預言者だと信じていたのか、それとも山師だったのかは不明である。だが彼を担ぎ上げた者たちの少なくとも一部は、彼が預言者にして救世主だなどとは信じていなかった。
 マフディ教団の勢力を拡大したのは、そうした人々である。

 ミカイリー一族は、この二つの新興勢力の指導者たちに、いにしえの歴史をも伝えた。中央アジア共和国は帝政ロシアとソ連の歴史から、マフディ教団はイスラムの歴史から、それぞれ都合のいい要素だけを抜き出して利用した。
 最も有効だったのは、イスラム系諸教団(「神秘主義教団」と総称されるようになったのも、おそらく歴史の利用だろう)の信徒に対し、豚と犬の食用を禁忌としたことである。
 それらを禁じられてしまえば、人造肉を食べるしかない。肉の製造は、マフディ教団指導層と共和国政府がそれぞれ独占している。共和国政府にとっても、圧倒的多数を占める神秘主義信徒を支配するために、この禁忌は有用だった。

 表向きは対立を続ける教団と共和国は互いに差異化を図った。その結果、それぞれ原理主義と全体主義のカリカチュアのような政権が出来上がったのである。ここにもそれぞれの指導者たちによる歴史の悪用が働いているが、それだけでなく対立が欺瞞であることを知らない民衆、そして彼らを直接指導する中層の指導者たちの無自覚な意図によるところが大きい。
 現実に於ける原理主義や全体主義も、「外部からくるもの」に対して「純粋さ」を追求した結果、自ずから似たり寄ったりの、何かのカリカチュアのようになってしまうのだろう。

 宗祖マフディを「最後にして最大の預言者」「救世主」とし、彼の出現が遥か過去から予言されていた、とするのは、おそらく24世紀末以降のでっち上げである(なおイスラムに於いて、ムハンマド以外の者を「最後にして最大の預言者」とするのは、紛れもなく異端である)。  

 また、災厄をマフディの出現を信じなかった者たちへの神罰だとし、その時代を「暗黒時代」(ジャーヘリー jahely:アラビア語「ジャーヒリーヤ jahiliyah」のペルシア語形。ジャーヒリーヤは無知、暗黒を意味し、イスラム化以前の時代を指す。『ミカイールの階梯』でも、ジャーヘリーは「無知の闇」をも意味する)と称するのも、同じくでっち上げの可能性がある(災厄が神罰だった、という伝承はあっただろうけれど)。

 マフディ以後の教団の最高指導者は教主(エマーム emam)と呼ばれ、その下で導師たちが信徒の指導に当たる。教主、導師の呼称と役割は、共和国内の神秘主義教団でも同じ。
 宗祖マフディが最初の啓示を受けたとし、その年を元年とするマフディ暦を使っているが、一般の信徒の間では普及していない。2447年はマフディ暦73年。ちなみに、「マフディ mahdi」は「救世主」の意味だが、男性名として普通に使われる。

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中央アジア共和国
 ツェントラリナヤ・アジア共和国。新ルイセンコ主義を信奉するルース族が建設した国家。2406年以降は、テングリ大山系、北麓のジュンガル盆地、および南東麓のトルファン盆地、カラシャフル盆地を領有する。

 汚染された環境(加えて、この地の自然環境は元来苛酷である)に苦しめられていた人々は、「意志の力による進化(進化=進歩)」を提唱するルイセンコ主義(正確には「新ルイセンコ主義」)に魅了された。
 だが革命(建国)の中心となったルース族は、「人類の革新」などより帝政ロシアとソヴィエト社会主義共和国連邦の復活を望んでいた。ルイセンコ主義は、その手段に過ぎなかったのだ。

 彼らは何事につけても帝政ロシアとソ連のひそみに倣った。キタイ族とモンゴル族を盟友(という名のパシリ)と見做し、イスラムの流れを汲む神秘主義信徒たちを目の敵にした。民族平等は建前だけで、ルース族が「最も進化した民族」と規定された。

 ただし、社会主義(マルクス・レーニン主義)と一党独裁制の二つは敢えて採用しなかった。社会主義を除外したのは、おそらくルイセンコ主義を中心教義にしたところにもう一つの教義まで持ち出すと、ややこしくなるからであろう。
 一党独裁制については、ソ連がこれを採用したのは、国家と党という二重体制が支配に有効だからであった。しかしソ連とは比べ物にならないほど小規模な中央アジア共和国では、そのような体制を敷かずとも独裁が可能だったのである。

