チェンジリング
『硫黄島』二部作、『グラン・トリノ』にはいたく感心したものの、それ以前のクリント・イーストウッド監督作はどうも合わない感があったので(それほど数を観ているわけではないが)、これもそれほど期待はしていなかったのである。あからさまに観客を感動させようとする映画なんて観たくもないし。
それでも観たのは、まあ要するに、「何をやってもアンジェリーナ・ジョリー」にしかならない女優が、今回はちゃんと演技ができてるのか否か、という好奇心からだった。
「何をやっても」といっても、トム・クルーズのように(ほぼ)常に「自分自身」を演じ続けているのではなく、世間一般の「アンジェリーナ・ジョリーのイメージ」から離れた役を演じることができない、といったところだろう。
本人の責任なのか、監督の責任なのか。繊細な演技ができるのは、『17歳のカルテ』で証明済みである。しかしその繊細さは、今にも周囲に殴り掛かりそうな(そして殴り倒しそうな)ケモノっぽい危うさであって、結局「アンジェリーナ・ジョリーのイメージ」から出ていない。
結論から言うと、さすがイーストウッドだけあって、見事にアンジェリーナ・ジョリーを使いこなしていました。てゆうか、やっぱりイーストウッドくらいじゃないと彼女を使いこなせないのか。
メイクや衣装の力も大きい(撮り方も)。帽子や髪型で顔の輪郭を隠し、常に顔に影が落ちるようにしている。そうすると目立つのは、濃く縁取った両目と真っ赤に塗った唇ばかりになる。
彼女のトレードマークともいえるほど特徴的な唇だが、実は本人はコンプレックスがあるらしく、これまでの出演作でも普段のメイクでも、あんまり濃い色の口紅を塗っていない。なので、真っ赤に塗った唇は非常に目立つものの、却ってアンジェリーナ・ジョリーらしさを減じているのだ。
衣装も、華奢に見せるデザインが選ばれ、本人もかなり体重を落としている(でも胸は大きいままなんだな……)。彼女に寄り添い力づける牧師に、ジョン・マルコヴィッチをキャスティングしたのも計算のうちだろうか。マルコヴィッチはかなり大柄だが、なぜかあまりそう見えない。で、ジョリーと並ぶと、マルコヴィッチが大柄なんじゃなくて彼女が小柄に見える。
もちろん、ジョリー本人も充分に貢献している。衝撃を受けた時や悲しみをこらえる時の仕草として、「片手で口を覆う」とう仕草が何回かあって、やや単調な印象を受けたが、気になったのはそこだけで、後は「気丈だが、女は弱い存在であることが当たり前として生きてきた1920-30年代の女性」を演じて違和感はほぼない。
発声や動作まで、まったく変えられていた。声は抑え目に柔らかく、叫ぶ時も金切り声を上げるのでも腹から声を出すのではなく、掠れさせる。
身体の動きも小さく、警官や看護士たちに取り押さえられても、身をよじるのは振り解こうとするよりもむしろ、身を縮めようとする動きである。「強引に振り解く」ということをしたことがなく、咄嗟にそうすることもできない女の動作だ。
ひたすら耐え続ける演技がほとんどを占めるが、精神病院に強制入院させられ、次第に神経が参っていくと、冷静さを保っていても両手を捻くり回したり、びくびくと身を竦めるといった仕草が多くなる。この辺は巧いね。
彼女が自己主張をする場面をほとんど入れなかったのも、「強すぎ」に見せない演出だったかもしれない。法廷で証言する場面すらなかったもんな。
観る前の危惧の一つが、うざいほどに「母性」を称揚しているんじゃないか、というものだったが、それは杞憂で終わった。むしろ、彼女を排除しようとする連中こそが、「母性」をその道具にしているのが際立った。取り乱せば「母親だから理性的になれない」。懸命に冷静さを保とうとすれば「母性が欠如した冷淡な母親」。
誘拐された少年たちが殺された事件は、映画ではだいぶ控えめに描写されていたが、それでも陰惨で異常極まりない。さらに警察の腐敗ぶりも、唖然とするほどひどい。
しかし個人の異常さに帰してしまうことのできる(それが妥当かどうかは別問題として)猟奇殺人や、組織の利益を守るという解り易い動機の警察よりも、ある意味ずっと恐ろしいのは、警察と直接利害を共有しているわけでもなく、おそらくは大して圧力も掛けられていないのに諾々と警察に従って弱者を迫害する医療関係者やマスコミである。
こういう連中は、悪を為しているという自覚すらないだろう。「ロスに行けばハリウッド・スターに会えると思ったから」という理由で偽の息子になりすます少年と、大して変わりはない(ところであの子役は出番は少なかったものの、なかなかのクソガキぶりだった)。
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