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姪観察記

 三年と半年前の年末年始、家族で旅行に行くことになった。当時2歳の姪は何週間も前から、ママ(妹Ⅰ)に「旅行に行くの、楽しみだねえ」と言われてきて、いよいよ当日はすっかり興奮していた。

「旅行楽しいねえ」と行きの車中で、繰り返し彼女は言った。それから尋ねた。「いつ、旅行着くの?」

 という思い出話を、今年のゴールデンウィークに屋久島に行く際、姪に話すと、彼女は理解できずに首を傾げた。
「まだ2歳だったから、『旅行』をどこかの場所だと思ってたんだよ」と説明すると、「そっかあ」と笑う。
「今はもう、『旅行』の意味は解るよね」と尋ねると、解ってるよ、自信たっぷりに彼女は答えた。「旅行って、ホテルのことだよね」………うーん、5歳になってもまだわかんなかったか。

 屋久島では二泊したのだが、二日目の朝、ママが最後にゆっくり入浴したい、と一人で温泉に行ってしまった(姪は風呂好きなのだが、カラスの行水なのである)。置いていかれた姪は、寝起きで機嫌が悪いこともあって、しばらく布団に横たわったまま泣いていた。
 私は泣いている姪を無言で観察していた。十分余りも経って、ようやく泣き止みかけた彼女は、涙の溜まった目を見開いて、恨みがましい表情で私を見詰めた。

「温泉の前まで行って、ママを待ってる?」と私が尋ねると頷いたので、一緒に部屋を出た。
 広いホテルの外れにある温泉に着いた頃には、姪はすっかり機嫌を直していたが、女湯の前のベンチに座って五分と経たないうちに(その間、男湯の中を見たいから一緒に来て、と要求して、私を困惑させた)、「お散歩しよう」と言い出した。

 ホテル内を歩き回りながら、彼女は言った。「お散歩してたらさ、お風呂から戻ってくるママと会って、ママが、まあお散歩してたの、ってびっくりするよ」

 どうやら姪は、ママとの「自然な出会い」を演出したいらしい。ストーカーという言葉も概念も知る由もない彼女だが、温泉の前や部屋でいじましく待ち続けていた、とママに思われるより、待ってなんかいなくて気楽にお散歩してたら、ばったり出会って……という演出をしたいようなのである。

「母性愛」と恋愛は働いている脳の領域が同じ(つまり、恋愛感情は母性愛を基盤として発達した)だそうだが、子供から母親への愛情も恋愛感情の基盤になってんじゃないかなあ、と姪を見ていると思う。

 ひと気のないホテル内をあてどもなくうろついていたが、しばらくして姪は、このままではママに会い損ねるかもしれない可能性に気が付いた。そこで、温泉から部屋へ戻るルート上にある休憩コーナーのような場所(大きなソファが置いてある)で遊ぼう、と言い出した。「ここで遊んでたら、ママが戻ってきて、まあこんなところで遊んでたの、ってびっくりするよ」

 お部屋に戻ろう、と私は提案した。「今日は朝ごはん食べたらすぐにホテルを出なきゃいけないから、ママが戻ってくる前にちゃんと着替えてお片づけもしてたら、いい子だねえ、ってママが褒めてくれるよ」

 いいの、と姪は言い張った。「ここでママと会って、ママがびっくりするの」
 このままでは姪が叱られるのは確実であり、また非モテの行動を見ているような気分にもなってきたので、私は次のように尋ねた。
「あのね、もし今お菓子を1個貰えるのと、今我慢して御飯の後で2個貰えるのだったら、どっちがいい?」

 姪は困惑して考え込んだ。次いで「それ、ほんとの話?」と、少々期待していなくもない口振りで尋ねた。
「いや、もしもの話、うそっこの話だよ。さあ、もしそうだったらどうする?」
 私が重ねて尋ねると、姪はくすくす笑い出した。
「どうして笑ってるの。どうしてこんなこと訊いたのか、ちゃんと解ってるんでしょ」
 そう尋ねると、姪は「わかんなーい」と言いながら、さらに笑う。
「いや、ちゃんと解ってるね。さあ、もし今お菓子を1個貰えるのと……」

 質問を繰り返すと、姪は笑うのをやめて神妙な顔になり、答えた。「……2個貰うほうがいい」

「ほら、やっぱり解ってたじゃん。じゃあ、ここでずっとママを待ってて、まだお支度してないの、ってママに叱られるのと、今すぐお部屋に戻って着替えてお片付けして、ママに、いい子ねえ、って褒められるのと、どっちがいい?」

 姪はますます神妙な顔になって答えた。「……お部屋に戻る」

 そして姪は部屋へ戻って着替えて帰宅の準備をし、戻ってきたママに大層褒められたのであった。

 こどもはおもしろい。

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