 人口が少なく工業力が貧弱であることは、何事につけても「偉大なるルース」復活の妨げとなってきた。

 マフディ教団と同様、中央アジア共和国の指導者たちも、ミカイリー一族から提供された歴史資料に基づいて支配体制を組織し、「正史」を捏造した。共和国の正史によれば、人類の黄金期はソ連が世界の半分を支配した時代であり、「破滅(カタストロファ)」は愚昧な神権政治が行われた「大反動時代」に科学が衰退したために起こったとされた。

 政治局(最高指導部)の頂点に立ったのは、「人民の父」と称する独裁者だったが、いつの頃からか彼はパラノイアに囚われ、共和国の「正史」が真実だと信じてしまう。その妄想が彼自身に破滅をもたらし、ルイセンコ主義と恐怖政治をも終息させる。

 ルイセンコ主義では無神論が「進化への一歩」とされたが、信教の自由は一応保障されていた。ただし各宗教の各宗派(もちろん神秘主義教団も)は政府の承認を必要とされ、活動も厳しく制限された。恐怖政治の終焉後も、承認のない宗教活動が非合法なのは変わらない。

 2388年を元年とする(たぶん、どこかの小都市を掌握したとかだろう)共和国暦を使用する。2447年は共和国暦59年。

関連記事: 「テングリ大山系一帯」 「ミカイリー一族」 「大災厄」 「年表」

       「封じ込めプログラム」  「ルイセンコ主義」 「絶対平和」 

       「各作品に於ける軍事事情 Ⅱ」 「グワルディア」 「胡旋舞」

       「25世紀中央アジアの食糧事情」   

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チャーリー・ウィルソンズ・ウォー

 1980年、下院議員のチャーリー・ウィルソンは偶々目に留まった(ラスベガスのホテルでストリッパーと混浴中に)TV番組でアフガン戦争に関心を持つ。それで調べてみると、CIAのアフガン支援予算が500万ドルしかなかったので、二倍にするよう働きかける。

 すると早速、旧知の大富豪(元ミス・コットンボール)にして熱狂的なファンダメンタリストのジョアンが接触してきて、パキスタン大統領に会うようウィルソンに強要する。
 パキスタンでウィルソンは、前任者を処刑した大統領とその側近たちに、無知を散々詰られ、その後難民キャンプに連れて行かれて衝撃を受ける。

 アフガン戦争については昨冬、いろんな本を読んだが、そもそも出版点数が少なく、90年代前半より後に出たものがない(少なくとも日本語文献では)。日本人が書いたものでも欧米人が書いたものでも、アメリカの支援についてはほとんど述べるところがなく、特にイスラエルも協力していたことにはまったく言及していなかった。本当に極秘だったんだなあ。

 撃墜された航空機も含め、ソ連・ムジャヒディン双方の被害については、双方の発表に拠るしかなく、しかも双方とも嘘八百を発表するのでまったく当てにならない、とどの文献でも投げ出していたが、この映画によると、どうやらCIAは少なくとも航空機の撃墜数はきちんと把握していたようだ。まあ、支援するからにはそれくらい当然だろうけど。

 トム・ハンクスの顔をスクリーンで観るのは耐え難いので、映画館での鑑賞を見送ったのに加えて、レンタル開始後は借りて観る余裕がなかった。まあ私が知りたかったのは地上戦についてであって、航空機の撃墜じゃなかったから……

 トム・ハンクスの顔は嫌いだが、演技は必ずしも嫌いではなく、良いと思うこともある。この映画での彼は大変良い。こういう多面性のある役とか悪役とかをもっとやってくれたらいいのに。そしたら映画館にだって頑張って観に行くよ。

 特に、彼が功労者として表彰される場面が、冒頭と最後に二度繰り返されるのだが、冒頭では単に感動を噛み締めているように見える彼の表情が、すべての顛末を観終わった後では、無念さを噛み締めているのがありありと伝わってくる。いや、ほんとに巧い役者ではあるんだよね。

 支援が成功し、ムジャヒディンにも感謝されて、チャーリー・ウィルソンは得意の絶頂にあったわけだが、ソ連撤退後の祝賀パーティーでの、「今後の復興支援が重要だ」というCIA局員の言葉に、「そんな面倒な話は聞きたくない」と拒絶する。
 彼はすぐに反省して、アフガンに小学校建設のために100万ドルだけでも回すよう提言するが、「そんな面倒な話は聞きたくない」と却下される。で、その後の事態に至るわけである。

