トロピック・サンダー
冒頭、清涼飲料のCM一本と映画の予告が三本入る。CMは卑語を連発する若い黒人タレント(アルパ・チーノという名)が出演、映画の予告一本目はかつては大人気だったらしいアクションものシリーズの第四作(予算が削られているのがありありと判るしょぼいCG)、予告二本目は太った男が一人六役の下品なコメディの第二作、予告三本目は中世の修道院を舞台にした文芸大作(助演はトビー・マグワイア)である。
CMのタレントとそれぞれの映画の主演俳優たちが本編で共演、という展開になるわけだが、ウソ予告三本の中で一番それらしい出来だったのが、ロバート・ダウニーJrの文芸大作だったなあ。思い悩む表情でカメラに向かって丘を下ってくるショット(背後の丘の上には修道院)なんか、この手の映画にほんとに出てきそうだ。
上記の四人はそれぞれの理由で新境地を切り拓きたくて「実話を基にした」ベトナム戦争映画『トロピック・サンダー』に出演する。しかし主役級俳優の二人、オスカー俳優(ロバート・ダウニーJr)と落ち目とはいえアクションスター(ベン・スティラー)が我を張り合い、かつイギリス人の若い監督は彼ら二人をも現場をもコントロールできず、大金を注ぎ込んだ爆破シーンが見事に失敗してしまう。
禿でデブで眼鏡で毛むくじゃらのエグゼプティブ・プロデューサーに散々罵倒され、生命の危機すら感じた監督は、原作者(すなわち映画の主役のモデル)に唆され、撮影方法を変更することにする。その方法とは、ジャングルに無数のカメラと爆発物を仕掛け、俳優たちを放り込んで迫真の映像を撮るというものであった。
が、そのジャングルは黄金の三角地帯を根城とするアジアン・マフィアたちの勢力圏内であり、俳優たちは「本物の戦争」に巻き込まれていくのである。
映画のパロディ、映画産業の裏話的ネタが無数に盛り込まれているのだが、『地獄の黙示録』のパロディは、この作品のみならず欧米の映画全般のオリエンタリズム批判だと言えないこともない。
ベン・スティラー演じる凋落しつつあるアクションスターは、演技派への脱却を目指しており、以前にも障害者を演じて大ゴケしている。ところがアジアン・マフィアたちはこの映画の大ファンだったので、彼らに捕らわれたベン・スティラーは命拾いをすることになる。
とはいえ、この「土民」たちは充分に文明化されているので(DVDではなくVHSしか所有していないが)、俳優と映画のキャラクターを混同することはない。ベン・スティラーに障害者役を演じることを強要し、喝采は浴びせるが、演し物が終わるや否や容赦なく殴り付けて小屋に監禁する。
仲間たちが救出に来た時、ベン・スティラーはカーツ大佐と化しているのだが、それは土民に神と祀り上げられたからではなく、過酷な扱いに自我を崩壊させたからなのであった。
まあバルガス・リョサの『緑の家』に登場する日系人(ブラジルで人を殺して、ジャングルに逃げ込み、未開部族の王となる)は実在の人物をモデルにしてるそうなんで、「文明人が未開部族に王と祀り上げられる」ということもまったくあり得ない話じゃないんだろうけどさ。
その他、『アイ・アム・サム』がオスカーを獲れなかったのは、「特別な才能を持っているわけではない普通の障害者」の映画(『レインマン』や『フォレスト・ガンプ』と違って)だったからと説かれたり、ロバート・ダウニーJrが特殊メイクと黒人訛り(それも、映画の黒人の訛り)だけで、すっかり「黒人」になってしまったりとか、映画に於ける障害者や黒人の描き方の問題にも踏み込んでいる。
ところで、劇中ではロバート・ダウニーJrは手術で皮膚を黒くしたことになってるんだが、どんな手術なんかなあ。グレース・ハルセルという白人女性が1960年代に黒人に変装して黒人差別の実態を取材した記録では、皮膚を黒くするのにメラニン剤を飲んで日焼けしてたぞ。
もう一つ思い出したこと。3年前、メキシコに行った時、『ビッグ・ファット・ママ2』(日本じゃ未公開だよな)が公開間近ってことで、TVのバラエティ番組で特集してたんだが、コメディアン(普通のメスティソのメキシコ人)がアフロの鬘を被って黒塗りして紹介してましたよ。やー、「黒塗り黒人」を見たのは、実に久し振りだった……
ちなみにその旅行では一週間滞在でメヒコ市とグアナファト市に行ったんだが、映画のポスターはメヒコ市で『ビッグ・ファット・ママ2』とハリポタの二作を見掛けたきりでした(グアナファトでは一枚も見掛けなかった)。メキシコの映画は衰退してると聞いてたけど、これほどまでとはね。あれから少しは改善されたんだろうか。
『トロピック・サンダー』に戻ると、実は最も感心したのはトム・クルーズの演技力なのであった。かつて『シザー・ハンズ』で「ちゃんと僕だとわかるメイクにしろ。最後には人間になるハッピーエンドにしろ」と要求して降板させられたとか、『バニラ・スカイ』でも顔の傷のメイクをオリジナルのスペイン版より程度の軽いものにしたとか、そういう逸話の持ち主であることを鑑みれば、あの特殊メイクだけでも大英断であるが、それだけに留まらず、ちゃんと役になりきっているのである。
そうか、トム・クルーズって「トム・クルーズ役」以外の演技もできたんだな。しかもすごく巧いじゃないか。もしかしたら、メイクの力に拠るところも大きいかもしれないが。
だとしたら、彼の演技力を制限しているのは、「トム・クルーズの容姿」だということになる。今後は是非、特殊メイクといわず、かつてのロバート・デ・ニーロの如く役ごとに徹底した肉体改造を行って、演技派に転身してもらいたいものだ。この役でゴールデン・グローブ助演男優賞にノミネートされたくらいなんだから(受賞したのはヒース・レジャーだが)、容姿を捨てさえすれば、オスカーも目じゃないだろう。
チャレンジャーなトムを、これからも応援しています(あんまり期待はしてないけど)。
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