グワルディア
『ミカイールの階梯』に登場。гвардия。より現代ロシア語の発音に近い表記だと「グワルヂア」といったところか。
ピョートル大帝(1671-1725)による軍制改革の際、「親衛隊」の呼称として採用される。イタリア語/スペイン語のguardia(グアルディア)の借用と思われる。その後、「精鋭部隊」の意も持つようになった。個々の「親衛隊員/精鋭」はгвардеец(グワルデイツ。女性形はгвардейцаグワルデイツァ)。
「グワルディア」の名称はソ連に於いても使用された。赤衛隊Красная гвардия、ファジェーエフの小説『若き親衛隊』Mолодая гвардияなど。
中央アジア共和国に於いては、特異な戦闘能力を持つ者を輩出する、とある一族に与えられた称号であった。
新ルイセンコ主義は、ソ連のルイセンコ主義と同じく遺伝子を否定し、その上で災厄によって遺伝の安定性が粉砕され、人間は意志の力によって如何様にも「進化(エヴォリューツィア)」できると説く。その獲得形質進化の生きた証として担ぎ上げられたのが、改造体の末裔たちだった。
21、22世紀の200年間、遺伝子改造は遺伝子管理局の厳格な管理下にあり、規定値以上の遺伝子改造を施されたヒトは「亜人」と呼ばれ、子孫を残すことができなかった。23世紀、遺伝子管理局の支配が崩壊してから文明が大幅に退行するまでの数十年間、各地で無数の改造体が造られた。自衛のために、戦闘能力を高める改造遺伝子を自らの血統に組み込む家系も多くあった。
そうした家系も、やがて血が薄まって異能を失うか、或いはそれを恐れて近親交配を繰り返すうちに結局は自滅した。しかし先祖がえりの個体はしばしば出現し、新ルイセンコ主義の妄説を保証することとなったのである。
グワルディアと呼ばれることになる一族は、内婚と外婚を適度に交えつつ、何世代にもわたって異能を保ってきた。遺伝学の知識を失ってしまっても、遺伝の法則を忠実に守ってきたということであり、その彼らが熱烈な新ルイセンコ主義者となったのは皮肉である。
「伝統は粉砕しなければならない(ただし帝政ロシアとソ連の遺産は除く)」という新ルイセンコ主義の主張に従って、彼らは政府から「グワルディア」の称号を授けられた後は、本来の姓を捨ててしまった。13~15歳くらいまでの間に試験を受けて、精鋭(グワルデイツ/グワルデイツァ)であることが認められると、姓の代わりにその称号を名乗る(マクシム・グワルデイツ、リュドミラ・グワルデイツァといった具合に)。精鋭と認められなかった者は、そう名乗ることはできない。
共和国の建国期にはプロパガンダに大いに利用されたが、あまりにも民衆に人気が出たために独裁者「人民の父」の猜疑と嫉妬を招き、また彼ら自身も利用されることに疑問を抱いて命令を拒否するようになったため、2402年(作中の45年前)に辺境のイリに追放される。
祖国に裏切られた事実を認めることがでなかった彼らは、過去の栄光とルイセンコ主義にしがみ付き、イリの地元民たちからは距離を置いた排他的な生活を続けていた。
ただし、完全に孤立していたわけではなく、彼らなりにイリの復興や治安に協力してきた。銃はなるべく使わず、近接戦では相手を殺傷するより取り押さえることを目的に、刀剣ではなく槍を使うようになったのも、その意識のあらわれである。
彼らの異能は、優れた神経系を基盤としている。人並み外れた膂力も、筋細胞が常人と異なるのではなく、最大筋力を随意に解放できるためである(その結果として、筋組織が発達している)。ほかにも神経信号の伝道速度などが関わっている。訓練は幼少時から行われるが、いかに自己の肉体をコントロールできるかに重点が置かれる。精鋭(グワルデイツ)かどうかを判定する基準も同様である。
精鋭は例外なく赤毛だが、そのこと自体は異能とは無関係である。赤毛の遺伝子は、精鋭の異能に関与する複数の遺伝子(群)のうち特に重要な一つと連鎖(同じ染色体上で近接)して組み込まれており、目印の役割を果たしている。
改造体の末裔は、彼らのように異能の目印となる外見的な特徴を併せ持っていることが多い(『ミカイールの階梯』の殺戮機械や、『グアルディア』『ラ・イストリア』の生体端末、千里眼など)。
グワルディアの一族は、先祖伝来の特殊な婚姻形態に加えて、新ルイセンコ主義の教導によって、夫婦や家族といった概念が希薄である。男も女も、より多くの相手と子供を為すことを善しとする(ただし、親子きょうだいの可能性のある相手は慎重に避ける)。外婚の場合、彼らの特殊な習慣では、外部の者を迎え入れるのは難しいと思われるので、おそらく女たちが外部の男から「子種を貰う」のが最も一般的なかたちであろう。
子供たちは共同で育てられる。精鋭候補の子供たちは共同で訓練を行い、また後述のように先天性障害者が多く母親(成人男性は父親の役割を果たさない)だけで面倒を見るのが困難であるのも、(ルイセンコ主義とは別に)大きな要因であろう。
外婚の相手は、主にルース族(と見做された家系)が選ばれる。新ルイセンコ主義では、ルース族を「最も進化した優良民族」と定義するためである。その結果、北方コーカソイド的な風貌(長身、彫りの深い顔、薄い色素等)が一族共通の形質となっている。
近親交配の弊害は少なくない。ルイセンコ主義は優生学的な「断種」を否定するので、障害を負って生まれた者たちが殺されたり生殖を禁じられたりすることはないが、グワルディアの発達した神経系は神経障害と結び付いており、血が濃いほど長くは生きられなかったり、たとえ生き延びられても生殖が不可能なほど障害が重く生まれつく危険が高い。
身体能力をある程度高める遺伝子改造は「規定値以内」であったため、遺伝子管理局の支配下でもわりあい頻繁に行われていたらしい。グワルディアのような神経系の改造のほかにも、心肺機能や赤筋の比率を高めたりといった改造があったと考えられる。そうした改造が災厄の初期にさらに盛んに行われ結果、何世代も後になっても先祖がえりの個体が生まれることは、頻繁ではないものの広く知られていたようである(グワルディア一族のように、二百年以上も維持し続けた例はごく稀だが)。
『グアルディア』のレコンキスタ軍総司令官ユベールも高い戦闘能力の持ち主であり、おそらくグワルディア一族と同じ改造遺伝子を祖先から受け継いでいると思われる(無論、グワルディア一族と血統上の繋がりはない)。
「殺戮機械」と呼ばれる改造体も、グワルディア一族と同じ改造遺伝子群を基盤としている。しかし彼らが施された改造は「規定値」を超えており、戦闘能力はグワルディアより遥かに高いが、その代償として人間らしい感情や思考を失っている。
関連記事: 「マフディ教団と中央アジア共和国」 「ルイセンコ主義」 「亜人」
参考記事: 『未来少年コナン』感想
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