 国際社会に於けるアメリカの政策の問題点をアメリカ人がきちんと把握している、アメリカ映画としては非常に稀有な例だなあ。
 ムジャヒディン支援を渋っていた長官が、チャーリー・ウィルソンに難民キャンプに連れて行かれて、同じく衝撃を受けて難民たちに支援を約束する。彼らの歓呼を受けてすっかり救世主気取りになり、「アッラーフ・アクバル!」とか叫んでやがんの。調子こいてるなあ。そういう人たちが、ソ連が撤退した途端、アフガニスタンに興味を失うのである。

 フィリップ・シーモア・ホフマンは、巧いけど似たような役が多いし、何しろ容姿に特徴があり過ぎるからいつも同じに見えてしまうな、と思っていたんだけど、今回演じたギリシア系移民二世のCIA局員役は、髭と老けメイクもあって、まるきり別人に見えた。声も相当変えてるようだ。

 久しぶりに見たジュリア・ロバーツはだいぶ老けてたけど、そのため却って貫禄が増している。演技も随分巧くなってるよな。

 1時間半ほどですっきりまとまって、大変よい作品でした。

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マフディ教団と中央アジア共和国 Ⅰ

『ミカイールの階梯』の舞台となる25世紀半ばのテングリ大山系(天山山脈)一帯で対立する二大勢力。2390年代から各々勢力を伸張する。

 イスラムの流れを汲む神秘主義を奉じる教団と、「人間の意志による進化」をドグマとし神を否定する共和国は当初から相容れなかった。わずか数年でマフディ教団は大山系南麓のタリム盆地、中央アジア共和国は北麓のジュンガル盆地をほぼ掌握する。境界をじかに接するようになったことで対立は激化し、現在に至る。

 というのは実は見せ掛けで、両勢力は勃興期から裏で手を結び、協力し合ってきた。その事実を知るのは、双方の指導者たちとミカイリー一族のみである。
 ミカイリーは、両勢力に同盟を結ばせ、知識や技術を提供することで支援してきた。マフディ信仰と新ルイセンコ主義という二つのイデオロギーを、テングリ大山系一帯に新しい秩序をもたらすものとして見込んだがためである。

 24世紀後半、地球規模の災厄は収まりつつあるように見えたが、これは戦争と移動という人間の活動が抑止されたことが大きな要因だった。

 汚染された大地に、島のように点在する居住可能な土地で、人々は孤立を余儀なくされていた。そのように互いに遠く隔たった飛び地から飛び地へと移動するのは、非常に困難だった。文明が崩壊して移動手段が限られた上に(ユーラシアでは乗用・運搬用の大型有蹄類も激減していた)、それぞれの土地で疫病が風土病化していたのである。
 長距離移動は、行く先々の疫病に罹ることであり、また行く先々に疫病を持ち込むことであった。

 テングリ大山系一帯では汚染が比較的少なく、またミカイリー一族の存在があることで、周辺地域に比べれば高度な文明とまとまった人口が維持されてきたが、オアシスや谷に小勢力が割拠する膠着状態が続いてきた。
 大規模な戦争は大規模な移動を伴い、必ず大規模な疫病発生が伴う。そのため、敢えて勢力を広げようとする野心家はいなかった。それ以前に、災厄に打ちのめされた人々はそのような野心を抱くことができなかったのである。

 マフディ信仰と新ルイセンコ主義がそれぞれ多数の信奉者を獲得し、またその指導者たちが統一政権を樹立しようという野望を抱いたのは、人々が活力を取り戻したことの現れであった。
「救世主マフディによる救済」と「獲得形質進化による救済」をそれぞれ約束する二つの勢力を、それぞれの信奉者たちは熱狂的に支持した。だが双方の指導者たちは遥かに賢明であり、イデオロギーを方便、ただし非常に有効な方便だと見做していた。そうと知ったからこそ、ミカイリーは両者に接近し、手を結ばせたのである。

 大規模な戦闘行為は必要なかった。信奉者たち(信徒または「細胞」)は各地に浸透し、またミカイリーがそれまで出し惜しみしてきた高度な知識と技術を提供したことで、高性能な兵器が製造された(それが可能な程度の工業力は維持されていたのである)。カラシニコフ自動小銃の一斉射撃やТ‐72戦車の威容の前に、総じて士気の低かった在来勢力の軍隊はほとんど抵抗らしい抵抗を示さなかったのである。

