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300

 すりーはんどれっど。ヘロドトスの『歴史』(松平千秋・訳、岩波文庫)を読んだので、比較しつつ思い出し鑑賞記。

 前4808月。前492年から前449年にわたったペルシア戦争の中で、マラトンの戦い(前490年)、サラミス海戦(前4809月)と並んで著名なテルモピュライの戦いを描く。
『歴史』での該当記事は全9巻(文庫では3分冊)中、巻7、201239節。

 マラトンの戦いではギリシアが勝利し、ペルシア王ダレイオスはこの敗北の心痛が原因だったのか直後に死亡するが、後継者のクセルクセスは周到に準備を行い、陸海ともギリシア勢を遥かに凌ぐ大軍を率いてヨーロッパに攻め込む。
 アナトリア以東、エーゲ海からギリシア本土に至るまでギリシア系、非ギリシア系を問わず多くの国や町がほとんど抵抗することなくペルシアに降り、残るはアテナイとスパルタを盟主とするわずかな諸国同盟だけになっていた

 エーゲ海沿いに、ぐるっと回って南下してきたペルシア陸海両軍を、ギリシア勢は本土とエウボイア島との間の狭い海峡アルテミシオンと、テルモピュライの狭隘な山道で同時に迎え撃つことにした。アルテミシオンの主戦力はアテナイ勢、テルモピュライはスパルタ勢である。
 この二箇所の地勢については『歴史』巻7175177、アルテミシオンの海戦は巻8、1~22で述べられている。
 テルモピュライとアルテミシオンは近接しており、映画の中でも山上からペルシア海軍が嵐で難破しているのを俯瞰する場面がある。この嵐のお蔭でペルシア海軍は弱体化し、劣勢だったギリシア海軍とはっきり勝負がつかないまま終わるのだが、テルモピュライのほうは、言うまでもなくレオニダス王以下スパルタの重装歩兵300人の全滅である。アメリカ人も玉砕や特攻が大好きなんだよねー。

スパルタではこの時期、アポロン・カルネイオス祭が重なっていた。この期間(9日間)の出征は禁じられているんだが、どんな理由であろうとスパルタが参戦しないとなると、すでに浮き足立っている同盟勢力が一斉に寝返る可能性が大いにあった。そこで士気の鼓舞のため、先遣隊として王自らと精鋭中の精鋭である親衛隊が赴くことになったのである (『歴史』巻7、206)

こういう特例を認めるんだったら、総兵力を出してもええやん、と思うんだが、つまりそれくらい神事と禁忌は重要だった、ということである。それに、祭が終わって直ちに駆け付ければ充分間に合う、と誰もが思っていたのであろう。
 映画じゃ、こうした経緯は全部すっ飛ばされてたね。出征が決まるまでにウダウダ揉めてた理由はなんだっけか。

 ヘロドトスによれば、テルモピュライ直前のペルシア軍(戦闘部隊)は陸海併せて264万(ペルシアに付いたギリシア勢力も含む)、うち陸軍の、さらにペルシア領内から動員された兵だけでも180万である(巻7、185)
 言うまでもなく誇張であり、映画では100万に減らされてるが誇張なのは変わりない。80万も減らしたのはなんでかね。語呂の問題?

 侵攻に先立って、クセルクセスはギリシア諸国に「土と水」を要求する。この言い回しは映画でも使われており、ジェラルド・バトラー演じるレオニダスは使者を殺すという暴挙に出る。これは現代だけでなく当時の感覚でも暴挙だ。ヘロドトスもそう述べている。
『歴史』では服属を要求するペルシアの使者をスパルタ人が殺したのは前491年か490年で、両国の王とも先代の時である。こういうことをやったものだから、スパルタでは以後、占卜で不吉な卦ばかりが出て、使者を殺した呪いだということになり、ペルシアへ償いのための使者を派遣するのである。
 父の跡を継いでいたクセルクセスは、「外国の使節を殺害するという暴挙によって国際間の慣習を踏みにじった」スパルタ人を寛容にも許したのであるが、ともかくこの先例があったために、遠征開始時、スパルタには使者は派遣されなかったのであった(巻7、133136)

