ヘロドトスを楽しく読む
ヘロドトス『歴史』(松平千秋・訳 岩波文庫)および佐藤哲也『サラミス』(早川書房)の読み比べ。おまえ暇なんだろ、という声が聞こえてきそうですが、暇じゃないです忙しいです本当です。
古代ギリシアについて(古代ギリシアだけじゃないが)知識が乏しいため、2005年に刊行された佐藤氏の著作を十二分には楽しむことができなかった。いや、知識がなくても充分楽しく読めるんだけど。さらにシルクロード史を専門としていた身として『歴史』は引用に散々お目に掛かってきており、いつかは読まなと思っていたのである。
知識が乏しいのに両書を読み比べるというのは如何にも無謀で気が引けるのだが、そうやって先延ばしをしているうちに4年も経ってしまったので敢行することにする。自分のため以外のなにものでもないが、他人に見せることを前提としたほうが自ずときちんとした文章を心掛ける。
というわけでブログに上げる予定で書いたものの、かなりの量になってしまった。というわけでPDFにしました。『熱帯』を愛読している方、あるいは古代ギリシアに興味がある方は、是非読んでみてください。
読み比べをしてみて驚いたのは、てっきり佐藤氏の創作だと思っていたエピソードの多くが、本当にそのまんま『歴史』に記されていたことである。例えば、サラミス海戦の勝利後、最大の殊勲者を決める投票で指揮官たち全員が自分自身に投票した、とか。
いやまったく、佐藤哲也がヘロドトス的なのか、ヘロドトスが佐藤哲也的なのか。まあつまり、ヘロドトス的なるものを完全に自家薬籠中の物としてしまった佐藤氏がすごい、ということになるのだけど、こういうエピソードを言い伝えてきたギリシア人もすごいし、こういう形で書き残したヘロドトスもすごい。批判するでもなく呆れるでもなく、当たり前のこととして淡々と記しているのだ。
この傾向は全体に及ぶが、とりわけサラミス海戦に於いて強い。ペルシアの侵攻という未曾有の危機に対して、一致団結どころか日和るは足を引っ張り合うは、それを腹黒い策士テミストクレスが奇策を用いて無理やりサラミス海峡での決戦に持ち込むのである。
ヒロイズムとは程遠いスラップスティックな事件が、ヒロイズムの極みであるテルモピュライの全滅の直後に起こったのは、まことに示唆的である。
『歴史』全体を通しても、テルモピュライは突然変異的な特異な事件である。しかし少なくとも近代以降、戦争とはテルモピュライであるべき、歴史は偉大で崇高であるべき、と思われてきたわけで、そのような戦争観・歴史観の中で『歴史』はどのような位置付けだったんだろう、とにわかに気になるところである。
関連記事:
その後のテミストクレス トゥキュディデス『戦史』より
比較検証(単なる読み比べ)シリーズ:
『イーリアス』と佐藤哲也氏『熱帯』
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