 2390年代初めに締結された秘密協定は、上述のとおり両勢力が在来勢力をほぼ駆逐し、じかに境界を接するようになった時点でいったん崩壊する。マフディ教団の勢力圏内(大山系南部)にいるミカイリー一族を奪わんと、共和国が侵攻を行ったことで、戦端が開かれた。
 たちまち疫病が両軍に蔓延し、賢明な指導者たちは我に返った。2406年、新たな協定が結ばれ、両勢力は今までどおり表向きは敵同士として対立を続けることになった。

 統一を果たしても汚染された自然が回復するわけでもなし、信奉者たちに約束した「明るい未来」は実現不可能であることを、指導者たちはよく解っていた。人々の不満を逸らすために、「解り易い敵」が必要だったのだ。
 そして2447年現在に至るまで、テロルと報復の応酬が継続されてきたのである。

 ただし共和国では2429年、独裁者「人民の父」の死を契機にルイセンコ主義の誤りが認められたことから、代わって民族主義が台頭する。マフディ教団でもこの頃から、マフディによる救済よりも、共和国への敵意が煽られ、民族主義的な傾向が強くなる。両政権下の人々は、もはや救済の約束を信じられなくなりつつあったのだ。
 だが人々は自主的に「解り易い敵」を欲し、暴力は指導者たちのコントロールを離れようとしていった。それが、2447年の状況である。

 なお、中央アジア共和国はテングリ大山系北麓をほぼ手中に収めた2400年代初頭、法によって民族分類を定めた。

 以下の五つの民族に区分される。

ルース族 「ルース」は「ロシア」(現代ロシア語では「ルーシ русь」)の古名。ちなみに原義は「赤毛」。エウロパ大飢饉によって中央アジアへと逃れてきた難民の末裔である。彼らヨーロッパ系難民はさまざまな民族が入り混じっていたが、やはりロシア・スラヴ系が最も多く、長年の間に同化吸収されてしまった(無論、アジア系との混血も行われてきた)。ロシア系難民が奉じていた新ルイセンコ主義が台頭してきたことにもよると思われる。
 新ルイセンコ主義を支持したのはルース族だけではなかったにもかかわらず、共和国が政権を握ると指導者層はルース族ばかりで占められるようになる。
 数の上では五族の中で最も少なく、そのためかソ連と帝政ロシアに強烈な郷愁を抱いてきた。新ルイセンコ主義を奉じて無神論だったが、少数ながら新ルイセンコ主義には従わず、ロシア正教の流れを汲む信仰(「正教」と呼ばれる)を伝えてきた人々もいた。
 ルイセンコ主義の衰退と民族主義の台頭によって、正教に回帰したルース族も多い。

タジク族 「タジク таджик」は本来東方イラン系民族とその言語を指した名称で、作中でもその用法に従う。文明崩壊後の中央アジアで、イラン(国名ではなく民族名)系言語と文化を伝承してきた人々の総称であり、実在するタジク族と直接関係があるわけではない。
 イスラムの流れを汲む信仰(「神秘主義」)を奉じており、そのために共和国では迫害される。建国期には棄教して新ルイセンコ主義者となった者も多かったが、待遇はさほど変わらなかった。
 2410年代半ばからはジュンガル盆地の沙漠地帯へと強制移住させられ、その際抵抗した人々が無数に殺された。それでも2449年の時点でなお、チュルク族と並んで共和国で最も数が多い。

チュルク族 тюрк  トルコ系民族の末裔の総称。タジク族とは宗教や生活様式などの共通点が多く、混血も進んでいる。共和国の支配下に組み入れられてからは、タジク族と同じく受難の道を歩む。
 バイリンガルの者も多く、二つの民族の区分は曖昧だったが、共和国の政策によって分断が進んでいる。政府の支配が及ばない西部辺境(イリとボロタラの二州)では、両者の区別は曖昧なままである。

キタイ族とモンゴル族 катай, монгол  キタイはロシア語で中国のこと(語源は「契丹」)。両民族ともルース族に比べれば人口は多かったが、タジクとチュルクに比べれば、やはり圧倒的に少数である。
 そのため以前からこの三民族は団結する傾向にあった。懐古趣味のルース族たちはかつての盟友キタイとモンゴルに親近感を抱き、また仏教系宗教(密教の要素が強い)の信者であるキタイ族とモンゴル族は、神秘主義信徒たちに比べれば新ルイセンコ主義への抵抗が少なかったのも、三者を結び付けた大きな要因だっただろう。
 建国後はルース族に次いで優遇される。キタイ族にもモンゴル族にも神秘主義信徒はいるが、民族分断政策のため、チュルク・タジク族ほどは弾圧されてこなかった。