 ペルシア側に間道の存在を教えたエピアルテスについてヘロドトスは、地元の出身者で莫大な報奨金目当てだった、とするのみである(巻7、213)。ところが映画では、わざわざ彼をスパルタ人で身体障害者であるとしている。
 スパルタの風習である身障児殺しを逃れて生き延び、なおスパルタ人として誇り高く戦うことを夢見るエピアルテスを、レオニダスは重装歩兵として戦うのは無理だから、という理由で戦闘に参加すること自体を憐れみ深く拒絶する。絶望したエピアルテスはペルシア側に走り、そうするとヘロドトスが偉大で寛容で、しかも容姿端麗にして堂々たる体躯の王者として描いたクセルクスはドラッグ・クイーンで、彼の随員は身障者ばかりでなのある。

 公開当時、ペルシア=悪=イスラムとしている、としていくらか批判が起きていたが、それ以前の問題だろう。

 私は過剰な筋肉が嫌いだ。教師の体罰と子供同士の殴り合いが日常茶飯事という小学校時代を送ったために、筋肉自体に対して条件反射的な警戒があるが(いや小学校卒業以来、殴り合いはしてないですが)、それはそれとして何か別の目的のための努力の副産物としての筋肉は美しく思うこともある。
 が、実用性のない過剰な筋肉それ自体を誇示する目的で造り上げられた過剰な筋肉には、それ自体への警戒と不信を抱く。それを賛美する精神にもだ。そんな人工的な筋肉は、身体改造以外の何ものでもない。是非や好みの判断は別として、ボディピアスや刺青、整形とどう違うというのか(いずれも相応の苦痛と危険を伴う)
 筋肉が増大しすぎるのを抑える遺伝子があることや、ステロイドで増大させすぎた筋肉が心臓や骨に負担を掛けることを持ち出すまでもなく、過剰な筋肉は人工物であり一種の異常である。グロテスクだ。無論、グロテスクなものも鑑賞の対象にはなりうるが。

 この時代、死後の救済を保証する宗教ではなく、国家の自由といった理念のために「全滅するまで戦う」のはギリシア人、それもごく一部だけである。国家が国民をそういう精神状態にまで追い込むことに再び成功するには、19世紀まで待たなくてはならない。
『300』のスパルタ人たちが纏う過剰で人工的な筋肉は、「全滅するまで戦う」ために障害児を殺すことをも厭わない精神の歪みが肉体に現れたかのようだ。もちろん当時のスパルタ人の歪みではなく、彼らを賛美する現代人の歪みである。つまりこの映画で描かれるのは、ヨーロッパのフリークスvsアジアのフリークスなのである。
 で、フリークスであるという自覚を持つアジアのフリークスと、自分たちが「健全なる肉体に健全なる精神を宿した自由の戦士」だと信じて疑わないヨーロッパのフリークスでは、どっちがたちが悪いのかは言うまでもない。

 なんてことを作り手も観客の大半も思わずに、「健全なる肉体に健全なる精神を宿した自由のヨーロッパ戦士vs悪のアジアのフリークス」だと思ってるんだろうなあ。

 なんでガチムチが嫌いなのに鑑賞する気になったかというと、偶々観たい映画がなかったのと、戦闘シーンに多少の期待があったのと、『シン・シティ』があまりにひどかったんで少しはマシになってるだろうかという好奇心があったから。
 映像としては『シン・シティ』より遥かに進歩してたし、戦闘シーンも見応えがありました。
 あと、ペルシア軍が間道を通ってギリシア軍の背後を突こうとしているのを、ギリシア勢は直前に投降者からの情報によって知っていたんだが、それで大半のギリシア兵が戦意を喪失したため、レオニダスは彼らに帰還を命じる。それでもスパルタ兵たち以外にも残って戦い、共に最期を遂げた部隊もいた(巻7、219222)。彼らを省略しなかった(あんまり目立たせなかったが)点も評価できる。
 それ以外については、あまりに呆れて却って感心してしまったっつーか、2007年にもなってこんな露骨な差別映画を作れて上映できて、しかも大した物議も醸さずに大ヒットしたのは特筆すべき現象だったんじゃないかと。

