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その男、ヴァン・ダム

 自虐ネタ満載のブラック・コメディ、ではあるのだが、笑うに笑えないのを通り越して全編に哀愁と悲壮感が立ち込める怪作。

 ジャン・クロード・ヴァン・ダムにはまったく興味がなく、ただ90年代、帰省すると毎回ほぼ必ず父親がレンタルしたヴァン・ダム作品を観ており、それを横目でちらりと見遣る、というだけなのであった。しかし21世紀に入ると、レンタル屋のヴァン・ダム・コーナーが徐々にだが着実に縮小していくことから、彼が没落していくのは明らかだった。

 で、昨年ちょっと話題になったこの作品である。

 固定してしまったイメージを覆そうと頑張る役者、というのはかなり好きである(だから、役者としてのトム・クルーズはそれほど評価しないが、彼のチャレンジ精神は評価する。クリント・イーストウッドくらいまで固定したイメージを貫き通せば、それはそれで凄いと思うが、まあ彼は例外中の例外)。加えて、どうやら私は判官びいきであるようだ。

 頑張るヴァン・ダムを観るために、レンタルしてみました。若ヴァン・ダムにはまったく、これっぽっちも、なんとも思わないが、中年ヴァン・ダムは結構渋い見た目になっているのにも、少々心が動かされたのである。やっぱフランス系は親父になってからのほうがいいね(少なくとも見た目は)。

 プロットとしては、「ヴァン・ダムin『狼たちの午後』」。ヴァン・ダムが演じているのは本人なのである。つまり、娘の親権を巡って裁判中の落ち目俳優である。
 不運に不運が重なって郵便局強盗に巻き込まれても、犯人をカラテでやっつけるどころか、銃を突き付けられて為す術もない。しかも警察には犯人の一味だと誤解される。

 一つ一つの自虐ネタはおかしいんだけど、それが蓄積されるにつれて悲壮感も蓄積し、笑えなくなってしまう。
  中盤以降も、ちょこちょことは笑えるんだけどね。強盗の一人がヴァン・ダムの熱烈なファンで、「ジョン・ウーがハリウッドに進出できたのは、あんたのお蔭だ。そうでなかったら、ずっと香港で鳩を飛ばしていた」「なのにあいつはあんたを裏切った。『ウィンド・トーカーズ』が大ゴケしたのは、罰が当たったんだ」とか。

 ヴァン・ダムは新境地を切り開いたというか、ああこの人ちゃんと演技できたんだ、という感じで、彼を巡る小ネタの数々も巧い。冒頭に映画撮影中のシーンも置かれて、ちゃんとアクションも拝める。くすんだ色彩や凝ったカメラワークも悪くない。
 しかし、ヴァン・ダム以外の要素、特に大枠を成す「『狼たちの午後』のパロディ」が巧く機能していない。なんの捻りもなく持ってきただけなんだもん。そのため、ややたるい印象がある。強盗の一人は明らかにジョン・カザールのパロディをやってたが、これもあんまり巧くない。
 もっとドキュメンタリー風に、ハリウッドの彼を描くか、いっそさらにシュールな状況に置くかどちらかにしたほうがよかったのではないかと思う。

 観終わった後、新境地を切り開いたヴァン・ダム47歳が、そこから先にどう進むのか、いやそもそもどこかに進むことができるのか、心の底から案じられてしまう作品でした。

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