« 姪観察記 | トップページ | 女子大生とフォルクローレ »

封じ込めプログラム

 シリーズの基本設定。

 およそ200年間続いた遺伝子管理局の治世「絶対平和」は、22世紀末から始まった災厄によって崩壊した。災厄は動植物の疫病、それに伴う飢饉、社会の混乱、そして戦争というかたちで進行したが、原因が突き止められたのは2239年のことだった。

 その年(日付は不明)、遺伝子管理局の頂点に立つ「管理者たち」の名で、全世界に向けて声明が発表された。要点は以下のとおりである。

  • 災厄の原因は、ただ一種のウイルスであり、それが細菌から動植物に至るまで変異をもたらしている。
  • ウイルス自体もめまぐるしく変異し続けるため、祖型を突き止めることはもはや不可能だが、我々はこれを「キルケー」と名付ける。
  • キルケー・ウイルスによる変異を止めることは不可能である。
  • 災厄の拡大を最低限に留めるため、航空機、陸地から百キロ以上離れた船舶、および射程50キロを越える遠距離兵器は、衛星によるレーザー照射によって破壊する。

 全世界が唖然としたが、声明が発表された時点ですでに、「管理者たち」は姿を晦ませていた。そして翌日から本当に、レーザー照射衛星は稼動し始めた。

 全世界が、警告を理解せず、ただ空と海を奪われたことに怒り狂って、管理者たち、そしてレーザー照射衛星のプログラムを解除する鍵を探し出そうと血眼になった。遺伝子管理局は無数の組織の巨大な集合体だったが、無数の暴徒の前に、数ヵ月で瓦解した。無論、手掛かりは何一つ得られなかった。

 人類から空と海を奪うこのプログラムは、声明に於いて名称が記されておらず、「封じ込め」と仮称されることになる。それはこのプログラムの目的を正確に表していた。
 封じ込められる対象は、第一に人類だった。疫病から逃れようとする人々はその運び手となり、瞬く間に全世界に蔓延させることになるからだ。
 第二の対象は、遠戦兵器である。キルケー・ウイルスの真の脅威は、疫病や飢餓をもたらすことではない。人間を「人間でないもの」に変異させることである。人が人でなくなる恐怖と嫌悪によって起こる殺し合いは、汚染されていない土地や食料を巡る争いよりも、遥かに凄惨で徹底したものになる――そう予想した「管理者たち」は、人類絶滅のリスクを少しでも減らすための処置を取ったのである。

 これら二つの意義と「封じ込め」の仮称は、文明が完全に退行するよりも遥かに速やかに忘れ去られた。
 封じ込めプログラムによって、航空機は過去の夢となり、航海は陸地沿いだけに限られるようになった(陸と陸の間なら、200キロまでの航行が可能。無論、潜水艇も対象である)。沿岸地域の住民であれば、陸地から100キロ以上離れてしまった不運な船を撃ち砕くレーザーを目にする機会もあるが、内陸部の住民にとっては完全に伝説と化す。
 
 2420年代末、中央アジア共和国の独裁者「人民の父」は妄想に取り付かれ、航空機と遠戦兵器の復活を決意する。当初、開発と実験は独裁者の目の届かない北の沙漠で行われたため、レーザー照射を目撃した者は少なかったが、2429年(共和国暦41年)には共和国史上初の有人爆撃機ヤコブレフを撃破するレーザーを、首都ルイセンコグラード(旧称ウルムチ)一帯の数十万の国民が目撃することになる。

 レーザー照射衛星の総数は不明だが、十二基の知性機械のいずれかの支配下に置かれ、それぞれの地域のみを管轄している。飛翔もしくは航行する物体が人工物か自然物か、有人か無人か、或いは破壊力の程度などを判断しているのは知性機械である。遠距離兵器の射程に50キロという線引きをしたのは、それ以下の射程にまではさすがに対応し切れないからであろう。
 しかし2429年のヤコブレフ撃墜は、首都上空をデモンストレーション飛行中であり、明らかに図ったタイミングであった。知性機械はそのように高度な判断をも行えるのか、或いは、もっと高次の存在(管理者たち?)による判断であったかもしれない。

 キルケー・ウイルスの脅威を警告し、封じ込めプログラムの始動を宣言した声明の署名は「管理者たち」のものだったが、実のところ、彼らの実態は謎に包まれている。『グアルディア』の生体端末、『ラ・イストリア』の「グロッタ」の住人たち、『ミカイールの階梯』のミカイリー一族など、遺伝子管理局に関する「正確な」情報を同時代のどの組織、個人よりも把握できている者たちでも、管理者たちが実在した確証を得られていない。

 レーザー照射衛星の製造・打ち上げの時期は不明だが、絶対平和の期間であったのは確かである。人間同士の暴力も大量破壊兵器も存在しなかった時代に、どんな目的でこんな兵器が開発・製造されたのかは不明。故障などで落下してくる人工衛星等の破壊等に使用されていた可能性はある(それが第一目的で製造されたのではなかったにしても)。
 ちなみに、知性機械に自爆装置が付いていないのも、万が一の時は外部から破壊することを前提としているためである。

 なお、レーザーには強烈な白色光が加えられており、これは目撃者を畏怖させるためだと推測されている。27世紀のラテンアメリカでは、不運な漂流者を撃ち砕く天の光を、「サンティアゴの雷(いかずち)」と呼んだ。
「サンティアゴ」とは遺伝子管理局が衛星軌道上に打ち上げた十二基の知性機械のうち、ラテンアメリカ地域を管轄する知性機械の俗称である。ただし人々は、「知性機械(インテリヘンシア)サンティアゴ」は「サンティアゴ(聖ヤコブ)の霊魂(インテリヘンシア)」だと信じているわけだが。

『グアルディア』に於いて、アンヘルは「サンティアゴの雷」を封印したが、彼女は知性機械サンティアゴの生体端末なので、当然ながら他の地域を管轄するレーザー照射衛星に干渉することはできない。

関連記事: 「大災厄」 「遺伝子管理局」 「知性機械」 

       「管理者たち」 「グロッタ」 「キルケー・ウイルス」 

       「マフディ教団と中央アジア共和国」 「各作品に於ける軍事事情」 

設定集コンテンツ

|

« 姪観察記 | トップページ | 女子大生とフォルクローレ »

HISTORIA」カテゴリの記事