 レオニダスは先王の末弟で、妃はこの先王の一人娘である。彼女を妻としていたことが、レオニダスが継承争いに勝てた理由の一つだそうな。
 ヘロドトスはどうやら、有能で高貴な女性というのが好きで、そういう女性たちのためにしばしば紙幅を割いている。ゴルゴという素敵な名前のスパルタ王妃もその一人で、紹介されたエピソードは二つ。

 一つは彼女がまだ8、9歳だった頃(幼女ゴルゴ……)、アリストゴラスという陰謀家のイオニア人が彼女の父王を訪れ、ペルシアへの反乱に協力を要請し、渋る王に金額を提示し、値を吊り上げていった。それを傍らで聞いていたゴルゴが、お父様は買収されかかっている、と忠告したため、父王は娘の賢さを喜び、アリストゴラスを追い返した、という(巻5、4951)
 ちなみにこれはテルモピュライの十数年前の出来事である。

 もう一つはペルシア軍の遠征開始直前の出来事で、当時スパルタからペルシアに亡命していたデマラトスという人物が、さすがに祖国の危機を見過ごせなかったのか、密かに手紙でスパルタに知らせるのだが、これは通常の方法では読むことができなかった。スパルタの男たちが揃って首を傾げる(何しろ脳味噌まで筋肉だから)中、王妃ゴルゴが見事に読み方を解き明かしてみせたのであった(巻7、239)

 しかしだからって、映画で緊迫した戦争場面を何度も中断して、スパルタ本国での王妃様大活躍のエピソードを入れたのは、まったくの蛇足。

 戦争とは勇壮、悲壮、悲惨の連続ではなく、間抜けなことがしばしば起こる。この間抜けさをどう捉えるかによって、各人の性格が端的に示されるであろう。
 サラミス海戦で敗北したクセルクセスがペルシアに引き揚げている最中、デルポイの巫女に「スパルタ人はレオニダス殺害の補償を要求し、彼の差し出すものを受けよ」という託宣が下り、スパルタに届けられた。そこでスパルタ人は撤収中のクセルクセスのところまで、のこのこ出掛けていってこう言った。
「メディア人の王よ、スパルタ人ならびにヘラクレス家一族(レオニダスの一族はヘラクレスの末裔を称する)は、あなたがギリシア防衛に当ったスパルタの王を殺害なされたかどにより、その殺害の補償を要求します」

 図々しいんだか間抜けなんだかよくわからないこの要求に、クセルクセスは大いに笑ったという。
 クセルクセスの撤退後も、なおも多くの(ヘロドトスによれば30)の部隊がギリシア北部に残留し、翌春に再度侵攻することがすでに決定していた。残留部隊の指揮官はマルドニオスといい、これはギリシア遠征に乗り気でなかったクセルクセスを焚き付けた張本人である。
 スパルタ人の使者に対し、クセルクセスは笑いを納めた後、このマルドニオスを指して言った。
「いかにも、ここにいるマルドニオスが、相応の償いを与えるであろう」(巻8、114)
 この言葉を受けて使者はスパルタへ戻り、翌年(479)のプラタイアの戦いで、マルドニオスはスパルタ人によって討たれるのである(巻9、6364)

『歴史』と佐藤哲也氏『サラミス』の読み比べ 
 サラミス海戦について。テルモピュライとは非常に対照的。

『300 帝国の進撃』感想

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