各作品に於ける軍事事情 Ⅰ
HISTORIAシリーズは、文明崩壊後の世界を描く連作である。舞台となる時と場所は作品ごとに異なるが、それぞれの軍事事情は文明がどの程度残っている(復興している)か、そして「封じ込めプログラム」の存在に大きく左右される。
『グアルディア』
舞台: 2643-2644年(過去パートは除く)の中米南部から南米北部。「ラティニダード」の名で呼ばれる地域。
南米北部のグラナダ(東部)とグヤナ(西部)の二国、中米南部の自治都市が割拠するエスパニャ地方の三つの勢力圏が分立する均衡状態が、百年以上も続いていた。この状況を作り出し、維持していたのはエスパニャ地方のメヒコ湾岸の自治都市エスペランサ(通称、科学都市)である。より厳密に言えば、エスペランサが擁する生体端末とその愛人にしてエスペランサの支配者クリストフォロ・ドメニコたちだ。
他の分野の科学技術と同様、軍事技術も生体端末とクリストフォロらが選別し、提供する旧時代の知識に拠っていた。
白人至上主義のグヤナは、隣国グラナダと恒常的な交戦状態にあったが、戦闘は小規模で短期間のものに限られていた。エスパニャ地方の各自治都市は、都市同士あるいはグラナダと争ったり同盟を結んだり、といった状況だったが、一つないし複数の都市が衰退するほどの戦闘が拡大することはなかった。
各自治都市の守備軍は主に傭兵によって構成され、グラナダにも国民軍のほかに大規模な傭兵部隊が存在した。複数存在する傭兵団のうち、最大のものはクリストフォロ・ドメニコの支配下にあった。このことも、エスパニャ各都市とグラナダ間の戦争がごく限定されたものだった一因である。
グヤナでは白人男性のみを対象として徴兵制が取られていたが、これは圧倒的多数を占める有色人の国民に対して白人の団結を強めることを目的とするものだった。国民軍の士気と練度は高かったが、有色人たちの反乱の危険を常に抱えていたため、外国との戦争に集中するわけにはいかなかった。
「国民戦争」「全面戦争」の概念は、グヤナも含めてラティニダードには存在しなかった。
2638年、クリストフォロの死を契機に、生体端末アンジェリカⅤは男性名アンヘルを名乗り、エスペランサの実権を握り、次いでラティニダードの征服活動「レコンキスタ」を開始する。
その過程で数多くの技術を復活させるが、ラティニダードに最大の衝撃をもたらしたのは空と海の解放だった。知性機械サンティアゴの生体端末であるアンヘルは、「サンティアゴの雷」すなわちレーザー照射衛星を封印し、再び飛行と遠洋航海、そして長距離兵器の使用を可能にしたのである(ただし、サンティアゴの管轄であるラティノアメリカ地域内に限定)。
もっとも、航空機や遠洋船、ミサイル等を復活させても、それらが実際の戦闘に及ぼした影響はあくまで戦術レベル止まりだった。大量生産ができず(量産体制を整える時間的余裕も、そもそも工業力もない)、操縦士や整備士をはじめ、運用システムに必要な人員を育成する期間も欠いていたためである。
しかし心理面でのインパクトは絶大であり、レコンキスタを強力に促進した。なお、核兵器や生物化学兵器等の大量破壊兵器の復活は行われなかった。
そういった次第で、レコンキスタ軍に於いても海軍と空軍は補助的な存在に過ぎず、陸軍が根幹となるのはそれ以前の状況と変わらなかった。
レコンキスタ以前の海戦は、「サンティアゴの雷」によって著しく限定されていた。船舶は陸地から百キロ以上離れるや否やレーザーの餌食となるため、その射程に相手を押し出したほうが勝ち、という戦法が必然的に発達した。
無論、これを実行するには、それなりの射程(レーザーによって50キロ以内に限定されるが)と威力をもった砲、運動性の高い艦艇、レーダー等の高度な科学技術を必要とする。でも戦法自体は、「押し出したもん勝ち」。