 作中の時点では、地方のキタイ・モンゴル族は政府への忠誠をとうに失い、ルース族への反発を強めているが、中央区に於いては相変わらずルース族に次いで優遇され、政府に忠実である。

 国民を民族ごとに分断し、支配を容易にするための政策であったが、民族分類自体は以前からあったおおまかな区分に基づいたものである(各民族名は言語によって発音が多少異なるが、作中では便宜上統一してある)。

 マフディ教団領のタリム盆地では、「タジク・チュルク系信徒」(タリム盆地では従前からタジク語が優勢であった)と「それ以外」が峻別される。タジク・チュルク系の他の神秘主義教団信徒(当然ながら共和国領内の)については「同胞」と呼び、その苦境に同情を寄せるが、無論プロパガンダに過ぎない。

なお、作中で使用されている各言語は、それぞれに相当すると想定される現代の言語を、便宜的に当てたものである。

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グラン・トリノ

 そう言えば、イーストウッドの出演作は『荒野の用心棒』『許されざる者』『スペース・カウボーイ』『ミリオン・ダラー・ベイビー』しか観たことがないのであった。で、監督作は上の3作に加えて、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』しか観たことがない。

『荒野の用心棒』と硫黄島二部作は星4つ以上、『許されざる者』と『スペース・カウボーイ』は星2.5~3くらい? 『ミリオン・ダラー・ベイビー』は、ちょうどその頃ヒロインと同年代だったこともあって、前半の「私からボクシングを取ったら何も残らない。私の人生はもう後がない」というのが妙に身につまされて暗澹としてしまったのは別にしても、あの結末は釈然としないのを通り越して腹が立ったので星0というかむしろ-1くらい。

 チャップリンはまあ例外として(あと、脇役でちょこっと出てるくらいのんはともかく)、監督出演作なんてのは碌なもんじゃない、というのがこれまでの映画鑑賞歴から得た教訓だが、イーストウッドの監督出演作がこの法則に当て嵌まるかどうかは、今のところなんとも言えん。

 平日の渋谷で鑑賞。あまり大きくない劇場で、かなりの入りだったが、私より若い人はほとんどおらず、イーストウッドと同年代くらいじゃないかと思える方々も。

 イーストウッドになんの思い入れもないばかりか彼の作品に馴染みもない私と、『グラン・トリノ』の観客の大半を占める人たちとでは、やはり見方が違ってくるのだと思う。
 で、そういう私の目からすると、「イーストウッドがイーストウッドであることを前提としている」のが、ネタなのかマジなのかが微妙で、おそらく両方なのだろうけれど、マジなほうに偏りが大きく見えるのが、また微妙なのであった。

 エンドクレジットで本人が歌うのは、なんぼなんでもやり過ぎだよ。まあフルコーラスじゃないし、処理の仕方も巧かったから、『タンゴ・レッスン』でサリー・ポッター本人が歌う主題歌より遥かに遥かに遥かにましだが(「遥かに」をもう3つくらい付けてもいいくらいだが、そもそもあんなのとの比較が成立してまうのが問題なのである)。

 という問題を除けば、素晴らしい作品だと言える。以下、ネタばれ注意。

 偏屈な老人と彼が偏見を抱いていた相手との交流、若者の成長を導く老人、といった物語の外枠は大変オーソドックスなものだが、描かれているのは「アメリカらしさ」の死だ。イーストウッドがその成立に貢献してきた「アメリカらしさ」の死を描くのには、やはり主演は彼自身でなくてはならなかったのである。

 隣人を守るために暴力を用いる、という「男らしい」「アメリカらしい」メソッドに従って行動した結果は、少女のレイプという無惨なものだった。真の解決のために、老人は自らの命を犠牲にしなければならなかったのである。
 自己犠牲による解決、というのが私は大嫌いなのだが、死ぬ必要があったのはイーストウッドが演じる老人ではなく、彼が体現してきたアメリカらしさ、男らしさであったのだから致し方あるまい。

 うーん、でもなあ、やっぱり本人が歌ったのがなあ。

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