レーザー照射衛星の封印によって、このような原始的な戦法がもはや無効となったことは、レコンキスタ軍の一連の海戦で瞭然であったにもかかわらず、グヤナは新たな状況に対応する努力を怠り、2643年末の海戦であっさり撃破される。
グヤナの白人政府は、レコンキスタ軍の航空機やミサイルに対しても、具体的な対応策を講じようとはしていなかった。アンヘルが征服活動の終了を表明していたためでもあるが、何より実戦に投入されたこれら新兵器は量的にはわずかであり、効果は主として心理的なものに限定されていたと彼らが捉えていたことが大きい。
その分析は正しかったが、白人たちは新兵器が大量投入された場合をまったく想定せず、また恐怖は意志の力で克服できると信じていたのだった。
レコンキスタに伴ってアンヘルが復活させた大小の火器、航空機や軍用車両、艦艇等の技術レベルは、(作中では明言されないが)概ね1960年代に相当。レコンキスタ以前では
おそらく1940~50年代。
それらの武器兵器は、かつて実際に存在した型を基に設計されているが、完全な復元ではなく、特定の軍の模倣に固執してもいない。
北米の状況は完全に不明。南米の赤道以南は戦乱が続いている。変異した密林(アマソナス)と放射能汚染された山岳地帯によってラティニダードとの交通は著しく困難であるが、小銃などの武器が大量に輸出されている。
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『ラ・イストリア』
舞台: 2256年(本編)のメヒコ。
遺伝子管理局の治世に於いても20世紀以前の国家は存在したが、それらの政府は地方行政を請け負う機関に過ぎず、権限はわずかだった。
しかし遺伝子管理局の体制が崩れ始めると、各国は自立を余儀なくされる。同時に各国は内憂外患を抱えることにもなった。
規制の崩壊と暴力の拡大に伴い、無数の武器兵器が製造・使用される。それらの大半は20世紀後半のものの復元だったが、極度に発達したバイオテクノロジーによって生み出された生物兵器も少数ながら存在した。後者の代表が、「生体甲冑」である。
「封じ込めプログラム」によって航空機、遠洋船、遠戦兵器の使用が制限されてから17年後のメヒコ北部では、国境を挟んでメヒコと北米が対立し、小競り合いが常態化していた。
もっとも、直接対立していたのはメヒコ政府と北米の白人至上主義政府であり、その陰には利害を異にする大小さまざまな集団が存在していた。だがすべての焦点となっているのは、北米からメヒコへの大量の密入国者たちだった。
メヒコ政府の勢力圏はメヒコ湾岸の一部地域にまで縮小しており、北米との国境沿いには一応兵力を展開しているものの、太平洋側の海軍は国境付近に貧弱な艦隊を集中させるのがやっとの有様である。もはや新たな艦艇を太平洋側で建設することはできず、メヒ湾側から運んでくるわけにもいかないからだ。
メヒコ北部だけでなく他の地域に於いても、概ね以下のような状況に在った。
23世紀初頭、災厄の拡大とともに戦争も拡大していき、やがて核兵器や生物・化学兵器も使用されるようになった。2239年以降は航空機も長距離ミサイルも使えなくなったので、核の使用はかろうじて抑制されるようになった。
2250年代の時点では、病原体による兵器も、ワクチンや抗生物質がほぼ無力化している(つまり使用する側の危険もほとんど変わらない)ことが明らかになっており、使用するのはよほど視野狭窄に陥った陣営に限られていたと思われる(災厄のさらなる拡大につれて、そのような者たちも増加していくのである)。化学物質や生物毒を用いた兵器は、上記2種に比べれば躊躇なく使用されていただろう。
関連記事: 「封じ込めプログラム」 「生体端末」 「生体甲冑」
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